考えるだけで頭が痛くなるようなことを平然とする婚約者に、もう何度目かのため息をついたところで親友のシアーラが声をかけてきました。

「エレノア、いつもながら大丈夫なの?」
「あのような態度には本当に頭が痛むけれど、いつものことだから大丈夫よ」

 伯爵令嬢であるシアーラは、この学院に入学してすぐに親しくなって二人でお忍びスタイルのお出かけを楽しむこともできる非常に気の合う令嬢なのです。
 ですから私とシアーラは爵位の差など関係なくカジュアルなお付き合いをしています。

「それにしてもエレノア、最近のジョシュア様とドロシー嬢の距離感は目に余るわよ。いくらなんでも婚約者である貴女のことを蔑ろにしすぎなんじゃないかしら」

 そう言って怒るシアーラは、ジョシュア様やドロシー嬢のことで頭を痛めている私のことをとても心配してくれているのです。

「分かっているわ。それでも仕方のないことよ。この婚約は王命なのだから覆すことはできないわ」
「貴女の過保護なご家族に相談してみたらどうかしら?」

 シアーラは我が侯爵家に何度も遊びに来ていますから、あの私に異常に甘いお兄様たちやお父様のことも知っているのです。

「きっと、騎士であるエドガーお兄様は有無を言わさずジョシュア様に斬りかかるでしょう。ディーンお兄様だって、この国でも一二を争う怜悧な頭脳を使ってジョシュア様を破滅させようとするでしょうし、お父様に至ってはこの国の『宰相』という大切な職を放棄してまで婚約破棄を陛下にお願いして、他国へ亡命を図るかも知れないわ」

 私がずっと危惧していることはこのことなのです。

「そうね、確かに貴女のあのご家族ならそうしかねないわね」

 そうシアーラが納得するほどに、私の為ならばお父様もお兄様もお母様でさえ、何をするか分からないところがあるのです。

 私はあのようなボンクラ婚約者の為に、そんな恐ろしいことを大切な家族になさって欲しくないのです。
 つまり、ジョシュア様のこともドロシー嬢のことも絶対に家族には知られないようにする必要性があるのです。

 ですから私はこの学院内で理解ある婚約者のふりをするのです。
 どこから噂は漏れるか分かりませんから。

 私の演技によって、『エレノアはジョシュア様のことを余程お慕いしているから、あの様な理不尽な真似をされても耐えている』ということにしておくのです。

 そうすればもし万が一家族に知れた時にも、私がジョシュア様のことを深くお慕いしていると思えば、手荒な真似はしないと考えたのです。