今夜はまだ残してくださっているかつての私の自室に、ルーファスと二人で泊まることになっているのです。

「相変わらずエドガーお兄様とルーファスは仲が良いのね」
「あの筋肉バカが勝手に絡んでくるだけだけどな」
「それでもエドガーお兄様は騎士団長となって日々お疲れのこともあるでしょうから、良い気晴らしになったでしょう」

 昼間のエドガーお兄様とルーファスの言葉の応酬を思い出し、フッと笑ってしまいました。
 二人とも心底楽しんで言い合いをしているのですから。

「この部屋で貴方と初めて出会ったのよね。あの夜に見た貴方の姿は、今でも目に焼き付いているわ」

 窓から入る月光に照らされ、輝く銀糸のような髪とガーネットのように紅い瞳は本当に美しかったのです。

「そういえば、あの日寝ていた私は涙を拭われたような気がして目が覚めたの。もしかしてルーファスが拭ってくれたの? どうして?」

 あの時そんな感触で目を開けたことを、今更ながらに思い出したのです。

「エレノアのことは……ずっと前から親父殿に頼まれて見守っていたし、それであのボンクラ婚約者の所業も知っていたから。あの時はそれでまたお前が泣いていると思って……窓の外からお前の目尻に流れる涙を見た瞬間、お前の部屋に入ることは許されていなかったにも関わらず、つい涙を拭ってやりたくなった」
「あら、じゃあルーファスはお父様の命令に違反したのね」
「ああ、そうだな。それでも泣いているお前のことを、あのまま放っておくことができなかった」

 そして、『今思えば、その時にはすでにお前の事を愛していたんだろう』と話すルーファスの頬は、瞳と同じように紅く染まっていました。

「流石に口づけで黙らせたことは親父殿に報告していないがな」
「そうなの? きちんとありのまま報告しないなんて、いけない子飼いさんね」

 ふふっと笑って揶揄うと、ルーファスも目を細めて微笑んでくれました。
 ひどく甘ったるい空気が二人の間を漂います。

「ねえ、きっと私たちはこうなる運命だったのよ。あの月夜の日に出逢ってから、私は本来の私を取り戻せたのだから」
「だが……お前が足を切られた時、俺がすぐに侯爵家へと連れ帰っていれば、王宮医にでも診てもらえて後遺症が残ることも無かったかもしれない。俺は自分勝手な気持ちもあってお前をあの小屋へ連れ帰ったんだ。そのことは今でも悔やんでるよ」

 初めて聞くルーファスの後悔でした。

「ねえルーファス、私は後悔なんかしていないわ。あの小屋での生活は私にとって初めて侯爵令嬢としてではなく、ただのエレノアとして生きた時間だったのよ。あの時過ごした貴方との時間は、生きてきた中で一番と言っていいくらいにとても幸せだったの」

 私が心からの笑顔で微笑むと、ルーファスは眉を下げ、今にも泣きそうな顔をしたのです。
 そんな顔を見たら、私の方まで胸が痛くなりました。鼻の奥もツンと痛みます。

「ルーファス、抱きしめて」

 私はいつかのように、寝台の上で両手を広げてルーファスに抱きしめてもらいました。

「私はとても幸せなのよ。とても過保護な貴方のことも、私を大切にしていてくれるのだと分かっているから、嬉しいしね」
「ただ子飼いとしていつ死んでもいいと淡々と生きてきた俺が、生きる喜びと自分の価値を見出せたのは、お前のおかげだよ」

 私とルーファスは額をくっつけ、お互いの温もりを確かめました。
 そして、どちらともなく『愛してる』と囁き合ってから、あの日と同じで……だけどもあの日と違った口づけを交わしたのです。



 ボンクラ婚約者がぶりっ子の愛人を作って、その愛人が雇った殺し屋に命を狙われましたけれど、その殺し屋はお父様の子飼いでした。

 そしてその子飼いは私を翻弄し、いつの間にやら溺愛されていたのです。

 今では子飼いの彼は敏腕伯爵となり、私とともに領地を平和に収めています。

 そんな箱入り娘の私は愛する彼と、かけがえのない大切な家族や友人とともに幸せになったのです。