「ルーファスさまぁ。見てみてー」
「何だ?」
「お花のかんむり作ったから、ルーファスさまとエレノア先生にあげるね」
「可愛らしいな。エレノアも喜ぶだろ」

 アルウィン伯爵となったルーファスは、領地や配下の者たちの管理を行うことに日々忙しくしていました。

 その合間には伯爵領内にある孤児院へと顔を出し、子どもたちを慰問していたのです。
 これはルーファスと私が特に力を入れている公務なのでした。
 
 子どもたちに等しく教育の機会を設けることができれば良い仕事にも就けるということで、小さな子どもには私が簡単な読み書きから教えているのです。

「エレノア先生、こっちきてー」
「ええ、少し待ってね」

 アリシアというのは、孤児院で私とルーファスにとても懐いてくれている女の子です。

 私の右足は完全には治らず、疲れたりすると少しだけ引きずるような感じになってしまいました。
 普通に歩くには不便はないのですが、長距離を歩いたり早く走ったりすることはできないのです。

 孤児院の周りにはデコボコとした石が多く、私は転倒しないよう慎重に足を進め、ルーファスとアリシアがいるはずの庭園の方へと歩いて行きました。

 よくよく足元を見ながら真剣に歩いていると、いつの間にか現れたルーファスに、ふわっと縦抱きにされてしまったのです。

「もう、ルーファス。このくらい歩けるわよ」
「転んだら大変だろ。またあの口うるさい兄貴に怒られるぞ」
「うわぁ! エレノア先生、まるでお姫さまみたいね。ルーファスさまが王子さまみたい!」

 駆け寄ってきたアリシアが、歓喜の声を上げました。ルーファスに縦抱きにされる私を見て、興奮したようにクルクルと周りを回って、嬉しそうに囃し立てます。

「エレノアは本当にお姫さまだからな。少なくともあの親父殿と兄貴たちにとっては、な」
「あら? それじゃあ貴方は王子様じゃなくて、お姫様を攫った悪者ね」

 いつもの通りなんて事ない冗談を言い合い、思わず二人して笑ってしまいました。
 そしてルーファスの腰回りにくっつくアリシアの可愛らしい頭を、私はそっと優しく撫でてあげたのです。

「えー? ルーファスさまって、ワルモノなの?」
「ふふっ……アリシアは本当に可愛いわね。赤ちゃんが生まれたら、アリシアがお姉さんがわりになってくれる?」
「うん! まかせて!」

 季節があと二つほど巡れば、私とルーファスに待望の赤ちゃんが生まれてくるのです。
 それでお父様もお兄様方もルーファスも、私に今まで以上に過保護になってしまって……出かける度に危ないからと言われては、こうしてルーファスに抱かれてしまうのです。

「あまり歩かないのも良くないと、先日お母様が言っていたわよ」
「それは分かるが、ここは道が悪いから仕方ない」
「それならこの辺りの道を綺麗にしないとね、領主様。子どもたちが怪我をしては危ないもの」
「そうだな、そうしよう」

 領主の仕事など自分には務まらないと言っていたルーファスでしたけれど、伯爵になって一年が過ぎた頃には空き時間にこの孤児院へと顔を出せるほどに執務には慣れてきたようです。


 

 その後久しぶりに実家であるアルウィン侯爵家へと参りましたら、お母様がいつもの笑顔で私の体調を気にかけてくれます。

「それで、調子はどうなの?」
「悪阻はきついのだけれど、何とか食べようとは頑張っているわ。先日は領民の方から悪阻の時でも食べやすいようにと、果物の差し入れがあったのよ」
「そうなの。それはありがたいわね」

 私とお母様がサロンでお話をしている最中には、庭園の方からルーファスとエドガーお兄様が剣を交える音が聞こえてきています。

「エドガーも飽きないわね。もうエレノアはルーファスに嫁いだのだから、いまだに戦いを挑む意味が分からないわ」
「お兄様もルーファスと剣を交えることが楽しみでもあるんでしょう。なかなか騎士団長のお兄様と互角にやりあえる方はいないと、お父様もおっしゃっていたから」
「はあ……本当に、男って馬鹿ね」

 相変わらずおっとりした口調ですのに、お母様は辛辣です。

「来ていたのか。体調はどうだ?」
「ごきげんよう、ディーンお兄様。大丈夫、順調ですわ。お兄様……少しお痩せになったのでは?」
「まあね、ルーファスが領主の仕事をするようになってから、アイツがしていた分を父上から私に命じられることも増えたからな。アイツも人遣いの荒い父上には苦労していたんだろうと思うよ」
「あら、そうなのですか。ディーンお兄様も次期宰相と謳われるほど優秀ですから、お父様も頼りにしていらっしゃるのよ」

 そうこう話している間に、ルーファスとエドガーお兄様が戻ってきました。

「俺の可愛いエレノア! 聞いてくれ! 俺はルーファスに二度も勝ったぞ! だからこのエドガー兄様を抱きしめておくれ!」
「んんっ! エドガーお兄様、苦しいですわ」
「「おいエドガー、やめろ」」

 エドガーお兄様が力任せにギュウギュウと抱きしめてくるので苦しくてもがいていますと、ディーンお兄様とルーファスが揃って絶対零度の低い声で制止の声をあげました。

「待て、ルーファス! 俺はお前より年上だぞ! お兄様と呼べ!」
「そんなだからシュヴァリエ王国の騎士団長殿は女に興味がなくて、あるのは剣と妹だけだと言われるんですよ」

 エドガーお兄様とルーファスは揃えば言い合いばかりしていますが、それでもお二人は本当に仲が良いのだと思います。
 お互いに似ているところがあるのは分かっているのでしょう。

「それにしても、お父様はまだお帰りにならないのかしら……」
「そうねぇ、もうすぐ帰ると思うけれど」

 お母様と二人で話している時に、ちょうどサロンの扉が開いてお父様がお帰りになられました。

「エレノアおかえり! 久しぶりじゃないか。もう二週間も会っていなかっただろう? 私は寂しかったぞ。今日も陛下にさっさと判を押せとせっついて、やっと帰って来れたんだ!」
「お父様、お疲れ様でございます」

 皆の集まったサロンはとても賑やかになり、その後の晩餐もエドガーお兄様を中心に笑い声が絶えず、とても和やかに過ごしたのでした。