つい先日、私はシアーラと一緒にスタージェス学院を卒業いたしました。
 ジョシュア様がいらっしゃらなくなった学院は、時々切ない気持ちがすることもありましたが、皆さまが良くしてくださったので心地よく過ごせたのです。

 そして……あっという間に当日が訪れました。

 実は私とルーファス・デュ・アルウィン伯爵の婚姻は、シュヴァリエ王国国王陛下の『王命により』結ばれることとなったのです。

 国王陛下の甥、ジョシュア様との婚約破棄を経て、宰相の娘であり侯爵家令嬢の私がぽっと出の伯爵との縁続きになることを、国内の貴族が色々と噂することは明らかです。それを牽制するための王命でした。

 きっとお父様が国王陛下に『進言という名の脅迫』をなさったのでしょうね。

 このシュヴァリエ王国は、宰相であるお父様がいるこらこそ成り立っていると、陛下も分かってらっしゃるのです。

 当日までルーファスは、お父様やお兄様たちに色々なご指導を受けていたようですけれど、私からするとまるで本当の父親と兄弟のようで、とても微笑ましく見えましたわ。

「エレノア、とても綺麗だよ。やはり結婚は取りやめにしたらどうだ? まだまだお前は俺だけの可愛い妹でいてくれてもいいんだぞ?」
「エドガーお兄様、婚姻を結んでも私はお兄様の妹に変わりはありませんわ」

 エドガーお兄様は騎士服をお召しになって、ぱっと見はとても凛々しく素敵ですのに、今にも泣きそうなお顔をしてらっしゃいます。

「エドガー、妹を困らせるな。エレノア、とても美しいよ。ルーファスのことで困ったことがあれば、すぐに兄様に言うんだよ。すぐに対処してあげるからね」

 ディーンお兄様はプラチナブロンドに映えるとても素敵なスーツをお召しになって、エドガーお兄様を制止しながらも私の方を眩しそうに見てらっしゃいます。

「可愛らしい私の娘。今日の貴女はいつもにも増してとても綺麗よ。とても幸せそうね。本当に良かったわ」

 そう言うお母様こそ、ここ一番のお美しいドレスを身に纏われていますのに。
 お母様は私のベールを下ろしながら、優しい微笑みを浮かべてらっしゃいます。泣き虫だった私の子どもの頃と、その優しい微笑みは全く変わりません。
 いつも優しく柔らかな胸に、私の心と身体を包み込んでくださいます。

 実は今日の挙式は王城の敷地内にある、ステンドグラスが見事な大聖堂で執り行われることとなっています。
 
 本来ならばここで私とジョシュア様を挙式を執り行う予定でしたのに、このような結末になるとは……あの頃はとても想像できませんでした。

 挙式には国王陛下はもちろん、ウィリアムズ公爵家の新しい御当主であるジョシュア様の弟君もおいでです。
 
「今日は特別綺麗だな、エレノア。まさかお前がルーファスと婚姻を結ぶこととなるとは思わなかったよ。あの子も私にとっては息子のようなものだったが、私たちの可愛いエレノアを奪われるとは想像もしなかった。それでも……お前が幸せならばそれで良い」
「はい。お父様、ありがとう存じます」

 赤いカーペットが長く伸びたバージンロードを、鼻の頭を赤くしたお父様のエスコートで進んで行きました。

 厳かな雰囲気の大聖堂内では、バージンロードの左右で豪華な装花が飾られた椅子に、多くの参列者が腰掛けられています。
 皆それぞれ思うところはあるでしょうが、今この時だけはじっと口をつぐんで、手を叩いて迎えてくださいます。

 そして私達が祭壇に近づくと、正装を身につけたルーファスがこちらを見ます。
 私はついゴクリと唾を飲み込んでしまいました。
 ルーファスの銀髪と紅い瞳が、今日は特別美しく見えたのです。

 お父様からルーファスへとエスコートを交代され、司祭様がいらっしゃる祭壇へと私とルーファスは並んで上がりました。

「ルーファス・デュ・アルウィン。貴殿はエレノア・デュ・アルウィンと結婚し、妻としようとしています。あなたはこの結婚を、神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」

 大聖堂に響く威厳のあるお声。司祭様がルーファスへと誓いの言葉を投げかけます。
 一生に一度の誓いは、とてもとても重いものでした。

「誓います」

 ルーファスは普段見せないような真剣な面持ちで答えています。

「エレノア・デュ・アルウィン。貴女はルーファス・デュ・アルウィンと結婚し、夫としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」

 ルーファスと私がこの場で揃っていることが夢のようで、まだ私はこの現実が本物だと信じられないような気持ちでした。
 パッと目が覚めて、これが夢だったなら……とても悲しくて堪えられそうにありません。

「エレノア……」

 少しの間何も言えず黙ってしまっていた私に、ルーファスが不安そうに声を掛けてきました。

 これは、夢なんかじゃない。
 
「はい。誓います」

 私を不安げに見つめるルーファスは本物で、私の震える声も確かに現実のものなのでした。
 これから二人は、お互いを助け合う夫婦になるのです。

 婚姻の誓約を立てた後、私達は誓いの口づけをしなければなりません。
 人前で口づけをするなんて、どうしたって私は緊張してしまい、まだ少し不自由さの残る右足が脱力してふらついてしまったのです。

 その時、すかさず隣に立つルーファスが私の身体を支えてくれました。
 この人は常に私のことを気にかけてくれているという紛れもない事実が、心の底から喜びの感情を湧き立たせ、胸が苦しくなったほとです。
 
「貴方はいつも私のことを見守ってくれているのね」
「当然だ」
「ふふ……」

 私達二人の会話は司祭様にしか聞こえないはずです。司祭様は私達のタイミングになるまで、静かに見守ってくださっていました。

 とうとう私の両肩にルーファスが手を置き誓いの口づけをしようとした時、エドガーお兄様の啜り泣きが聞こえ、ディーンお兄様がエドガーお兄様を諭す声がハッキリと聞こえてきたのです。

 私は思わず頬を緩めてしまいました。そして先程まで残っていた緊張が、すっかり解けてしまったのです。

 ルーファスもお兄様たちの動きに気づいて、肩を震わせ笑いを堪えている様子です。

「くく……っ、エレノアを取られて悔しがるアイツらを見るのもいいかもな」

 そう言って、ルーファスは私の唇にしっかりと口づけを落としました。それはもう……がっちりと、濃厚に。

 そうして司祭様が、私達二人が夫婦となったことを宣言なさったのです。

 参列者の方を振り返った私が目にしたのは、項垂れたエドガーお兄様と涙ぐんだディーンお兄様、お父様はというと、眉間に皺を寄せて涙を堪えておられました。
 そしてお母様だけは、ニコニコといつも通りに優しく微笑んでいたのです。