「エレノア……起きたか?」
「ん……んん……ルー……ファス?」

 ゆっくりと瞼を開けると、薄暗い自室に窓から静かな月光が降り注いでいます。

 そしてその月光を一身に集めたような、美しく光る銀髪のルーファスが、私の寝台の傍で心配そうに立っていたのです。

「……もう、遅いわよ。心配……したじゃない」
「悪い。親父殿とディーンに色々やらされて、伯爵位を継ぐ手続きやらでこちらに来れないよう画策されていた」

 やっぱりお父様もディーンお兄様も、陰で画策する癖は治らないのね。

「ねぇ……ルーファス・デュ・アルウィン伯爵様? 貴方は私と結婚してくださるのですって?」

 寝台から起き上がり、慎重にゆっくりと立ち上がってからルーファスの方へと手を差し出すと、ルーファスはすぐに跪いて私の手の甲へと口づけを落としました。

「その通りです。エレノア嬢、どうかこの私と結婚してくれませんか?」

 跪いた姿勢のルーファスは、その美しく光る宝石眼で私を上目遣いで見つめ、正式に求婚したのです。

 それはまるで、おとぎ話の中の王子様とお姫様になったかのような素敵な雰囲気でした。

「ええ、よろしくてよ」

 そう言って微笑むと、ルーファスはその整った(かんばせ)を綻ばせ、心底嬉しそうに微笑み返したのです。

 

「それにしても、どうして伯爵位など譲り受けたの? 貴方は貴族になどなりたくはなかったでしょう?」

 ルーファスは権力を求めるタイプではないし、何かしがらみのようなものに縛られるのは、あまり好かないのではと思ったのです。
 私もルーファスと一緒ならば、侯爵令嬢としての立場を捨てても良いと思っていました。

「親父殿とディーンが、『蝶よ花よと育てたエレノアに苦労させる訳にはいかないから、伯爵位を継ぐ気がないならばエレノアはやらん』と脅してきた」
「やっぱり……そういう事なのね。私はたとえ貴族として生きなくても、貴方と一緒ならどんなところでもやっていけると思っていたのに」
「お前ならそう言うだろうと思って伝えたが、『無職の』輩に娘はやれん』と」

 無職? ルーファスはお父様の子飼いの諜報員でしょう?

 私の心底不思議そうな表情に、少し困ったような顔を見せたルーファスは、ポツポツと語り始めました。

「『諜報員などという勤めを続けていれば、そのうちエレノアが心配で身体を壊すかも知れないから、きちんとした領地経営でも学べ』と。それならばあの小屋で狩人でもすると俺が言えば、『森のクマにエレノアが襲われたらどうしてくれる』と言って却下された」

 綺麗な銀髪が乱れるくらい、ガシガシと強く頭を掻いたルーファス。
 彼はきっと私のことを常に第一に考えてくれているからこそ、箱入り娘の私には考えもつかないような葛藤もあったのだと思う。

 だってルーファスは、これまでの生活をガラリと変えることになるのだから。

 それにしても、本当に困ったお父様とお兄様。よく考えてみれば、私が心配性なのはお父様とお兄様方に似ているのね。

「貴方は本当にそれでもいいの? 貴族の務めなどしたくもなかったでしょう? これまでの生活がガラリと変わってしまうわけだし、一方的に決められて困っているんじゃないの?」
「馬鹿だな。そんなことは愚問だ。エレノアが貴族としての身分を捨ててでも俺と居たいと言ってくれるように、俺もお前が傍で居てくれるなら、貴族の務めだろうが領地経営だろうが何でもやるさ」

 私達は同じ気持ちだったのです。それが分かるとなんだか可笑しくなって、顔を合わせて笑ってしまいました。

 お互いがお互いのために、自分の生活を変える覚悟なのです。

 ああ、こんな幸せなどあるでしょうか?
 
「それでは、これからもよろしくお願いしますわ。ルーファス・デュ・アルウィン伯爵様」