「あなた、いい加減になさいな。エレノアが泣いてしまったら、私が決してあなたのことを許しませんからね」

 辺り一帯が一気に寒くなるような、お母様の冷たい冷たいお声がして、お父様はビクリと肩を震わせました。

 最近のお母様はおっとりとした雰囲気が鳴りを顰めて、なんだかとても強くなったみたい。

「いや、悪かった。だが……私だって……まだ納得がいってないというか。どうにも心の準備ができていないし……」
「だからって、わざと意地悪な言い方をなさらなくてもよろしいでしょう?」

 お母様に怒られてシュンとなったお父様、そして何も喋らずに考え込む、とても珍しい様子のエドガーお兄様。

 あら? ディーンお兄様は僅かに口元を緩められているわ。

 先程までの重苦しい晩餐の場の空気が、少し違ってきたように思えます。

「あの……結局どういうことですの?」

 なかなかお話にならないお父様に変わって、考え込んでいたエドガーお兄様がそろそろと口を開かれました。

「もう覚悟をお決めください父上。私が陛下から先日騎士爵を賜ったことで、我がアルウィン家が保有する伯爵位に空きが出たということでしょう」
「まぁ! エドガーお兄様、そうでしたの。それはそれはおめでとうございます。それで……それと私の結婚は一体?」

 恐る恐る尋ねてみましたら、お父様が少しいじけたお顔で私に答えてくださったのです。

「我がアルウィン家の保有する伯爵位を、遠縁の男子に分け与えた。そしてエレノアはそこに嫁ぐことになったんだよ」
「あなた! いい加減になさい!」
「だってマリア! どうか怒らないでくれ! 私だって……私だって、まだ可愛い盛りのエレノアが嫁ぐことなど、考えたくもないんだよ」
「あなた、もう決めた事でしょう? そのために王城にディーンと二人で泊まり込んでまで、小難しい手続きを済ませたのでしょうが」

 ディーンお兄様とエドガーお兄様は、もう黙って話を聞くだけにしているようです。
 こんな時にエドガーお兄様が黙っているのは珍しいことで、真面目なお顔でじっとテーブルの上を睨みつけるようにしているのでした。

「あぁ……分かったよ。だからそんなに睨むのはやめてくれないか、マリア。コホン! エレノア、お前はルーファス・デュ・アルウィン伯爵に嫁ぐことになった」
「ルーファス・デュ・アルウィン伯爵……? ルーファスですって?」

 私はあまりの衝撃に思考が停止してしまったようで、その場で気を失ったようです。


「エレノア? エレノア! 大丈夫か?」
「父上のせいです! 可愛いエレノアが、ショックで気を失ってしまったじゃないですか!」
「あなた! もうあなたとはしばらく口を聞きませんからね!」
「そんな……マリア! すまなかった! ああ、エレノア! 大丈夫か? エレノア!」

 遠くの方でお母様がお父様を叱りつける声が聞こえてきました。
 ディーンお兄様とエドガーお兄様の慌てる声も。

 もう……頭が痛いわ。

 ルーファスに……逢いたい。