「エレノア、お前今日は随分と足に負担かけたんだからもう休め」
「分かったわ。心配かけてごめんなさい」

 部屋まで送ってくれて、寝台に私を下ろした後にルーファスは少しだけ厳しい表情で言うのでした。

「また近いうちに……私を迎えに来てくれるわよね?」

 きっとこれからはずっと一緒にいられるのだと思ってはいても、どうしたって不安な気持ちが拭えなかったのです。
 確かな言葉が欲しい。そう願いました。

 するとルーファスは、ガーネットのような色をした目を細め、唇に弧を描きました。
 自信満々のその表情はとても美しく、うっとりと見惚れてしまうほどです。

「ああ、必ず。だから無理はするな」
「分かったわ。待ってるから、必ずよ」
「必ず、な」

 そう言うと私の頬をスッと撫でてから、ルーファスは部屋を出て行きました。



 ですがその後、一週間が過ぎてもルーファスは邸に現れず、お父様やディーンお兄様もその間は邸に帰らずに王城に泊まり込んでお勤めをなさっているようです。

 二人だけの寂しい食卓で、お母様が『国王陛下がショックの余り腑抜けになっている』とまたまた不敬罪に問われそうな言い方をなさっておいででしたが、お父様とディーンお兄様がその後処理に追われていることを根に持ってらっしゃるのかもしれません。

 エドガーお兄様は、あれからも変わりなく私に優しく接してくださいます。
 優しくて強くて、不器用だけれど大好きなお兄様です。

「エレノア、足の具合はどうだ? 医者からもらった貼り薬は使っているのか? あまり無理はしたらいけないぞ」
「はい、エドガーお兄様。ありがとうございます」

 けれど、今日のエドガーお兄様はなんだかモゾモゾとしていて、いつもと雰囲気が違っているのです。

「それと、アイツのことだが……」
「アイツ?」
「父上の子飼いの……アイツだ」
「ああ、ルーファス?」
「そうだ。アイツはエレノアのことを大事にしてくれそうな奴らしいからな。俺もアイツには一目置くことにした。だからエレノアは、何も心配しなくてもいいぞ」

 エドガーお兄様は、私がルーファスとお兄様が喧嘩をなさったと思って、気を病んでいると考えたのでしょう。
 やはりとてもお優しいお兄様です。

 ほわりと胸が温かくなるのを感じました。

「はい。私はお兄様がとても優しくて大好きです。ありがとうございます」

 そう伝えると、エドガーお兄様はまた私を抱きしめたのです。
 子どもの頃から変わりません。逞しいお兄様の腕の中は心地よく、安心できる場所でした。

「ああ! やっぱりエレノアはこの国で一番可愛い! そうだよな? ジョゼフ!」

 近くに控えていた家令のジョゼフに、いつも通り尋ねるエドガーお兄様。

「はい、エレノアお嬢様はこのシュバリエ王国一の美貌と優しさを兼ね備えた、素晴らしい御令嬢でございます」

 そして、いつも通りに答えるジョゼフ。優秀な家礼は、私の方を向いてパチリと片目をつぶって見せました。

「二人ともありがとう。私は皆に大切にされて、とても幸せね」

 私はルーファスに会えない不安も忘れ、この時ばかりは自然と笑顔になったのでした。



 その日の晩餐には久しぶりにお父様やディーンお兄様も揃って、一気に賑やかな時間になりました。

「エレノア、今日は大切な話があるんだ。良いかな?」

 神妙な面持ちのお父様に、私は何故か胸がドキドキしたのです。期待と不安が入り混じり、何を伝えられるのかとすぐに問いたくなるほどでした。
 
 あれからルーファスも姿を見せないし、信じていても不安になってしまうものです。
 もしかしたら私のことは飽きてしまったのかしらと考えてみては、涙が零れそうになる時もありました。
 だって殿方はとにかく飽きっぽいと言うし、こんな傷物の令嬢など嫌になったのかもしれない……そんな風に恐ろしいことを考えてしまうのです。

「エレノア、落ち着いて聞きなさい。実はエレノアの結婚が決まったんだ」
「え?」

 私の結婚……とは?
 唐突過ぎて意味が分からないのですが。
 まず、お相手は? ルーファスでは……ないの?

「あの、お父様。お相手はどのようなお方ですか? 何故急に? ルーファスは?」

 胸がざわついて、動悸がして、手のひらに汗が滲み出てきました。
 そしてまだ痛む右足が、ガタガタと大きく震えてくるのです。

「お相手は我が家から見れば格下となるが……伯爵だ。エレノア、お前は侯爵令嬢から伯爵夫人になるということだ」

 伯……爵? それでは……相手はルーファスでは……ないの?

 あの日ルーファスが物言いたげな雰囲気のままで私の目の前から消えて、それから一度も姿を現さないのは、この事と関係があるのかしら。

「お父様……何故、急に? ルーファスは……? どうなったのですか?」

 訳も分からず不安がどんどん膨らんで、思わず瞳に涙が浮かんできたのです。
 ルーファスは、一体どうなってしまったの?

 晩餐の場が一気に暗い雰囲気になったのも気がかりでした。