私が急にいなくなってルーファスがどうなったのか、とても心配でした。

 お父様もお母様も今日は休みなさいと言うばかりで、まだまともに動けない私は言うことを聞くしかなかったのです。

 私の知らないところで色々なことが起こっているような気がして、不安な夜はいく日も眠れませんでした。



 朝になって侍女が部屋に入ってきた時には、自分で髪を結い、ワンピースを着ていました。
 侍女はとても驚いていましたけれど、これからの生活を考えると当たり前の日々になるのです。

 慣れ親しんだ廊下を杖をつきながら進みます。まだ不自由な右足を引きずりつつも慎重に歩いていると、廊下を曲がった先にはディーンお兄様がいらしたのです。

「エレノア、おはよう。足は痛むかい?」
「おはようございます。ルーファスは? あの人はどうなったの?」

 ルーファスのことが心配で、ディーンお兄様の問いかけにも答えず再び問いで返してしまったのです。

「そのことについてはまた後で話そう。エレノアと私は陛下からの呼び出しがあった。どうしても今日行かなければならないんだ」
「今日……陛下のところへ……」

 陛下はジョシュア様のことをとても可愛がっておいででしたから、直接何かおっしゃりたいこともあるのでしょう。
 私はどんな叱責も悪態も、甘んじて受け入れるつもりです。

 朝食は簡単に済ませ、せっかく自分で着たワンピースを謁見に相応しいドレスへと着替えてから出かけることになりました。
 流石にドレスは一人では着られません。

 私は杖をついてではありますがゆっくりと歩くことができたので、ディーンお兄様がしきりに横抱きにしたがるのをその都度丁重に断りました。

 あの人と生きるのなら、これまでのようにお兄様に甘えてばかりではいけないからです。



 通された謁見の間は相変わらず煌びやかで、背筋が伸びる思いがいたしました。

「エレノア・デュ・アルウィン、及びディーン・デュ・アルウィン。面を上げよ」
「国王陛下に拝謁いたします」

 国王陛下のお言葉に続いて、本来ならばカーテシーで礼を取るところでしたが、右足が不自由なために頭を下げることしかできませんでした。

「エレノア嬢、此度はジョシュアがすまなかったな。彼奴も廃嫡となり、今は城の地下牢へ繋がれておる。今後外に出ることは叶わないだろう。『可哀想ではあるが』、これも致し方あるまい」

 国王陛下がジョシュア様のことを溺愛しているというのは本当のようです。
 
 陛下の近くには宰相であるお父様が控えており、不敬罪に問われるのではないかと思うようなお顔で陛下を睨みつけておいででした。

 流石に陛下もそれに気付き、ピリピリとひりつく空気を変えるためにか大きな咳払いをなさいました。

「ゴホッ……それでな、どうやらジョシュアがどうしてもエレノア嬢に会いたいと申しておる。彼奴はもう二度と其方や他の者に、これまでのように気軽に会うことは叶わないのだ。どうか元婚約者のよしみで、別れの挨拶をしてやってはくれんか?」

 思わぬ陛下のお言葉に、お父様とディーンお兄様から背筋が凍えるような冷たい空気が流れてまいりました。
 あたりに充満する空気が、いよいよピリピリと身体中を突き刺すように感じるのです。

 それでも私は幼い頃からの婚約者であったジョシュア様に最後のご挨拶くらいはしたいと思いましたので、陛下に了承の意を伝えました。

 このまま会わないで終われば、私はいつか後悔するかも知れないと思ったのです。
 けれども、これは決してジョシュア様への罪悪感という訳ではありません。

 私が今後前を向いて歩んでいくために、ほんの少しの憂いもここへ置いていきたいのです。
 この先ジョシュア様のことで僅かでも心乱されるのは嫌でした。今一度きちんとご挨拶をすれば、これまで散々乱されていた自分の心に、しっかりと区切りを付けられると思ったのです。

「承りました。最後のご挨拶に参ります」