私に愛する人ができたとお話した時にも、お父様とお母様は黙って耳を傾けてくださいました。

「その人はね……ルーファスと言うのだけれど……」

 そう言った時に、お父様がほんの少しだけぴくりと眉を動かしたのが見えました。

 私は今までのこと、ジョシュア様とドロシー嬢が私を殺そうとルーファスを放ったことや、最後にはジョシュア様が私を殺そうとしたことを全て話したのです。
 きっと隠しても鋭いお母様には露呈してしまうでしょうし、お父様も何かしらご存知のようです。

 話の途中で、何故かお父様は何度もピクリと眉を動かしておられました。そしてお母様はというと、ジョシュア様とドロシー嬢のことを今すぐに殺しかねないような殺気を放たれていました。

「もし許されるならば、私はこれからその人と生きて行きたいの。貴族の義務として、侯爵令嬢としては失格だと分かっているのだけれど、どうかお願いいたします」

 私は寝台に腰掛けたままでお父様とお母様に頭を下げました。親不孝な娘だと怒られても仕方がないことです。

「エレノア、貴女はそれで本当に幸せなの?」

 意外にもお母様が私に優しく優しく問いかけました。
 けれどもお父様は何もおっしゃいません。

「はい。私はルーファスと生きて行くことが幸せなのです。そして彼のことも幸せにしていきたい」

 それは私の心からの願いでした。
 
 貴族の中でも特に恵まれた贅沢な暮らしも、煌びやかなドレスや宝石もいらないから、ルーファスと一緒に、あの小屋で慎ましく過ごせたらと思うのです。

「分かったわ……貴女の幸せが、私たち家族の幸せよ」

 そこでお母様は薔薇が綻ぶかのような美しい微笑みを浮かべられて、満足げに頷いたのです。
 そしてよく見れば、どうやら隣に立つお父様の腕を、細い指でギュッと摘み上げているようにも見えるのです。

「痛ッ……! エ、エレノアが本当にそれで良いのなら、私は全力で協力することにしよう」

 お父様は少し青い顔色をしていましたが、私はお二人にきちんと気持ちを伝えることができてホッといたしました。



 その時、廊下から家令のジョゼフが声をかけてきたのです。

「旦那様、奥様、エレノアお嬢様。ウィリアムズ公爵様が御三方に是非御目通りなさりたいとおいでです」

 ジョシュア様のお父君であり、王弟殿下であるウィリアム公爵様が、わざわざこの場にいらっしゃったと言うのです。

「エレノア、お前はまだ動けないだろう。すまないがこの部屋に殿下をお通ししても良いだろうか?」

 お父様がすまなさそうにお尋ねになりますが、私よりも公爵様に失礼ではないでしょうか?
 不安に思いましたが、お父様もそこは決して譲ってくださいません。

「エレノアはまだ万全ではない。殿下はこちらに丁重にお通しするように」

 お父様がジョゼフにそう告げると、ジョゼフは恭しく一礼して廊下へと消えて行きました。

 

「失礼する」

 暫くしてこのシュヴァリエ王国の王弟殿下であり、ジョシュア様のお父君でもあるウィリアムズ公爵様が入室されました。

「エレノア嬢、うちの愚息がとんでもないことをしたようで。謝っても済む問題ではないことは重々承知だが、本当に申し訳なかった」

 公爵様は頭を深々と下げられ、ただの侯爵令嬢でしかない私に心の底からの謝罪をなさったのです。

「公爵様、どうかお顔をお上げください。しがない私になど、そのように頭を下げて謝ることはおやめくださいませ」
「いや、愚息がエレノア嬢にどのような仕打ちをしてきたかを考えると、まだ足りぬ。あの愚息は廃嫡の上、罪人として終身刑に処することとした。陛下は最後まで反対しておられたが、これも私の咎だ。私は次男に家督を譲り隠居する。どうかこれで此度のことを許してはもらえぬだろうか」

 ジョシュア様が終身刑に? しかも、公爵様が隠居なさるなどと、そのようなこと……。

「そうですわね。そのようにいたしてくださいませ」

 私の代わりに答えたのは冷たい声のお母様でした。
 
「お、お母様!」
「エレノア、どこかでけじめをつけなければならないのよ。こうして出向いてくださった公爵様のためにも、貴女の新しい人生のためにも」

 真面目にこちらを見つめるお母様の言葉に、私はジョシュア様と公爵様に対して抱いていた罪悪感を隠し、謝罪を受け入れることでこの出来事に区切りをつけることにいたしました。

「恐れながら公爵様、慎んでその謝罪をお受けいたします」

 私の言葉に公爵様は心底ホッとなさったように見えました。

「ありがとう。心広いそなたの温情、決して忘れまい」

 こうして、ジョシュア様は廃嫡の上終身刑となることが決まったのです。