「ジョシュア様はドロシー嬢と共に、私を亡き者にしようと画策なさっておりましたわね」

 怒りも忘れて一瞬の間、時が止まったように瞠目したまま固まったジョシュア様。
 まさか私がそのことを知っているとは、夢にも思わなかったのでしょう。

「私が死んだら、晴れてドロシー嬢とご結婚なさるとか。そのようにお約束なさっておりましたわ」
「ふ、ふ、ふざけるな! 僕は……っ、僕は、あんなアバズレと結婚したりしない!」

 何ですって? 何だか今酷い言葉が聞こえましたけれど。

「そうは言ってもジョシュア様がおっしゃっていたのを私はこの耳で聞いたのですよ? あの夜会の日、休憩室の寝台でドロシー嬢と睦みあっていたではありませんか!」
「あの女は僕を騙していたんだ! アイツは娼婦でアバズレで、歳も二十七の行き遅れだ! あんな女と結婚などと、本気ですると思うのか?」

 ジョシュア様、そのことをご存知だったの? いつから?
 それでは……なぜ?

「まずあの女は皆の目のある夜会であのようなダンスを僕にさせ、大いに恥をかかせた! それだけでは飽き足らず、娼婦の手練れで僕を誘惑して結婚しようなどと……図々しいにも程がある! たかが伯爵家の令嬢のくせに、だ。しかも、よくよく聞いてみればプライヤー伯爵の手垢付きだぞ! あんな女、僕に相応しいはずがない!」
「ジョシュア様、貴方は何故それを? ドロシー嬢の秘密を……何故ご存知なんですか?」
「はは! 知りたいか? ご親切にもあのプライヤー伯爵が教えてくれたよ! 自分の情婦を取られるのが癪に触ったんだろう。どいつもこいつも……っ、僕を馬鹿にしやがって!」

 プライヤー伯爵がジョシュア様にドロシー嬢の秘密を話したせいで、今日のドロシー嬢はあのような態度だったのかも知れないわね。

 怒りに打ち震えるジョシュア様はまともな目をしておりません。
 最早何を言っても激昂するでしょう。

「それではジョシュア様は一体どうなさりたいのですか?」

 私は努めて冷静に話しかけるようにいたしました。

「この国に侯爵家はアルウィン家だけではない。他の侯爵家の令嬢でもいいし、他国の姫でもいいな。僕ほどの血筋ならば、陛下はまた相応しい令嬢を見つけてくれるだろう。この僕と婚約破棄したいなどと言うお前など、もう必要ない」

 あぁ……ジョシュア様はもう、私が幼い頃から知っている婚約者のジョシュア様ではないような気がいたしました。
 一体いつからこのような方になってしまったのか、もういくら考えようが私には分からないのです。

「おい! 出て来い! コイツを殺せ!」
「はっ!」

 ジョシュア様と私から少し離れたところにある茂みの陰から、一人の騎士が颯爽と姿を現しました。
 着ている鎧の紋章から見るに、ジョシュア様付きの護衛騎士だと思われます。

「まずそいつが逃げ出せないように脚の腱を切れ!」
「はっ!」

 早く逃げなければと思うのに、恐怖で足が思うように動きません。自分がこんなにも無力だと感じたことは無いほど、身体が強張ってしまっています。
 いくら頭で命じても、震える足は言うことを聞かないのでした。
 
 そして何とか気を奮い立たせてその場から逃げ出そうとした時には、ウィリアムズ公爵家の騎士が振り下ろした剣が私の右足の腱に狙いを定め、斬りつけたところだったのです。

――ドサッ……!

 経験がないほど熱く鋭い痛みを右足に感じ、私はその場に倒れ込みました。
 右足首の辺りからは暗赤色の血が流れ出しています。

「ハハハハハ……ッ! 侯爵令嬢ともあろうお前が、情けなく地面に這いつくばっていいザマだな!」
「……ッ! ジョシュアさまッ……! どうかおやめください!」

 私は動けないなりに必死で気を確かに持つことに努め、狂気の滲む青色の瞳で高笑いを続けるジョシュア様を睨みつけました。
 ひどい足の痛みに堪え、遠慮なく出血を続ける傷を強く押さえながら、私はただその場で叫ぶことしかできないのです。

「ははは……! あーあ、痛そうだな。だがそれは、これまで僕を陰で馬鹿にしてきた罰だ。しかしお前は確かに僕の婚約者だったからな、慈悲を与えてやろう。おい、その女を一思いに殺せ」

 命じられた護衛騎士が再度剣を振りかざしたのがひどくゆっくりに見えた時、目の前に肩下までの銀髪を黒の髪紐で縛った背中が現れたのでした。

――キンッ……ッ!

 護衛騎士の剣を受け止めて振り払い、逆に斬りかかったのは愛しい銀髪の彼だったのです。

 何度か斬り結ぶ彼と護衛騎士でしたが、どうやら彼の方が先んじているようで、次第に押し勝っていきます。

 何が起こったか理解できず、呆然としたジョシュア様と護衛騎士が私から少し離れたところまで下がった時、彼が二人に向けて高らかに声を上げました。