「二人とも、明日はどんな顔で私に会うつもりかしら?」

 ドロシー嬢は私がまだピンピンしていることに驚くでしょうし、ジョシュア様はプライドを傷つけられて苛立っているでしょう。

 婚約者の愛人に殺されかけている自分が、なんだかとても滑稽に思えてきました。

「私は……何のために今まで我慢してきたのかしら?」

――キイッ……

 そう独りごちた時、テラスの窓が軽く軋んで開く音がしたのです。

「また貴方なの? 今日はお会いするのは二度目よ」
「……手、見せてみろよ」
「手? あっ……! ちょっと!」

 銀髪の彼にグイッと手を引っ張られて思い出したのは、馬車から降りる時に力任せに握られて痛めた手。

「色が変わってるぞ。痛むだろ?」
「この程度、痛くなんかないわ。貴方が触るまで忘れていたくらいよ」
「これでも塗っておけ。明日もちゃんと塗れよ」

 軟膏壺の中身を私の手に塗り込んで、それを傍のテーブルの上に置きました。

「見てたの?」
「それが仕事だからな。」
「じゃあ、あのボンクラが物凄い顔をしていたのも見てたのね?」

 あの時のジョシュア様を思い出すとまた可笑しくなって、ふふふと笑いながら言った私でしたのに、彼の方はというと思いのほか真剣な眼差しでこちらを見るのです。
 紅い瞳が私の心を鋭く貫くような思いがしました。

 「俺がアイツを消してやろうか? お前、気づいたんだろ? アイツのために色々してやったって、アイツは何とも思っちゃいない」

 何とも思ってない。

 そう、私を殺すことをドロシー嬢から聞いた時も、自分の保身ばかりで少しも私のことなんか考えてもなかったわね。
 そればかりか、すぐにドロシー嬢を妻にする話をしていたわ。

「そんな事、重々分かってるわ。一体私は……今まで何のために頑張ってきたのかしらね。家族の為と思って自分に言い聞かせて、本当は自分の矜持を守るためだったのかも知れない」

 ボンヤリと目の前の銀と紅が滲むのを感じました。
 そして瞳に分厚い涙の膜が張っていくのをじわじわと感じます。

「私のことを殺しても、何とも思わないのはドロシー嬢だけではなかったのよ」

 表面張力で支えきれなくなった雫が、まつ毛から頬へポトリと落ちたのを感じました。

「婚約者と愛人に殺されるほどのことを、これまで私はしたというのかしら?」

 一粒落ちれば、どんどんとそれに続いて温かみすら感じる雫が頬を流れるのです。

「何がいけなかったというの……」

 返事を求める訳でもなく思うがままに言葉を紡ぐ私を、彼はその宝石眼でじっと見つめた後に、震える私の身体を抱きすくめたのです。

「アンタは何も悪くない」

 思ったよりも熱い彼の身体に包まれて、耳元に吐息を感じるほど近い場所にいることを伝える、甘く澄んだ声。冷えた私の身体にその声は、しっとりと沁み渡るような気がしました。

「私、貴方のことが好きよ。多分……初めて貴方に会った夜から」