「どういうつもりだ?」

 公爵家の馬車の中で二人になった途端、ジョシュア様は低い声を上げます。

「どういうつもり、とは?」
「普段のエレノアとはまるで違う態度だったじゃないか。あのように他の貴族たちに愛想を振りまき、はしたないと思わないのか?」

 どの口がおっしゃるのか、貴方は先程ドロシー嬢ととても破廉恥なことをなさっていたじゃありませんか。

「あら、そうでしたか? 普段通りでしたけれど」
「普段通りだと? アルウィン家のことを持ち上げられて、得意そうにしていたではないか」
「私のことではなく、優秀なお父様やお兄様たちのことですもの。褒められて嬉しくないわけがございませんわ」

 いつもならばこのように口答えをすることもありません。
 腹が立つこともありますが、ある程度のところで私は引くことにしているのです。

「お前自身のことを褒めていた奴もいたではないか! 僕の婚約者のくせに、僕より目立つなどはしたない女だ! 他の男に色目を使って、一体何のつもりだ?」

 この方は『はしたない』の定義が間違っておられるのでしょうか。
 本当に残念なお方(頭の悪い人)ですこと。

「ジョシュア様、ドロシー嬢のように可愛らしい女になれとおっしゃったではありませんか。ですから私はそのように致しているだけですわ」

 あらあら、ジョシュア様はお顔を真っ赤にしてしまいました。そしてまるでお可愛らしい子犬のように、フルフルと震えていらっしゃる。

「ジョシュア様は先日私にこうおっしゃいました。『お前のように気が強くて可愛げのない婚約者がいる僕は本当に可哀想なことだ。伯父上である国王陛下による王命でなければ、お前のような女ではなくドロシー嬢のように可憐な令嬢と望んで婚約をしていたというのに』と。ですから本日私は努力いたしましたのよ」

 握り拳を膝の上で震わせて、よほど怒りを我慢しているのかしら?
 だってそうご自分がおっしゃったのですから、怒っても仕方ありません。

 その後は無言のまま、馬車はアルウィン侯爵邸へと到着しました。

 馬車から降りる際には一応エスコートをしてくださいましたが、普段よりも随分と強く私の手を握られましたので痛むほどでした。

「まるで癇癪持ちの子どもですわね」
「なんだと?」
「いいえ、何も。それではジョシュア様、ご機嫌よう」

 迎えに出ているアルウィン家の家令の手前、私にそれ以上詰め寄ることもできずに悔しそうなお顔をなさったジョシュア様は、足音も荒く再び馬車へと乗り込んで帰って行かれました。

「なんだか少しスッキリしたわね」

 痛む手をさすりながら玄関ホールを進み、お辞儀をしたまま迎える家令のジョゼフの元へと向かいます。

「エレノアお嬢様、おかえりなさいませ。今日は些かジョシュア様のご機嫌が麗しくないようでしたが何かございましたか?」

 心配そうな表情で尋ねるジョゼフに、私は笑顔で答えました。

「さあ? どうかしら。明日学院でお会いするのが楽しみだわ」

 私の的を得ない返答に首を傾げながらも、自室へ向かって歩く私の後ろをついてくるジョゼフ。私は思わずジョシュア様の真っ赤なお顔を思い出して、吹き出してしまいそうでした。

「エレノアお嬢様、侍女がもうすぐ伺います。お疲れ様でございました。それではおやすみなさいませ」
「おやすみ、ジョゼフ」

 自室に入ってすぐに侍女が湯浴みを手伝ってくれて、私は夜着のままでソファーへ腰掛けて今日の出来事を考えていたのです。