「やだぁ、ジョシュア様ったら……。あっ……そんなところを……。もう、いやらしいのね」

 この声は、私を殺そうと画策する悪役令嬢ドロシー嬢ではないですか。

 ああそうでした、あの刺客が出て行った時に扉の鍵を閉め忘れたわ。
 鍵が開いていたから、空き部屋だと思われたんですね。

「あっ……。ねぇジョシュア様、はぁ……。あんな高飛車で可愛げのない婚約者様なんてさっさと捨ててしまいません?」
「そんなこと、出来るならとっくにしてるよ。国王陛下の王命だから無理だと言っただろう」
「もし、エレノア様がお亡くなりになったら? そうすればジョシュア様は、ドロシーと結婚していただけますか?」

 ソファーで横になっている私は、えらくギシギシと軋む寝台の方から、ちょうど死角になっているのです。
 勿論私から二人を見ることもできませんが、艶やかなお声はしっかりと聞こえてましてよ。

「……そうだな。そうなれば……。だがエレノアはまだ若いし持病もない。それは絵空事でしかないことだ」
「実はドロシーね、エレノア様を亡き者にする為に腕利きの殺し屋を雇いましたの。今日ドロシーたちに飲み物を渡した使用人がいたでしょう? あの気味が悪い血色の瞳の使用人が、腕利きの殺し屋なんです」

 気味が悪い血色……。あの色はとても美しいガーネットのようだけれど。
 それにしても、ドロシー嬢はなんの躊躇いもなく私を殺そうとしていることをジョシュア様に話しました。
 それくらい二人の仲は、私が思っていたよりも深いものかも知れません。
 実際、今もギシギシと煩いくらいに寝台が軋んでいますしね。

「まさか。そのようなことをして大丈夫なのか? どこからか話が漏れたり、疑われるような事はないのだろうな?」

 ジョシュア様、私たちは幼い頃からの婚約者でしたのよ。
 ぽっと出の愛人に殺されようとしている婚約者を哀れに思うどころか、最初に保身に走るとは何事ですか?

 私は貴方に好かれることはなくとも、そこまで疎まれるようなこともした覚えはございません。
 決して貴方の為ではなかったけれど、婚姻を結んでからはそれなりに人並みの家庭を築けたらと思ってもいましたの。

 それなのに、貴方は私が殺されても平気なのですね。

「大丈夫よ、ジョシュア様。ドロシーの口の堅い知り合いからの紹介だから。バレっこないわ。だから、ね? 今から子どもができても誤魔化せますわ。どうせエレノア様はお亡くなりになるのだから」

 何という破廉恥な。
 
 婚前交渉など、この国では到底許されることではありませんのよ。
 それに、私が死んだとしても婚約者であるジョシュア様は喪に服すこともなく、すぐにドロシー嬢と婚約をなさるおつもりかしら?

「……しかし、今日はやめておこう。まだ僕はエレノアの婚約者だから、あまり長い時間君といるのも疑われてしまう」

 衣擦れの音がして、ジョシュア様が寝台から抜け出したようです。

「あっ、もう! ……分かりました。ではエレノア様を亡き者にした後には、必ずドロシーを婚約者に迎えてくださいね」
「そうだな。約束しよう。だが、私の妻となるならばダンスくらいは練習しなければならないな。フフッ……」

 フフッとは何ですか? 笑えるようなところですか?
 私は全く笑えませんけれど。あのひどい台風ダンスは、見ているこちらの方が恥ずかしかったですわ。

「またダンスの練習に付き合ってくださいね!」

 先程の艶かしい声とは違って、とても朗らかなお声ですわね。
 お二人とも、私を亡き者にすることを悪いことだとも何とも思っていないのでしょう。

 二人が揃って休憩室の扉から出て行ったのを気配で確かめて、そっと起き上がりました。

 先ほどまで二人が居たであろう寝台は乱れており、見ていると本当に気分が悪くなりそうです。

「二人とも、気立てに難がおありで(自己中心的で)お似合いだわ」