「この人たらしの箱入り令嬢が!」

 ドロシー嬢がご自慢のチェリーレッドの髪を逆立てるようにして、私の方へと風を切って歩いて参ります。
 『人たらし』ですとか『箱入り令嬢』ですとか、まるで悪口なのか褒め言葉なのか分からないことになっていますけれど、大丈夫でしょうか。

「ごきげんよう、ドロシー嬢。いかがなさいましたの?」
「なにが『ごきげんよう』よ! アンタに仕向けた殺し屋がなんで私を殺そうとしてくるのよ!」

 ドロシー嬢の爛々と光るエメラルドグリーンの瞳はとてもお美しいのに、物騒な言葉が全てを台無しにしています。

「残念ながら私はまだ死にたくはないのです。そしてその理由を懇切丁寧に説明しましたの。そうしましたらご理解いただけたようなのです。つまりはキャンセル、返品のようなものですわ。どうぞ、お受け取りくださいませ」

 もうお会いすることもないでしょうから最大限の礼を尽くそうと、元婚約者様から唯一褒められたカーテシーでご挨拶いたしました。

「それでは、ご機嫌よろしゅうございます」