月に一度の店長会議の日。各店長達は午前中を本社へ出勤し、懇親会という名の昼食会が終わった後に各店舗へと戻ってくる。早番だった弥生が休憩から帰って来たから、交代で昼ご飯を食べに行こうと穂香がバッグを手にストックルームを出た時、ちょうど柚葉が店の中へ向かって「おはようございます」と頭を下げているところだった。
「おはようございます、店長」
「あ、穂香ちゃん、ちょっと待って。休憩前に先に会議の報告をさせてもらっていい? 今、ちょうど空いてる時間帯みたいだし」
「あ、大丈夫です。荷物戻してきます」
「ごめんねー」
レジカウンターに全員が集まり、各々がポケットからメモ帳を取り出して、店長からの指示を待つ。今日はいつもよりも戻ってくるのが遅かったから、きっと連絡事項が多かったはずだ。その内のいくつかは穂香は先に家で川岸から聞いていた。だからついニヤけて上がってしまいそうになる頬の筋肉をみんなにバレないよう必死で抑える。実は今日はちょっとしたビッグニュースがある日なのだ。
「えっと、まずは以前からオーナーがおっしゃっていたメンズショップの出店が決まりました。ただ、まだ少し先のことなので新規採用のスタッフはしばらく各店舗で分担して研修を受け入れることになりそうです」
「いつオープンなんですか? っていうか、どこに?」
「北町モール内の空き物件があったみたいで、そこへ。だから研修も主に北町になるみたいだし、うちの受け入れは一人あるかなってところ。営業中はいろいろ制約があるらしく、ちょっと内装工事に時間かかりそうだし、オープンは半年後になるみたいね」
メンズの新店舗は集客が確実に見込めそうな既存モール内に決まったらしく、川岸がかなり慎重に動いたのがよく分かる。同じ建物に系列店ができるのが羨ましいと詩織達がどよめいている。
「それから、新店の店長の候補に推しておいたので、弥生ちゃんは覚悟しておくように。後でオーナーが面談するっておっしゃってたから」
「へぇ⁉」
急に名前が挙がって、弥生が驚いて変な声を出す。ついこないだ、ときめきモール店が出来たばかりだから、大幅な人事異動に対応できる社員はかなり限られている。この店の副店長でもある弥生に順番が回って来てもおかしくはない。
それに加えて、野中の一件で川岸からの弥生への評価はかなり上がっている。問題が起こった時、弥生のように早く的確に動けるのは最大の強みだ。
「あとね、育休後に時短勤務に変わった人も多いからフルで入れる社員ってそれほどいないのよね。で、詩織ちゃんに社員登用の話が来てるんだけど――」
今度は詩織が槍玉に上がったけれど、本人は「滅相も無いです」と首をフルフル横に振って拒否している。今はフルタイムの時給だから社員になっても勤務時間は変わらないし良い話だと穂香も思っていたが、海外旅行が趣味の詩織のことだから連休が取りにくくなるのが困るんだろうか?
「結婚後も辞めるつもりはないんだったら、賞与もあるし社員になった方がいいと思うんだけどなぁ。ま、それは追々考えておいてね」
「かしこまりました……」
人事に関する話が続いた後、ベトナムからの商品入荷のメドが立ったという報告に全員のテンションが一気に上がる。『セラーデ』オリジナル商品がついに店頭に並ぶ日が近付いてきたのだと思うと、穂香は嬉しくてしょうがない。しかも早い店では今日納品されるところもあると言われたら平静ではいられない。
「やっぱり、店頭ディスプレイはそれでいきますよね?」
「当然! 自社製品の社割率はまだ検討中みたいなんだけど、かなり下げて貰えそうだから制服として率先して着て下さいってことだから」
そこまで話し終えた後、柚葉は報告の漏れがないかを手持ちのバインダーで確認していく。会議でも興奮する店長が多くて、昼食会中のお喋りが尽きなかったのだという。
何だか落ち着かずに昼休憩を早めに切り上げて戻って来た穂香は、壁面一棚分を埋め尽くした入荷したばかりの新商品に気付いて什器へと駆け寄った。商品の写真は前もって各店舗に配布されていたけれど、実際に見るのはどれもこれも初めてだ。
——すごいっ、本当に『セラーデ』のオリジナル商品だぁ……
タグを確認してようやく自社製品だと実感する。ずっと他所の会社の商品ばかり扱っていたけれど、これはまだ『セラーデ』以外では販売していない商品なのだ。その特別感にドキドキと胸が高鳴る。
穂香は急いで荷物をロッカーに片付けると、店頭ディスプレイの前で腕を組む。新商品の良さを活かしたコーディネートをいくつか試しては、店長にチェックしてもらう。合わせるバッグのカラーが決め切れず、両手に持って首を傾げていたところ、急に後ろから声を掛けられた。
「俺としては、こっちかな?」
ひょいっと手に持っていたショルダーバッグを横から奪われて、穂香は驚いて振り向く。追加の入荷分だという大きな紙袋を手にした川岸が、満足そうに頷きながら穂香がセッティングしたディスプレイを眺めていた。
「オーナー、お疲れ様です」
「お疲れ様。北村さんは――ああ、接客中か……じゃあ、田村が先に面談ね」
「え、私も面談あるんですか⁉」
店頭を急いで片付けてから、穂香は川岸の後をついてストックルームへと入る。彼が追加で運んで来た商品はさらに別のデザインだったらしく、詩織達が店頭で賑やかにはしゃいでいるのが聞こえて来た。面談があるのは弥生だけだと思っていたから、穂香は何を言われるんだろうかと、ドキドキしながらカーテンを閉めてから振り返る。
と、川岸の腕がすっと伸びてきて、穂香の身体をギュッと包み込んでくる。不意打ちの抱擁に穂香の胸の高鳴りはさらに早さを増す。服越しに感じる彼の体温にこの上ない安らぎと愛おしさを感じ、穂香は首を伸ばして彼の頬へと口付けた。
カーテンの向こうからは同僚達の「いらっしゃいませー」という客を迎える明るい声が聞こえてくる。
—完—
「おはようございます、店長」
「あ、穂香ちゃん、ちょっと待って。休憩前に先に会議の報告をさせてもらっていい? 今、ちょうど空いてる時間帯みたいだし」
「あ、大丈夫です。荷物戻してきます」
「ごめんねー」
レジカウンターに全員が集まり、各々がポケットからメモ帳を取り出して、店長からの指示を待つ。今日はいつもよりも戻ってくるのが遅かったから、きっと連絡事項が多かったはずだ。その内のいくつかは穂香は先に家で川岸から聞いていた。だからついニヤけて上がってしまいそうになる頬の筋肉をみんなにバレないよう必死で抑える。実は今日はちょっとしたビッグニュースがある日なのだ。
「えっと、まずは以前からオーナーがおっしゃっていたメンズショップの出店が決まりました。ただ、まだ少し先のことなので新規採用のスタッフはしばらく各店舗で分担して研修を受け入れることになりそうです」
「いつオープンなんですか? っていうか、どこに?」
「北町モール内の空き物件があったみたいで、そこへ。だから研修も主に北町になるみたいだし、うちの受け入れは一人あるかなってところ。営業中はいろいろ制約があるらしく、ちょっと内装工事に時間かかりそうだし、オープンは半年後になるみたいね」
メンズの新店舗は集客が確実に見込めそうな既存モール内に決まったらしく、川岸がかなり慎重に動いたのがよく分かる。同じ建物に系列店ができるのが羨ましいと詩織達がどよめいている。
「それから、新店の店長の候補に推しておいたので、弥生ちゃんは覚悟しておくように。後でオーナーが面談するっておっしゃってたから」
「へぇ⁉」
急に名前が挙がって、弥生が驚いて変な声を出す。ついこないだ、ときめきモール店が出来たばかりだから、大幅な人事異動に対応できる社員はかなり限られている。この店の副店長でもある弥生に順番が回って来てもおかしくはない。
それに加えて、野中の一件で川岸からの弥生への評価はかなり上がっている。問題が起こった時、弥生のように早く的確に動けるのは最大の強みだ。
「あとね、育休後に時短勤務に変わった人も多いからフルで入れる社員ってそれほどいないのよね。で、詩織ちゃんに社員登用の話が来てるんだけど――」
今度は詩織が槍玉に上がったけれど、本人は「滅相も無いです」と首をフルフル横に振って拒否している。今はフルタイムの時給だから社員になっても勤務時間は変わらないし良い話だと穂香も思っていたが、海外旅行が趣味の詩織のことだから連休が取りにくくなるのが困るんだろうか?
「結婚後も辞めるつもりはないんだったら、賞与もあるし社員になった方がいいと思うんだけどなぁ。ま、それは追々考えておいてね」
「かしこまりました……」
人事に関する話が続いた後、ベトナムからの商品入荷のメドが立ったという報告に全員のテンションが一気に上がる。『セラーデ』オリジナル商品がついに店頭に並ぶ日が近付いてきたのだと思うと、穂香は嬉しくてしょうがない。しかも早い店では今日納品されるところもあると言われたら平静ではいられない。
「やっぱり、店頭ディスプレイはそれでいきますよね?」
「当然! 自社製品の社割率はまだ検討中みたいなんだけど、かなり下げて貰えそうだから制服として率先して着て下さいってことだから」
そこまで話し終えた後、柚葉は報告の漏れがないかを手持ちのバインダーで確認していく。会議でも興奮する店長が多くて、昼食会中のお喋りが尽きなかったのだという。
何だか落ち着かずに昼休憩を早めに切り上げて戻って来た穂香は、壁面一棚分を埋め尽くした入荷したばかりの新商品に気付いて什器へと駆け寄った。商品の写真は前もって各店舗に配布されていたけれど、実際に見るのはどれもこれも初めてだ。
——すごいっ、本当に『セラーデ』のオリジナル商品だぁ……
タグを確認してようやく自社製品だと実感する。ずっと他所の会社の商品ばかり扱っていたけれど、これはまだ『セラーデ』以外では販売していない商品なのだ。その特別感にドキドキと胸が高鳴る。
穂香は急いで荷物をロッカーに片付けると、店頭ディスプレイの前で腕を組む。新商品の良さを活かしたコーディネートをいくつか試しては、店長にチェックしてもらう。合わせるバッグのカラーが決め切れず、両手に持って首を傾げていたところ、急に後ろから声を掛けられた。
「俺としては、こっちかな?」
ひょいっと手に持っていたショルダーバッグを横から奪われて、穂香は驚いて振り向く。追加の入荷分だという大きな紙袋を手にした川岸が、満足そうに頷きながら穂香がセッティングしたディスプレイを眺めていた。
「オーナー、お疲れ様です」
「お疲れ様。北村さんは――ああ、接客中か……じゃあ、田村が先に面談ね」
「え、私も面談あるんですか⁉」
店頭を急いで片付けてから、穂香は川岸の後をついてストックルームへと入る。彼が追加で運んで来た商品はさらに別のデザインだったらしく、詩織達が店頭で賑やかにはしゃいでいるのが聞こえて来た。面談があるのは弥生だけだと思っていたから、穂香は何を言われるんだろうかと、ドキドキしながらカーテンを閉めてから振り返る。
と、川岸の腕がすっと伸びてきて、穂香の身体をギュッと包み込んでくる。不意打ちの抱擁に穂香の胸の高鳴りはさらに早さを増す。服越しに感じる彼の体温にこの上ない安らぎと愛おしさを感じ、穂香は首を伸ばして彼の頬へと口付けた。
カーテンの向こうからは同僚達の「いらっしゃいませー」という客を迎える明るい声が聞こえてくる。
—完—


