ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

 お弁当の卵焼きを頬張りながら、穂香は店舗用のノートパソコンを使って秋物のディスプレイ画像を確認していく。同じ商品を取り扱っていても店舗ごとに取り上げているアイテムが違い、お店によってはストーリー仕立てだったりするから見ていて楽しい。特に北町モールはガラス張りの広めの展示スペースがあるから、百均に売っていそうな造花を使って季節感を演出するのが定番みたいだ。

「うちではここまでは出来ないか……」

 店頭の一角に場所を取っているだけのスペースだと、そこまで凝ったことはできない。だから、ほぼコーディネート勝負なところがある。画面をスクロールしながら参考にできそうな組み合わせを探していく。今シーズンの画像は見つからなかったから今はもう取り扱っていないアイテムばかりだったけれど、穂香は何となくのイメージが掴めたような気がした。あとは実際にコーデしてみて考えていくしかない。

 パソコンから手を離し、スマホで時刻を確認すると休憩終わりまで残り僅か。お弁当を急いで食べ切ってから、メイクポーチを片手にカーテンを潜り出る。店頭では商品を興味なさげに流し見していく客がいるだけで、柚葉はレジカウンターで伝票をチェックしていて、詩織は商品整理をしているみたいだった。セールの前日が普段よりも客足が少ないのはいつものこと。

 店から近いお手洗いでメイクを直して帰ってくると、すでに野中は組み立てたばかりの什器の前で柚葉から指示を受けていた。穂香も慌てて仕事に戻る。

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。じゃあ、また続きをお願いね」

 売り場の隅に追いやっていた段ボール箱を引っ張り出してきて、穂香はその中から候補のアイテムを取り出し、それに合わせる商品をストックルームや店頭から掻き集めて回る。今回は柄物のカットソーをメインにして、スリットの深いロングタイトを合わせて綺麗めコーデを提案するつもりだ。派手柄もジャケットを合わせて露出を押さえれば、きっと上級者じゃなくても抵抗なく着こなせるはずだ。

「上着脱いだ時とのギャップも楽しめるし、こういうのをデートで着てくれると最高ですね」

 穂香が真剣な表情でカットソーのカラーを選んでいると、野中が真後ろから声をかけてくる。什器にセール商品を陳列するよう言われたらしく、赤札の付いたトップスを両腕でごっそり抱えている。

「野中さん、こういうのも好きなんですか?」

 てっきり彼は可愛い系がお好みなのかと思っていた。接客でもどちらかといえば淡い色合いの物を勧めていたからだ。穂香が少し驚いた顔をすると、野中は意味深な笑みを浮かべる。

「いや、田村さんなら似合いそうだなって思っただけですよ」
「えっと、ありがとうございます?」

 褒めて貰ったのかが分からず、語尾はつい疑問形になってしまった。男性目線の意見も聞いてみたいとは思っていたけれど、コーデの感想でまさか穂香自身を引き合いに出されるとは思わず、少し反応に困る。
 気持ちを切り替えディスプレイを整え直してから、穂香は足りない用材を探しにストックルームへと向かう。北町モール店ほど派手にはできないけれど、多少の季節感は演出したくなってきた。

 ストックルームの奥に積み上げられた箱の中をゴソゴソと漁っていると、誰かがカーテンを開けて入ってくる音が聞こえてくる。詩織が在庫を探しに来たのか、あるいは柚葉が本社メールをチェックするんだろうかと特に気にも留めずにいて、お目当ての用材を見つけて立ち上がって振り返った時、穂香は「ヒッ……!」と小さな悲鳴を上げてしまった。居るとは思っていなかった野中がすぐ真後ろに立っていたから、驚いたのは無理もない。

「あ、驚かせちゃって、すみません。何か手伝えることないかなって思ったんですけど」
「ああ、いいえ。変な声出しちゃって、こちらこそ、ごめんなさい……」

 まだバクバクする心臓を片手で押さえながら、穂香は「気にしないで」と微笑んでみせる。入社したばかりの野中の存在が頭から抜け落ちていたから、ちょっとビックリしただけ。一緒に働いてまだ数日しか経っていないのだから当然だ。

「品出しはもう終わったんですか?」
「はい」
「早いですねー。私もこれを飾ったら終了かな。セール期間は短いですし、すぐまた片付けなきゃですけどね」

 とりとめのない雑談を交わしながら店頭へ戻り、穂香は完成したものを店長である柚葉に確認してもらった。すぐオッケーが出たことでホッと胸を撫で下ろす。
 イベント前だからかモールのテナント担当者が何度か店を訪れてきて店長と打ち合わせをしていたくらいで、気が付けば早番の詩織が上がる時間になっていた。

「では、お先に失礼します」
「お疲れ様でした」

 休前日の早上がりだから、きっと今日も婚約者と店の近くで待ち合わせているのだろう。さっきまで纏めていた髪は下ろし、リップも少し赤みが増しているように見える。そそくさと時間ピッタリに帰っていった詩織の後ろ姿へ、穂香は羨まし気な視線を送っていた。

 ——隼人さんが帰ってくるまで、ちゃんと耐えられるかなぁ……

 もうすでに寂しさの限界ギリギリだ。少しくらいなら電話してみても構わないかなと思いながら、携帯への国際通話料金が怖くて一度も掛けられずにいる。ベトナムとの時差はたったの二時間。でも距離は果てしなく遠い。昼休憩の時に送ったメールを彼はちゃんと見てくれただろうか?