昔から『嫌な予感』は高確率で当たってしまう。霊感なんてものは無いけれど、虫の知らせとか、女の勘とか、そういう類いなのだろうか。

 鍵を開けてから玄関のドアノブに手を伸ばしかけ、穂香は一瞬だけ躊躇う。何か分からないが、良くないことが起こっているような、そんな気がした。

 ――気のせい、かな。

 彼氏の木築栄悟と一緒に住むようになって、明後日で丁度一年になる。付き合ってからだと一年半ほどが経つんだろうか。穂香が一人暮らししていたところに彼が入り浸りになっていたから、「家賃も勿体ないし、一緒に住んじゃえば?」という軽い感覚で始めた同棲生活。

 勿論、家賃光熱費は折半で節約になるからというのが一番大きな理由だったが、一緒に住めばお互いに結婚を意識する機会が増えるんじゃないかという下心もあった。実家に帰省すれば必ず、誰々の結婚話というやつを親や親戚から聞かされプレッシャーを与えられるお年頃だ。20代後半になって出来た彼氏は、ガッツリと囲い込んでおきたくもなる。

 だから、玄関を入ってすぐに目に飛び込んで来た光景は、穂香から声を失わせるのに十分だった。
 秒速の瞬きと、ようやく出せた単語ですらない声。驚きのあまり、息をするのも忘れてしまいそうだった。

「な、な、なっ?!」

 1LDKの自宅は、穂香が朝の出勤前に見た時よりも広々としていて、フローリングの上に無造作に放置されたままの洗濯物さえなければ、入居前の内覧のことを思い出させる。
 そう、今朝にはあったはずの家具も家電も姿を消し去り、出勤前に洗って干しておいたはずの衣類が部屋の隅に積まれているだけの状況だった。テレビもテレビ台も、ソファーとラグどころか、キッチンスペースにあったはずの冷蔵庫すら見当たらない。冷蔵庫の横に置いていたはずの棚も中身ごと消えてしまっていた。ローテーブルの上で開きっぱなしだったノートPCはどこへ行ってしまったのだろうか?

「え、なんでっ?!」

 ガランとした空間は意外なほど音が響く。穂香は素っ頓狂な声を上げながら、寝室のドアを開いた。そして、リビングと同じく何も無い空間に、全てを悟った。慌ててバッグからスマホを取り出し、電話を掛ける。掛けながらも開いたクローゼットの中に、この状況の犯人を確証した。
 あったはずの栄悟の荷物が何一つ無く、穂香の洋服だけが残されたクローゼット。ここは今朝まで二人分の衣類などでギュウギュウ詰めだったはずなのに……。