目の前にはべったりと密着した春馬と社長の娘。
 あの日は遠くから見ただけだったが、美人なお嬢様だ。
 今日も足元には赤いハイヒール。
 あの日、マンションにいた「ミカ」だ。

「なんでこんなところに? まさかコンペに出るつもり?」
 真っ赤な唇で嘲笑うお嬢様から由紀はスッと目を逸らした。

「私の春馬が一番に決まっているから、なにをやっても無駄よ」
 そうよね、春馬と見上げる美香に春馬は困った顔で微笑んだ。

 あれから半年たって、もう春馬のことはどうでもいいと思っていたけれど、こうやって二人の姿を見せつけられるとすごく惨めになる。
 なんの説明もなく別の女性と結婚すると言われ、不当解雇。
 そもそもあのコンペの作品は私のデザインをパクったくせに。

 泣きたくないのに涙が出そうだ。
 こんな奴のために泣くなんてもったいないのに。

「由紀、帰るぞ」
 ふわっと律の香りがしたと思った瞬間、由紀の視界は暗くなった。
 グイッと腰を引き寄せられ、前が良く見えないまま律に連行される。
 そのままタクシーに押し込められた由紀が涙を我慢するのは限界だった。
 
 大泣きする由紀の肩を抱き、ときどきポンポンと励ましてくれる。
 その優しさで余計に涙が止まらなくなった由紀はマンションに戻っても泣き続けた。