本屋の雑誌コーナーに陳列された建築雑誌を手にした由紀は、表紙の写真に釘付けになった。

「……すごい」
 大きな窓ガラスやタイルを使用しているにも関わらず、木々に囲まれたその建物は自然と融合し、その場にあるのが当然かのような佇まいに見えた。

「……ドイツの、商業施設?」
 ドイツ郊外にできたばかりの商業施設をデザインしたのは、有名なドイツの建築家リッカ。
 年齢も性別も、すべて非公開の建築家だ。

「これもリッカなんだ」
 学生時代から何度か雑誌でリッカの建築物を見たことがあったが、最新作がこの商業施設。

「ホントにすごい」
 由紀は同じ雑誌を二冊手に取ると、彼と同棲中のマンションへと急いだ。

「遅いよ、由紀」
「ごめん、本屋に寄っちゃった」
 由紀は荷物を置きながら春馬に「すぐご飯作るね」と伝えた。
 手を洗い、冷蔵庫から食材を取り出すと慣れた手つきで料理を作っていく。

 味噌汁は春馬の地元に合わせて赤だし。
 ブリの煮付けは少し甘く。
 肉じゃがには春馬が嫌いな人参は入れない。
 サラダはドレッシングを多めに。
 朝タイマーをセットしておいたご飯をよそったら夕食の完成だ。

「お待たせ」
「んー、すぐ行く」
 リビングのソファーに座りながらスケッチブックに書いている春馬の顔は真剣。

 カッコいいなぁ。
 由紀は地味な自分にこんな素敵な彼がいるなんて未だに信じられなかった。