――紫色の絨毯が、ずうっと敷き詰められたような広大な領地に再び。

「とうさま! かあさま! こっちだよー!」
「レオ、お待ちになって! 転んでしまいますわよ!」
「ヴィオレット、私が行くからゆっくり歩いておいで」

 濡羽色の髪をなびかせて、お兄ちゃまと遊んでいた頃の私と変わらない年頃になった息子が、咲き乱れるラベンダー畑の中をどんどん走って行くのです。

 その後ろから、あの頃のお兄ちゃまとは違う髪色の旦那様が、優しい笑顔で追いかけるその様子を、私は心が温かくなる思いでゆっくりと追いかけました。

「とうさま! このお花何ていうの?」
「これはラベンダーだよ。とても良い香りがするだろう?」
「ほんとだ。かあさま! これとてもいい匂いがするよ!」
「そうですわね。とても良い香り。母様はこのお花が大好きなのよ。レオは?」

 まだあどけないお顔のレオは、青空のようなブルーの瞳を瞬かせながら元気に答えてくれましたわ。

「ぼくもかあさまと同じ! だいすき!」

 私の方へ走って飛び込んできたレオが愛しくて、ギュッと抱き締めたのです。

「レオ、母様に急に飛び込んでは危ないよ。母様のお腹にはレオの弟か妹がいるのだから。びっくりしてしまうからね」
「あっ! かあさま、ごめんなさい。だいじょうぶ?」
「ふふ……心配しないで。大丈夫よ」

 アルフォンスは私が妊娠してからというもの、今まで以上に私に対して過保護になってしまいましたのよ。
 今までだって十分に甘々だったと思いますのに。

「いもうと、おとうと……どっちかなー?」
「さあ? レオはどちらがいいのかしら?」
「ぼくはね、可愛いお顔のいもうとがいいな」
「そう。楽しみですわね」

 息子と他愛もない会話をする私を、アルフォンスはとても眩しそうに口元に弧を描きながら見つめていました。それに気づいた私の方までが、とても幸せな気持ちになったのです。

「ねぇアルフォンス、貴方は男の子と女の子どちらが宜しいの?」
「もし女の子ならばヴィオレットのように苦労することがないよう、私が全力で守らなければな」
「あら。では男の子の方が良いかしら?」
「そうだな。私はヴィオレットと生まれてくる子が健やかならば、性別はどちらでも良いよ」

 でも「やっぱりヴィオレットのような可愛い女の子も良いかもしれないな」と笑う旦那様は、本当に私のことが大好きですのね。

「かあさま、はいどうぞ」

 ついアルフォンスと二人の世界に入ってしまった私に、レオが背中に隠した物をサッと差し出しました。

「まあ、ありがとう! ラベンダーの花束ね。母様はこれからもずっと、レオのことが大好きよ」
「それって……とうさまより?」
「うーん、そうねぇ……母様が世界で一番素敵だと思う父様と、同じくらい大切よ。産まれてくる赤ちゃんもね」

 そうだね! と太陽のような明るい笑顔を綻ばせる息子と、私たち二人を優しい眼差しで見守っている旦那様。

 婚約破棄をしたい婚約者が雇った別れさせ屋に何故か溺愛されてしまった私は、今とっても幸せなんですの。

 それでは皆さま、この辺で……ご機嫌よろしゅうございます。