――私がまだ幼くて、無知な故に残酷だった頃。

 すでにお母様は病気がちで体調を崩すことが増えており、たまの気晴らしにとお茶会へ共に連れて行ってくださったフォスティーヌ姉様のご実家。

 そこで、まだ少年の貴方とお会いしていましたのね。

 貴方はまだご結婚前のフェルナンド姉様に長く仕えた、侍女の一人息子だったのですわ。

 紫の絨毯が目の前に広がる中を、大人の話はつまらないと我儘を言う、まだ幼い私の子守りをフォスティーヌ姉様に頼まれて。

 八歳も年上の貴方は、きっと小さな女の子と遊んでもつまらなかったでしょうに、それでも常に優しく接してくださいました。

 庭に咲き誇るとても良い香りのするお花たちは、素朴なものがお好きなフォスティーヌ姉様の好みで、ほとんどがハーブでしたわね。
 
 そこに咲いたラベンダーを、「いつも遊んでくれてありがとう。これからも、ずっと私のお兄ちゃまよ」と、小さな手で花束にして渡したキレイな濡羽色の髪をしたお兄ちゃま。

 大人たちの退屈な会話が続く邸内から抜け出し、向かったお庭で度々遊んでくれていたお兄ちゃまは、確かにシルバーグレーの瞳をしていましたの。

「お兄ちゃま! 今日も遊んでくださるの?」
「ヴィオレットお嬢様……」
「あら、どうして? ……お兄ちゃま、泣いてるの?」

 しゃがんだままうつむいて、真っ黒な夜色の髪で目元を隠したお兄ちゃまは、呼吸も辛そうにして泣いていましたわ。

「たった一人の家族だった母さんが、病気で死んだんです。だからこの次にお嬢様がここへ来られた時には、僕はもうここにはいません」

 当時幼かった私はそんな難しいことは分からずに、どうして? なぜ? 嫌よ! と泣き喚いて、一番辛いはずのお兄ちゃまを困らせてしまいました。 

「私、お兄ちゃまとずっと一緒にいられると思っていたのに! 約束したのに!」

 優しいお兄ちゃまともう会えなくなることが悲しくて、幼い私は自分の気持ちだけで、好き勝手に言葉を投げかけていたのです。

 二人の周りに咲いたラベンダーを、手当たり次第に千切ってはお兄ちゃまに投げつけて。

 お兄ちゃまに当たってもどうせ痛くなんてないと分かっているのに、投げつけている私の胸はすごく痛くてどうしようもなかったのです。

 辺りにはむせ返るようなラベンダーの香りが、ずっと広がっていましたわ。

「お嬢様、泣かないでください」
「いやよ! お兄ちゃまがいなくなるなんて、私は許さないわ!」
「そんなに泣くと疲れてしまいますよ」

 そう言って寂しそうなお顔をしながら、私の頭を撫でてくださいました。
 今思えば、一番辛いのは独りぼっちになってしまった貴方でしたのに。

「それではお嬢様、お嬢様が独りぼっちになってしまった僕の家族になってくれますか?」
「いいわ。もうお兄ちゃまは、私のお兄ちゃまなんですから」
「では約束しましょう。僕が大人になったら、お嬢様をお迎えに行きます。それまでの間良い子で待っててくれますか?」

 どうして今じゃないの? と尋ねると、困ったようなお顔をしながらも口元を緩めておられましたね。

「僕はまだ子どもだから、お嬢様にはとてもつり合わない」

 当時の私には難しくて、その呟きの意味が分かりませんでしたの。