「婚約破棄……でございますか?」
「そうよ! 辺境伯領はね、最近では嫡男のローラン様の活躍と、他国から輸入した新型の武器とで国境も随分安定しているのよ」
「私、それは存じ上げませんでしたわ」

 あら? そういえば以前に辺境伯様がいらした際に、王都の商会に新しい武器を見に行くとかなんとか仰っていたような気がしてまいりました。

 そもそも、そんなに危機的状況でしたらわざわざ辺境伯様ご自身で、遠く離れた王都までいらっしゃることなど不可能でしたわ。

「つまり、貴女が無理に辺境伯家に嫁ぐ必要もなくなったのよ」
「それは本当ですの? そんなに簡単に婚約破棄ができますの?」
「ヴィオレットが望むなら。まあ息子の今までの悪行を何にも知らないお気楽なレオナールは、すごく寂しがるでしょうけど。けれどそんなことは、貴女の幸せの為ならば些細なことよ」

 突然降って湧いた話に、まだ頭が追い付いていけませんけれど。

 フェルナンド様がラングレー会長に別れさせ屋の依頼をしてまで婚約破棄を望んでいた時には、私はあんなに婚約破棄を拒んでいましたのに。

 そして会長への、決して認められない淡い感情を押し隠していましたのに、その必要ももうなくなるということですの?

「……別れさせ屋……あら? そういえば、フォスティーヌ夫人が雇われたという別れさせ屋は、一体どうなっているのでしょう?」
「彼はとても良く頑張ったわよ。私、たくさんたくさんヨシヨシして褒めてあげたもの」

 彼とは? フォスティーヌ夫人の依頼した別れさせ屋がどなたなのか、さっぱり検討もつきませんわ。

 ラングレー会長の別れさせ屋疑惑につきましては、フェルナンド様ご自身が会長に私を誘惑するよう依頼したことを認めておられましたし……。

「ちょっとお待ちになって。それではフォスティーヌ夫人が依頼されたという別れさせ屋は、一体どのようにして関わっていたというのですか?」
 
 とても得意そうなお顔をなさったフォスティーヌ夫人の口からは、到底信じられないようない言葉が紡ぎ出されるのです。

「彼はね、辺境伯領を新型の武器で安定させ、他国との貿易でこの国の存在感を高めたの。そうして易々と攻めにくくさせた上に、貴族から王族にまでまんまと取り入って、色々と知られたくない情報を掴んでいるのよ」

 続けてフォスティーヌ夫人は、「だから、たとえ貴女が別れさせ屋の彼の誘惑に負けてこの婚約を破棄したとしても、誰も文句は言わないのよ」と。そのようなことをおっしゃいました。

 まさか、フォスティーヌ夫人の依頼した別れさせ屋というのは……。

「ラングレー会長……」

 私が思わず呟くと、してやったりの満面の笑みでこちらを見つめたフォスティーヌ夫人は、力強く頷かれました。