「おやめください!」

 叩かれることを覚悟したものの、衝撃は襲って来ませんでした。
 そしてもはや聞き慣れた殿方の声が聞こえてきたことに、安堵するとともに何故か胸が痛んだ気がいたしましたわ。

「クソっ! 離せ!」
「フェルナンド様、男として、このようなことはいけませんよ」

 手から血を流したままで暴れるフェルナンド様を、ラングレー会長が押さえ付けておられます。

 その時、後方からはしたなくもバタバタと音を立てて侍女たちと共に走り寄ってくるのは、怒った顔をしたモニクです。

「アルフォンス様! 一体どうなさったのです?」

 アルフォンス様? モニク、いつの間にラングレー会長のことをお名前で呼ぶようになったのかしら。

 それにしても……ほら、それを聞いたフェルナンド様がまるで信じられないような顔をして、モニクの方を見ていらっしゃるわよ。

 そのうちフェルナンド様は、自分を押さえ付けるラングレー会長を睨みつけて怒りをぶつけました。

「ラングレー殿、あなたは一体何をしておられる? 誰がモニクと親しくしろと言ったんだ? 私はあなたにヴィオレットと親しくするように頼んだはずだ!」

 ああやっぱり。

「ラングレー会長は……フェルナンド様が依頼した別れさせ屋でしたのね」

 頭の中では以前から分かっていたものの、実際にフェルナンド様の口からその事実をお聞きすると衝撃的ですわね。

「皆様世渡りに長けていらっしゃる(ずるい)方ばかりですのね。それでは、私はこれでごめんあそばせ」

 未だ私は地面に座りこんだままでしたが、スッと立ち上がってその場で丁寧にカーテシーをしましたの。

 その場に居合わせた全員が呆気に取られている間に、私は痛む身体を隠してさっさとお庭から失礼いたしましたわ。