「フェルナンド様、ご機嫌よう」

お庭のガゼボに並べられた白い椅子に座って不機嫌な様子のフェルナンド様にカーテシーでご挨拶いたしました。

「モニクが来客中で、たまにはヴィオレットと過ごしてやれと気遣うものだからな」

 眉間にシワを寄せてはいるものの、先日のように暴力的な様子は見られず、心なしか普段より声のトーンもまともで、大人しいフェルナンド様に密かに安心いたしました。

「そうでしたか。嬉しゅうございます。お茶は何が宜しいですか?」
「……以前、お前がすすめてくれたお茶で良い」
「カモミールティーですわね。承知いたしました」

 フェルナンド様にはカモミールティーを、私にはレモンバームティーに蜂蜜を垂らしたものを侍女が準備してくれております。

「フェルナンド様、どうかなさいましたか? お元気がないように見受けられます」

 普段ならば嫌味の一言二言三言……くらい言いそうなものですが、今日のフェルナンド様は大人しくて気味が悪いですわ。

「お前は何故私との婚約を破棄しないのだ」
「それは、私の一存ではどうしようもないことだと、以前にも申し上げましたわ」

 私といる時に下を向いて話すフェルナンド様など大変貴重です。

「もしかしてお前は私のことを愛しているのか?」

 この方は突然何をおっしゃるのでしょう?もしやフェルナンド様だと思っていたこの人物は別人なのでしょうか?

 そのくらい今日はおかしな言動をなさいます。

「残念ながら、フェルナンド様のことを愛しているというわけではありませんわ」
「べ、別に残念ではない! それならば何故お前に辛く当たる私と婚約破棄しようと思わないのか、それが不思議でならない。先日父上に私の所業を話さなかったのもおかしいではないか」

 久々にしっかりと目を合わせて話すフェルナンド様と私でしたが、内容は甘い雰囲気とは程遠い会話ですわね。

「辺境伯様にお話しなかったのは、無駄に心配をかけたくなかっただけですわ」
「父上のお気に入りのお前が私の所業を話せば、この婚約は怒った父上によって破棄されるだろう」
「ですから、私はこの婚約が破棄されることを望んでおりませんの。フェルナンド様にはこのまま私と婚姻を結んでいただいて、そのあとは愛妾だろうが何だろうが、好きに置いていただいてもよろしくてよ」

 最後の方はやけっぱちになってしまいましたが、ずっと思っていたことを告げられて少しだけ胸がスッといたしましたわ。

「……愛妾」

 呆然と呟くフェルナンド様は、実は根は悪い方ではないのでしょう。
 きっと婚姻を結んだ以上は愛妾を置くなど不誠実だと考えて、それでなおさら気に入らない私を妻とすることに反抗なさっていたのかもしれません。

「愛妾か、なるほど。それでは私がモニクと婚姻を結んで、最悪お前が愛妾でも良いというわけだな」
「……はい?」
「父上はお前のことを近くに置いて娘にできることを望んでいるからな。一夫多妻制の我が国では非公式にはなるが、第二夫人ということで愛妾として邸内に傍おけば、父上もご納得されるだろう」

 前言撤回いたしますわ。

 この方、ただのお馬鹿でしたのね。