兄である飛龍と母である甄貴から
無理矢理引き離された万姫でしたが…

どうやら適応能力は曹家の中でも飛び抜けて高いようで許都にある曹丕の屋敷でも…すぐに慣れて楽しく過ごしていました。

万姫「…私は…
どうしてここにいるの?」 

そう思い嘆き悲しんだ事など今は昔。

許都へ無理矢理連れて来られて約3年の月日が流れた西暦219年08月08日。

万姫「仲権様、
次は何をして遊びますか?」

万姫が夢中になっていたのは、

夏侯淵「ガハハッ。仲権、モテモテだな。ん?何だ?俺の遺伝子なのか?俺はモテるからな…」

西暦204年産まれなので、
元服したばかりの夏侯淵の息子である夏侯覇…字は仲権である。

出逢ったばかりの頃は幼名である
暁東《シャオドン》を名乗っていた。

夏侯覇「お嬢なら…好かれても嫌じゃないんだよな?子どものお守りだけどそれ程嫌じゃないし…」

万姫より7歳上なので…
すぐ子ども扱いするのが玉に瑕ですが
そんな夏侯覇と万姫を優しく見守る存在がありました。

それは…

夏侯淵「コラ!殿の孫娘を相手に子どものお守りだとか言わないの…全く要らん事を言うのは誰に似たのか…」

夏侯覇の父親である夏侯淵…字は妙才

曹魏が誇る弓の名手で曹操の甥である
曹休…字は文烈の師匠でもある。

しかし…

基本的に軽口ばかり言うところばかり
夏侯覇に遺伝してしまいました。

そのため…

夏侯覇「要らん事を口にするのは、
父上に似たからですよ?」

夏侯淵「コラ!」

こちらの親子は基本的にいつもこのように軽口を言い合っておりました。

すると…

曹操「この子は子桓に似ずとても素直で最近ではいつ仲権様はお越しになられますか?とはしゃぐのよ…」

曹丕の屋敷でも普段通りに過ごしている万姫ではありますが祖父である曹操は天真爛漫な孫娘の万姫に夢中で万姫の方も基本的に優しい祖父の方が好きなようでございました。

でも1番好きなのは無論、

万姫「では、仲権様と私の祝言ごっこをまたしても宜しいですね?」

7歳上ではあるものの…
年齢を感じさせないくらい
純朴な夏侯覇でした。

夏侯覇「またー。」

但し…

曹操に似ているのか手に入れたいと思ったものに関しては周りが辟易する程執念深くなるのでした…。

しかし…

夏侯淵「コラ!殿の孫娘相手に無礼な事を言ったらダメでしょ?ね?」

父親である夏侯淵が仕えている主の孫娘に文句を言う事は基本的に許されず
いつもとは違い夏侯淵から真剣に注意をされてしまいました。

夏侯覇「ねって言われても…」

たくさん祝言ごっこをさせられている夏侯覇からするとこれが極めて面倒なものでございました。

曹操「万姫、確かに祝言ごっこはもうよい。別の遊びはないのか?さすがに数えてはおらぬが儂と妙才は見過ぎて細部の台詞まで覚えてしまった…」

曹操が困惑しながら孫娘を諫めると
云いだしたら聞かないところは父親の曹丕に似たようで…

万姫「まだ200回しかしてません!」

なんと数まで律儀に数えていたようで
これには曹操もあきれ果てました。

曹操「祝言は200回もするものではない。祝言というのは心に決めた相手と1回すれば良いものだ。」  

しかし…

恋多きお爺ちゃんであるはずの曹操はこの発言で自ら墓穴を掘ってしまい…

卞夫人「では…殿は何回祝言をなさればお気が済むのかしら?」

3番目の正室である卞夫人…字は春海《チュンハイ》から追いかけ回される羽目になりまさに半泣き状態でした。

曹操「お助けー!」

そんな祖父の悲鳴などお構いなしに
万姫は夏侯覇に対して文句を口にしていました…。

万姫「仲権様がしないなら
その父上様と祝言します!」

万姫は曹丕の娘らしさを
こんな時だからこそ発揮したのか…
定かではありませんが…

曹操「万姫、子桓みたいな事を言わずにこの祖父を助けてはくれまいか?」

ダメだと言われても…曹操に助け船を出すように頼まれても…

万姫「私は誰がなんと言おうと…
祝言ごっこをしたいのです!」

自分の意見を貫き通す芯の強さを見せ夏侯覇…ではなく何故かその父親である夏侯淵を連れてまた祝言ごっこを再開しました。

夏侯淵「俺、困っちゃうなぁー。妻がいるからお嬢と祝言を挙げると叱られちゃうのよ…だけど、お嬢からの頼みを断ると殿や元譲の兄貴から叱られちゃうし…」

息子よりも7歳年下である主の孫娘である万姫にすっかりメロメロな夏侯淵でしたが…

夏侯惇「そんな事を言うと凛風《リンファ》からまたあきれ果てられるぞ…。ついでに言わせて貰うが俺を巻き込むのは…辞めてくれ。」

曹操と今後の方針について
話をまとめにきたのは…

夏侯淵の従兄でもあり義兄弟の契りも結んでいる夏侯惇…字は元譲でしたが

曹操「元譲よ、すまぬ。
今はそれどころではなく…」

卞夫人「何人妾を迎えたら…
あなたのお気は済むのでしょうか?」

夏侯惇「仕方ない、
妙才と軽く吞むとするかな?」

卞夫人の怒りを察知した夏侯惇は、
夏侯淵と共に卞夫人の怒りが収まるまで酒を吞んで時間を潰そうとしましたが…こういう時だけ曹丕似の才を遺憾なく発揮する万姫は…

万姫「あら?私が先ですわ。」

祖父に若き頃より仕える古老の武将であろうとも容赦をする事がなく…

これには…

夏侯覇「父上は夏侯の伯父上と酒を吞んで下され…。200回を遥かに超える祝言ごっこは考え物ですが…父上に譲るくらいならお嬢の旦那役は俺がします…。俺もお嬢の事は嫌いじゃないから…」

お嬢の事は嫌いじゃないから…と言うのは…実は口下手な夏侯覇なりの愛情表現なります。

だからこそ…

夏侯淵「凛風に逢いたくなったな…。
元譲の兄貴、悪いけど酒はまた今度にして貰って…良いかな?」

夏侯惇「ふん、俺も何やら紅花に逢いたくなってきたわ…では屋敷に戻るとするか?仲権はお嬢と共に末永く幸せにな…?」

それを知っているので2人の周りにいる人間は嬉しそうに微笑みながら2人を見つめておりましたが…

曹操「春海、お互いに年齢も重ねておるしこれくらいにしてはくれぬか?」

曹操は未だに卞夫人より
追いかけ回されておりました。

卞夫人「勘弁なりませぬ…。
殿ときたら…許せませぬ…」

そんな微笑ましい時間から1か月が経った西暦219年09月09日の事にはなりますが事態は急変しました。

春蕾「…申し訳ありませぬ…殿、兄上…父上が…劉備により討たれました…」

張郃と共に夏侯淵とは別同隊として進軍をしていた夏侯覇の弟である春蕾が伝令係を務める事になりました。

夏侯覇「父上が…!父上が…!」

夏侯淵にとって最愛の妻である凛風は悲しみのあまり自宅で塞ぎ込んでおり
代わりに戦死の報告を聞いたのは…

曹操「劉備め!妙才は我が従弟ぞ!
わらじ売りの分際でこの儂の従弟である妙才の命を奪うなど言語道断も良い所だ!」 

夏侯淵への復讐に想いを燃やす曹操と
夏侯淵の事を誰よりも尊敬していた夏侯覇でした…。

曹操「…妙才が命を賭けて作り出した機会だから必ずやあだ討ちを果たす…。」

夏侯覇と曹操は孫権と呂蒙の元を秘密裏に尋ねる事にしました。

曹操「今ならば関羽を討ち荊州を呉が治める事も叶います。しかし…軍を動かして下さらねば妙才は…夏侯淵の死は無駄となってしまいます。」

夏侯淵は曹操と血の繫がった従弟であり夏侯家なくして今の曹家はないと言われるくらい彼の後見は曹家に必要なものでございました。

夏侯覇「絶対許さない!」

大らかで優しく家族想いではありましたが敵には本気を出して撃退する夏侯淵なので…

夏侯淵「疾風迅雷!俺様は魏軍のエリートだから本気出してやる!」

風や雷の如く速い戦を展開し魏軍を敵に回した者達には情け容赦ない目に遭わせるため魏軍は順調に勝利を重ねておりました。

曹操「妙才、良くやった!
さすがは我が従弟よ…!」

無邪気な笑みを浮かべ夏侯淵の手柄を賞賛する曹操に対しては…

夏侯淵「殿がお喜びで我が家の家族も大喜びならそれで俺は大満足でさ!」

本当に人が大好きで人の気持ちに寄り添うそんな夏侯淵の葬儀では…

夏侯惇「妙才!俺より先に逝く奴があるか?俺や孟徳を置いて死ぬなど…」

従兄でもあり義兄弟でもある夏侯惇…字は元譲《げんじょう》と…

曹操「妙才!」

主でもあり夏侯淵と夏侯惇とは、
従兄でもある曹操…字は孟徳。

この2人が悲しみのあまり
泣き崩れておりましたが…

曹丕「…とりあえず泣いておくか?」

感情などはあまり表に出さない曹丕…字は子桓が何やら場の空気を読まない発言をしてしまい…

曹操「何か言ったか?子桓!」

曹操からは憎しみの滲んだ目で
睨みつけられておりました。

曹丕「…何でもありません…」

その人望により曹丕以外は涙を流していた夏侯淵の葬儀でございました。

万姫「お祖父様、お願いします。」

基本的には孫娘に甘い曹操なので…
そんな曹操に頼み込みこの場に来ていた万姫はある人を探していました…。

万姫『仲権様は
どちらにいらっしゃるのかしら?』

以前は人懐っこい笑みを浮かべながら
父親譲りの軽口を言っていた夏侯覇はまるで人が変わったかのように拳を握りしめたまま微動だにしませんでした

万姫「仲権様…」

万姫を見つめる夏侯覇の目には光すらなく陰りのある冷たい鈍色の輝きが
その目に映っていました。

夏侯覇「お嬢、今は俺に構うな…」

偉大な父親を喪いまだ幼い弟や妹達
それに…最愛の人を喪い塞ぎ込んでいる母親の凛風を支えるため夏侯覇は、
強くなる事を今は亡き父親の墓前で誓ったのでございます。

曹操はそんな夏侯覇を夏侯淵の死に伴い魏軍の将軍に就任させるつもりだったのですが…

曹操「仲権が…妙才の跡を受け継ぎ
魏の将軍になる事を今、ここに…」

それを断固として反対した者が
おりました…。

「お待ち下さい、
それは早急過ぎます。」

それは…

西暦200年に産まれた郭淮…字は伯済で夏侯覇よりは4歳上の人物です。

曹操「ん?
どの辺りが早急だと思うのだ?郭淮」

曹操は小首を傾げながら郭淮の意見にも耳を傾けようとしました…。

すると…

郭淮「礼儀を弁えていない夏侯覇殿が将軍になるなど…呉蜀から物笑いの種にされてしまいます…。」

夏侯覇は郭淮からの言葉に怒りを感じ目を血走らせておりました…。

夏侯覇「郭淮…!」

郭淮「将軍の座は年功序列であるべきですし…第一、私は官渡の戦いが起きた時に産まれておりますから貴方より4歳年上です。まずは人の呼び方からお気を付けになられては如何かと…。」

郭淮は夏侯覇にとって宿命のライバルでいつも火花を散らしています。

だからこそ…

夏侯覇「はいはいはい、郭淮様!」

夏侯覇は郭淮に対して極めて反抗的な態度を貫いているのでございます。

郭淮「はいが2つも多いとは…。
やれやれもう少し何とかなりませんか?」

郭淮があきれ果てながら夏侯覇に対して態度の悪さを指摘すると…

夏侯覇「ふん!」

今度はまさかの曹丕を真似る
破天荒な行動を取った夏侯覇に対して
真似された曹丕はどこか御機嫌ナナメなようで…

曹丕「ふん!
私の口癖を真似るでない!」

こちらも場を弁えぬ態度をしており
曹操はそんな若者達に対してあきれ果てた顔をしておりました…。

曹操「…お前達、場を弁えよ!今は妙才の葬儀をしておるのに…お前達ときたら…!」

こうして曹操が皆の行いを諫めると…
夏侯淵の葬儀は終わりました…。

それから数日後、

夏侯淵の奮戦の甲斐もあり
漢中に全ての兵力を注ぎ込んだ劉備は

劉備「関羽が呉の裏切りに遭い
命を落とし荊州も呉の手に落ちたとは…真か?」

孫権率いる呉軍の裏切りに遭い
荊州も関羽も共に喪いました。

曹操「…妙才が命を賭けて作り出した機会を無駄にしなかった孫権は素晴らしき同盟者になるであろう…」

許都にある曹操の屋敷では…
期待に応えた孫権に対して曹操は、
賞賛をしておりました。

卞夫人「それは良かったですね、
子桓の御代も大切な同盟者となれば良いのですが…」

卞夫人は曹操の言葉に納得しながらも
いつも万姫が座って夏侯覇と祝言ごっこをしていた場所を見つめており…  

曹操「万姫と仲権は妙才の葬儀から一切来なくなってしまったのだが2人とも息災にしておるのだろうか?」

曹操も卞夫人と同じ気持ちであるため
素直に想いを口にしました…。

夏侯淵が生きていた頃は、

万姫「仲権様と仲権様の父上様は、
おいでになられておりますか?」

時間がある度に夏侯淵と共に曹操の屋敷に顔を出す夏侯覇に逢いたくて仕方なかった万姫が頻回に顔を出しておりましたが…

夏侯覇「俺は必ずや蜀に対して
あだ討ちを果たしてみせる…」

夏侯淵の復讐に身を焦がす夏侯覇は、
鍛錬する事に情熱を注ぐようになり
万姫の事など考えている暇《いとま》などないようでございました。

万姫「仲権様…いつになれば
貴方にお逢いする事が叶いますか?」

万姫の切ない願いをあざ笑うかのように時は無情にも流れていきました。

そして夏侯淵が戦死した西暦219年の翌年である西暦220年は曹家にとっても魏軍にとっても悲しい出来事が続いてしまいました。

悲劇の先陣を残念ながら切ってしまったのは…西暦220年03月10日に命を落としてしまった曹操と卞夫人の息子・曹熊《そうゆう》…字は泰然でした。

曹彰「何故?泰然がこの兄よりも先に命を落としてしまうのだ…?」

末弟であり病弱で控えめな曹熊の事を誰よりも可愛がっていた曹操の3男である曹彰《そうしょう》…字は子文はとても悲しんでおりました…。

そんな曹熊が最期に遺した言葉は…

曹熊「父上、母上、兄上たち…
どうか先立つ不孝をお許し下さい。」

曹操と曹彰に曹熊の死が伝えられたのは西暦220年03月18日の事でした。

曹操「あの愚か者、親より先に逝ってはならぬと昔から言い続けていたのに…約束を違えるとは…」

息子の中で1番下である曹熊が悲しい最期を遂げた事を聞き曹操の心労はピークに達してしまいました…。

すると…

バタン!

曹操はその場に倒れ込んでしまい…

夏侯惇「しっかりしろ、孟徳。」

今は亡き夏侯淵と二人三脚で曹操の偉業を支えてきた従兄の夏侯惇と、

許褚「しっかりするだよ。殿。」

宛城の戦いで曹操を守り戦死して命を落とした典韋に見出された2代目の護衛である許褚《きょちょ》

そんな夏侯惇と許褚に両脇を支えられ何とか床に就いた曹操ではありましたが…それから間もなく危篤状態に陥ってしまいました。

万姫「お祖父様…!」

卞夫人「殿、万姫が来てくれましたよ?可愛い、可愛い孫娘ですよ?」 

魏軍の武将達が心配のあまり曹操の見舞いに詰めかけていたので万姫が祖父に逢えたのは西暦220年03月20日の事でした。

曹操「…」

いつもなら乱世の奸雄に似合わぬ程
無邪気な笑みを浮かべ孫が来た事を喜ぶ素敵な祖父である曹操は…

卞夫人「まさか…これ程までに安んじた最期をお迎えになられるだなんて…」

群雄割拠の乱世に鋭い爪痕を残しながら自らの人生を颯爽と駆け抜けるかのような日々を過ごし逝きました。

曹休「師匠も殿もどうして俺の前から
いなくなってしまったのだろうか?」

曹操の甥で早くに父親を亡くし母親と共に曹操を頼り生きてきた曹休…字は文烈は師匠である夏侯淵とずっと目標にしていた曹操を喪ってしまい希望が全て絶望へと変貌してしまいました。

そして…

夏侯惇「妙才と孟徳がいないと…
何だかひどく静かでとても寂しい。」

夏侯惇も2人の従弟を喪ってしまい悲しみに暮れながらその生を終えました…。
 
許褚「殿が居ないとかおら誰を守って良いのか分からなくなってしまうだよ。」

許褚も曹操の死により悲しみのあまり病に罹り命を落としました。

これにより…

曹操を筆頭とした一時代を終えた魏に新たな風を吹かせるのは無論こちらの冷血漢でございました。

曹丕「私の名前は冷血漢ではない。
曹丕…字は子桓である。」

そんな事はさておき…
曹操よりも強欲で冷血漢な曹丕は
なんとも大それた事をする事を決めてしまいました。

それは…

献帝「朕は魏王に皇位を禅譲する。」

最早、名ばかりだった後漢帝国を滅亡させ曹魏を正式に建国しました…。

大魏初代皇帝・曹丕〈文帝〉
ここに即位す。

曹丕「ふん!」 

皇帝に即位してもふん!と言う癖だけはどうにも直らないようで…

卞皇太后「ふんではありませぬ…」

〈夫人〉から〈皇太后〉に身分が昇格した卞皇太后は母親として曹丕の事を気にするようになりました。