結局、有希には猫のことも海斗とのことも何も言えず、小説の続き4巻を受け取ると千尋はそのまま家に帰った。寄って行くものだと思っていた有希は残念がっていたが、この後に用事があると嘘を付いてしまった。

 はぁっと大きな溜め息をついてから、千尋はベッドに勢いよく倒れ込んだ。枕に顔を埋めて、混乱している頭を整理しようとフル稼働させる。

 有希に話せないような内容のやり取りを海斗としていた訳じゃない。やましいことがある訳じゃないのに、だったら何で有希に話せなかったんだろう?

「……別に大した手紙は送り合ってないし」

 自分で自分を納得させるように呟くと、起き上がって机の引き出しから箱を取り出した。ちょっと高めのチョコレートが入っていた空き箱の中には、これまで猫の首輪に括り付けて届けられた手紙。
 半年ほどで受け取った二十枚弱の手紙を、一枚一枚読み返してみると、これまでは見知らぬ誰かからと思っていた言葉が、隣のクラスの島田海斗の言葉として上書きされていく。

「夜更かしって、ゲームだったんじゃないの?」

 海斗がゲームしながら喋る声がうるさくて、ミケは千尋のところに逃げて来てたのかと思うと笑えてくる。顔はいいけど女子には冷たいと評判の海斗が、実は飼い猫をとても大事にしていて、見知らぬ文通相手のこともちゃんと気遣える優しい人だった。ミケを通じて、同級生の知らない一面を垣間見た気がする。

 広げた手紙を箱に戻し、また引き出しへ仕舞っていると、千尋の部屋の網戸がバリバリと音を立てた。

「ミケ!」

 急いで窓を開けると、三毛猫がするりと中に入ってくる。千尋の足に擦り寄って、顔を見上げてから「ナァー」と挨拶代わりに一鳴きする。しゃがんで猫の丸い頭を撫でながら、その赤い首輪を手繰ると、括り付けられた手紙を見つけ、千尋はいつもとは違う胸の高鳴りと鼓動を感じた。

『寒くなってきたので、最近は昼間しか外に出たがりません』

 いつも通りの他愛のない文章なのに、何故だか返事が書き辛い。必死で頭を捻って絞り出した言葉を、いつもと同じメモ帳に、いつもより少し丁寧な文字で緊張しながら書き記した。

『冬になっても、変わらず遊びに来てくれると良いのですが』

 今の関係が、少しでも長く続きますように。