互いに猫のことばかりを書いていたので、飼い主については何も知らなかった。万が一、ミケがどこかで手紙を落としてしまっても平気な、他愛のないやり取りしかしていなかったから。

 急に猫の飼い主への興味が湧き出して、千尋はメモ帳を1枚捲ってから手紙を書き始めた。『家はどこにあるんですか? 名前は?』そう書いた後、すぐにクシャクシャとメモを丸めて、ゴミ箱に投げ捨てた。
 何となく、聞かない方が良い気がした。

『夜は大体23時頃に来て、4時過ぎに出ていきます』

 いつも通りの猫についての報告へと書き直し、折り畳んでから赤い首輪に結んだ。急に変なことを聞いて、ミケが外に出して貰えなくなったら困る。

 手紙を結んだ端が猫の首に当たらないように調整してから、千尋はミケの丸い頭を撫でた。ゴロゴロと喉を鳴らして、三毛猫は千尋の腕に擦り寄ってくる。他所の家の猫でこんなに懐かれたのは初めてだ。

 人懐っこいミケのことだ、千尋のところ以外にもたくさん休憩所を持っているのかもしれない。そう考えたら、少し寂しくなった。

「飼い主さんは、いいなー」

 ぽつりと呟いた千尋の顔を、ミケは不思議そうに見上げていた。三毛猫が千尋の部屋に来るのはただの気まぐれ。数ある休憩所の中の一つでしかないかもしれない。
 けれど、何があっても飼い主の待つ家には必ずミケは帰っていく。その内に飽きてここには来なくなるかもしれないし、もし外に出して貰えなくなればミケとは会えなくなる脆い関係なのだ。

 ――でも、この飼い主さんはそんな意地悪はしない。そんな気がする。

 短い手紙のやり取りだけれど、飼い主の猫への愛情はとてもよく伝わっていたし、ミケが迷惑を掛けていないかと、千尋のこともこと細かく気遣ってくれている。猫が運んでくる手紙の中でしか知らない飼い主のことを、とても優しい人だと千尋は何となく感じていた。