「依頼人の存在を忘れるとは、いい度胸だな」
猿ぐつわを外してあげた南条くんの、皮肉いっぱいの第一声が、傷ついたわたしの心をさらに抉る。
「……わたし、護衛失格ですよね。南条くんが連れ去られたことにも気づけず、危険な目に遭わせた。本当にごめんなさい」
そうだ。わたし、もう解任されてるんだっけ。
「あ、新しい護衛は、きっともっと優秀な人が来てくれると思うので! そうだ。このまま圭斗を南条くんの護衛として雇うっていうのはどうですか? わたしなんかよりずっと——」
……え?
気づいたら、わたしは南条くんにぎゅっと抱きしめられていた。
「ちょ……え、な、南条くん?」
「もう二度と詩乃に会えないかと思った」
耳元で、吐息交じりの声が聞こえる。
「どこにも行かないで。ずっと俺のそばにいて。やっと見つけたんだから。やっと……」
「南条くん? どうしちゃったの?」
「俺に……恋してよ。忍びなんかやめて、俺とずっと一緒にいて」
南条くんの、声にならない声を聞いて、胸がぎゅっと苦しくなる。
……ダメだよ。絶対に。
南条くんの体をそっと押し返して離れると、わたしは南条くんに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。それはできない。わたしには、やりたいことがあるから」
「……」
「わたしね、早く一人前になりたいって、ずっと思ってたの。なのに全然うまくいかなくて、南条くんの命を預かっていることが怖くなって、眠れなくなったこともあった。けどね、どうしてもやめようとは思えなかった。だって、わたしの手で、南条くんの幸せを守りたいって思うようになったから」