越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~

「あれ、もしかして奈央?」

 肩を掴まれ、顔を上げると目が合った。健司はショーケースの中のケーキを見に来たらしい。私は口も開けなかったが、彼は勝手に話し続ける。

「やっぱりって何その格好、和装のつもり? どうせ着物着るなら、もうちょっとちゃんと着れば良いのに」
「お客様、他のお客様へのお声掛けは辞めていただけますか?」

 哲朗がカウンターから出て、健司の手を振り払った。私を庇うように間に立ち、怒りに満ちたまなざしで威圧する。

「いや、俺は知り合いだから」

 健司は哲朗を押しのけようとしながら、まだ話を続ける。

「今日はほら、視察に来たんだよ。千鳥珈琲も他の店を見習わないといけないからさ」
「あぁ、あの廃業寸前のカフェですか」

 スパッと切り裂くようなひと言だった。
 それがあまりに鮮やかだったから、健司はとっさに侮辱されたこともわからなかったらしい。しばらくしてから、わなわなと震え出すが、上手い言葉が出ないようだ。

「鳴り物入りでオープンしたのに、半年程度で経営不振に陥っていますよね」

 哲朗は軽蔑と憐憫をたっぷり込めて、冷たく言い放った。健司の顔色は赤を通り越して紫に近く、凄まじい怒気を自分では制御できないらしい。