越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~

 私は電車で哲朗の店に向かっていた。
 今回は長襦袢や腰板を使い、祖母の着物をひとりで着た。靴はボリュームのある、ジュードのサンダル。洋服にも合わせられる、普通のものだ。

 家を出てから電車に乗った今も、皆がチラチラ私を見ている。しかしそれは好奇の目ではなく、和装への憧れに近いものだ。私は勇気をもらいながら、目的の駅で降りた。

「いらっしゃいませ」

 和カフェの扉を開けると、ふわっとコーヒーの香りがした。哲朗がこちらを見て、嬉しそうな笑顔を向けてくれる。

「来てくれたんですね。ちょうど店に出てて良かった」

 入り口近くのショーケースには、季節のフルーツ満載のケーキが並んでいた。
 座席はカウンターとテーブル席が三つほど。テーブル席には女性のグループ客が座り、楽しそうに談笑している。
 私は緊張しながら、ショーケース脇の、誰もいないカウンター席に座った。

「初めてひとりで着たんですけど、どうですか?」
「すごく可愛らしいですよ。その星柄の帯、思ってたとおりその着物にぴったりですね」

 哲朗が好きだ。改めてそう思う。
 私に向けられた言葉のひとつひとつが、こんなにも愛おしい。彼の優美な微笑み、カップの水を置く仕草、何もかもが私を魅了し、世界を輝かせてくれる。

 きっとこんな人にはもう二度と出会えないだろう。
 未来はいつだって不確かなものだ。つまらない不安を感じるより先に、やるべきことがある。哲朗と一緒にいたいなら、どんな困難にも打ち勝つという、強い意志だけでいい。

「ご注文は何にします?」

 ひたすらに哲朗を見つめていた私は、慌ててお品書きを取り上げた。和カフェというだけあって、抹茶のかき氷やわらび餅、あんみつなどの夏らしいメニューが並んでいる。

「じゃあこの、豆かんをお願いします」
「かしこまりました」

 哲朗が女性の店員に注文を伝え、彼はサイフォンでコーヒーを淹れはじめる。

「どうぞ。サービスです」

 唇に人差し指を立て、哲朗は小さな声でコーヒーカップを置いてくれた。私は覚悟を決めて口火を切る。

「あの、私、今日は」