この間だって、勝手に見合い写真を送りつけてきた。失恋したと言ったから心配してくれたのだろうが、大きなお世話だと思う。初めてできた恋人にフラれて、そんなにすぐ次に行けるほど私はタフじゃない。

 別れを切り出されたときだって、ショックで声を出すことさえできなかったのだ。

 あの日、よりにもよって私の誕生日、鋭い刃が胸を抉るような悲しみは、すぐには襲って来なかった。涙も出なかった。
 ただ衝撃的で現実感がなく、世界が色彩を失ったように感じられただけだ。

「来春、結婚するんだ」

 健司はホテルのディナーを前にして、ペラペラと話し続けた。

「向こうはお堅い家柄でね、女性関係は一旦精算しておいた方が良いから。ほとぼり冷めたら連絡するよ」
「浮気、してたの」

 混乱したままどうにか口を開くと、健司は一瞬怪訝な顔をしてから笑い出す。

「いやいや、ちゃんと聞いてた? お前が浮気だったの。まぁ奈央のそういう抜けたとこ、嫌いじゃないけどね」
「だって、愛してるって」
「もちろん愛してるよ。今日だってほら、プレゼントも持ってきてる」

 健司はそう言って、ターコイズブルーの紙袋を取り出した。以前私が欲しいと言っていたアクセサリーブランドの物だ。

「てゆうかさ、もうちょっと奈央も喜んでよ。やっと俺、千鳥珈琲の副社長になれるんだぜ? 結婚相手は取引先のお嬢様で、うちの会社もこれを機にもっと規模が大きくなるんだ」

 まるで私なんて、最初からいなかったみたいだ。
 未来を夢見る健司の瞳には、私の姿なんて映っていない。きっと彼にとっては、暇つぶし用の相手だったのだろう。退屈を紛らわせられれば、私でなくてもよかったのだ。

 無慈悲な真実が心を突き刺し、どうすればいいかわからなかった。

 私は恋愛経験が浅い。高校の時に付き合っていた人は、三ヶ月ほどで自然消滅してしまったし、大学進学を機に上京してからは、勉強とバイトに明け暮れていた。

 健司に出会ったのは、小さな出版社に契約社員として入社し、一年ほど経った頃だった。コーヒー製造と輸入販売をしている老舗企業が最近始めた自社カフェを、ウェブマガジンで特集することになり、広報の彼にインタビューさせてもらったのだ。

 都会的で清潔感があり、スマートな健司に好意を向けられ、不愉快になる女性などいない。しかも彼は社長令息で、表面上は私をとても大事にしてくれた。

 よくよく考えればそんな男性が、私なんかを生涯の伴侶に選ぶはずがないのに。

「おいおい、黙り込むなって。これからも都合さえ付けば、会うこともできるんだしさ」

 身勝手すぎる健司の言葉に、身体が凍り付く。
 こんなことを言われるくらいなら、蔑まれたほうがマシだ。あんまり惨めで情けなくて、私は唇を噛みしめた。