「れ、錬金術……ですか?」

 タケルは首をかしげながら聞いた。

「かーーっ! お主は金融にかけてはからっきしド素人だな! いいか、これはいわば銀行だ。それも庶民が使い、リアルタイムでお金をやり取りできる次世代型銀行だ!」

 王子は興奮してドン! とこぶしでテーブルに叩きつけた。

「あぁ、まぁ、お金を預けられますからね?」

「……。お前、銀行がなぜボロ儲けできるか知ってるか?」

 呆れた顔で王子はタケルの顔をのぞきこむ。

「えっ……? 預金を貸し出して金利で稼ぐんですよね?」

「そうだが、そのままじゃ上手くいって数パーセント、全く儲からん」

「え……、では……?」

 タケルは困惑した。確かに前世で日本のメガバンクはボロ儲けをしていたが、彼らの貸し出す金利はせいぜい4%。とりっぱぐれることも考えたらとてもそんなに利益が出るようには思えなかったのだ。

「金貨十枚預金されたとしよう。銀行はこれを五人に金貨十枚ずつ貸すんだ」

「へっ!? 手元に十枚しかないのに五十枚も貸すんですか!?」

「そうだ。それで問題なく回ってる。なぜかわかるか?」

「え……? なんでですか?」

 タケルは首をひねる。無い金を貸し出すなんて、そんなことできるはずがないのだ。

「お前、銀行からお金を借りたらどうする? 全額引き出すか?」

「うーん、ケースにもよりますが、どこかへ振り込んだり口座に残したりで全額引き出したりはしないですね」

「だろ? 要は五十枚貸しても必要な金貨は十枚も要らないんだ」

「は……?」

「察しの悪い奴だな。どこかへ振り込むって言っても同じ銀行の別の口座なら銀行の外へは出て行かない。金貨が無くても貸し出せるってことだ」

「あ……」

 タケルは唖然とした。銀行は手元にない金を貸していたのだ。現金として引き出す人が少数だから、貸しても銀行の中にお金は残り続ける。だからそれを使ってもっと多くのお金を貸せるのだ。まさに錬金術。銀行とは金が五倍に増える錬金機関だったのだ。

「銀行が錬金術だとしたら、QRコード決済でやるべきことは分かるな?」

 王子はニヤリと笑った。

「は、はい……。こ、これは凄い事ですよ」

 要は多くの人が使って現金に引き出す必要がない状態にすれば、金はいくらでも増やせるのだ。ユーザー数を増やすこと、現金化しなくて済むようにすること、この二つを徹底することが莫大な富を生むポイントに違いない。

「我が陣営の傘下の商会にはすべてQRコード決済を入れさせよう。世の商店の大半で使えるようになるだろう」

「おぉ!? それは素晴らしい!」

「我が王国の国家予算は金貨六百万枚だが、このQRコード決済銀行と傘下の商会の事業からあげる収益で金貨三百万枚は行けるだろう」

「さ、三百万!?」

 タケルは驚いた。三百万枚と言えば日本円にして三千億円。まさに莫大な富。これぞまさにITベンチャーの目指すところである。

「何を驚いている。最終的には他国へも広げてさらに十倍だ」

「さ、三千万枚!?」

 タケルはその途方もない規模の大きさに目がくらくらした。

「で、その、スマホとやらはいつ販売をスタートできるんだ?」

「まず、電話機能だけのものを来年、QRコード決済アプリの開発にはさらに一年はかかるかと……」

「遅い! 今年中にリリースだ! サポート人員は全てこちらで用意する。最短でやれ!」

「か、かしこまりました!」

 あまりの無茶振りに圧倒されるタケルだったが、さすがにここでNOとは言えない。余計な機能は全くなしのシンプルなもので仮オープンなら、できなくもないかもしれない……。タケルは渋い顔でうなずいた。

「で、会社はこれから作るんだったな?」

「は、はい。テトリスの売り上げを使って起業しようかと……」

「我や我が陣営の貴族たちも発起人に加えろ」

「も、もちろんでございます」

「持ち株比率はキミが三割、我々で七割、どうだね?」

 王子は真紅の瞳を輝かせながらタケルの顔をうかがった。

 え……?

 出資比率は起業の成否を決める最大の難関である。少なすぎれば支配権を失い、会社を追い出されてしまう。例えばスティーブジョブズはAppleの株を11%しか持っていなかったため、Appleを一度追い出されてしまった。

 通常、持ち株比率は増資するたびに減っていくので、創業時に三割であればジョブズのように追い出されてしまう可能性がある。

 しかし、自分の持ち株比率が高すぎると他の人のやる気が失われ、事業は上手くいかない。多すぎず、少なすぎず、絶妙なバランスが求められるのだ。

 タケルはギュッと目をつぶり必死に考えた。本当は七割は欲しいところではあるが、王子や貴族たちの支援を受け続けるにはもっと渡さねばならないだろう。しかし、最初から過半数を割ることは避けたい……。

 タケルは大きく息をつくと、覚悟を決めた目で王子を見つめた。