「あははは」
澄み切った青空に、わたし、中学一年生の、小春(こはる)と、同級生の、友達...親友の優凛(ゆりん)の笑い声がひびく。
わたしは、フェンスにかけてある、キーホルダーに目をとめた。
「ねぇ。」
今は下校している。
「何?ごめん、明日にしてくれる?わたし、今日、急いでるんだ。」
優凛は小走りした。
「うん、オッケー。」
ここで会話は途切れた。
優凛の家に着いたから。
「またね。」
「また明日。」
わたしたちは近所。
幼なじみの優凛とは、小学生まで、用事がない日には、いつも遊ぶ仲だった。
でも、中学生になって、部活がはじまった。
でも、部活は忙しくて遊べなくなったから、一緒の、バスケ部になった。
わたしの家に着いた。
「ただいま。」
「おかえりなさ〜い。」
お母さんは、今料理中らしい。
宿題...
そんな言葉が脳裏をよぎった。
「行ってきます!」
「どこに?」
お母さんは少しイラついている。
「宿題が先でしょう?いつもそうしてるよね?」
「でも...」
上手い言い訳が考えられない。
あ...いいこと考えた。
「忘れ物...したの。だから、取りにいかせて。」
「忘れ物したの?はやく取りに行ってきなさい。」
少し叱られたけど、わたしはさっきのキーホルダーが気になる。
他人のキーホルダーなんて、どうでもいいことなのに、わたしはあのキーホルダーに呼ばれている...気がした。
「フェンス、あそこのフェンスだった気がするけど...」
あった!やっぱり。
おしばなみたいに、四葉のクローバーがあり、下に、「Tubasa」と、書いてある。
つばさ...男?女?どっちもいるよね。
わたしは、きた道を、走って戻った。
「ただいま!」
「おかえり、忘れ物は見つかったの?」
「うん。ごめんなさい。」
お母さんは、やれやれと首をふった。
「中学生になってから、忘れ物が多いね。ちゃんと確認して帰ってきて。」
「はーい。」
わたしは階段を駆け上がり、自分の部屋のベッドにダイブ。
「宿題は〜!ちゃんとしてね!」
「わかってる。」
わたしはお母さんには聞こえない声でボソリとつぶやいた。
その後、
「はーい!」
と、返事をする。
あのキーホルダー、誰のかな?つばさちゃん?つばさ君?
「あ〜あ。めんどくさっ。」
わたしはそんなことを言いながらも、宿題を終えた。
あとは自由時間。
つばささんに会ってみたいな。
ピンポーン
「はーい!」
お母さんが玄関のドアを開ける音がした。
「小春〜!チョコレートが届いたよ!」
「今はいらない。」
わたし、今はキーホルダーのことで頭がいっぱいなの。
わたしは心の中でつぶやいた。
「あら、いらないの?小春、お菓子大好きなのに。学校でなにかあった?」
「なーんにも。」
「ふうん。小春、疲れたときには甘いもの。」
だから、おりておいで。
そうでしょ?
わたしは階段をおりて、チョコレートを口に投げ入れた。
「美味しい〜!」
「どうしたの?食べないなんて言って。やっぱり美味しいでしょ?」
「うん、うん。」
その後、お風呂に入って、夕食を食べた。
今はベッドに横たわり、目を閉じていた。
つばささん、きっといつか会えるよね。今から楽しみなんだけど。
ひとりでクスリと笑うと、わたしは夢の世界へ落ちていった。
「小春〜!遅刻するよ〜!」
「あ、優凛だ。」
わたしは時計を見た。
ヤバ、本当に遅刻しちゃう。
「ごめーん!今行く!」
わたしは叫ぶと、すぐに着替え、ご飯をひと口で食べて、玄関を出た。
「まーた寝坊したの〜?」
「うん。」
「さ、走るよ!」
いきなり走りだした優凛に、わたしは声をかける。
「待ってよ〜!」
キーンコーンカーンコーン
1時間目の終わりを知らせる、チャイムが鳴った。
「ねぇ、小春。昨日、話しかけてくれたじゃん?下校中に。あの話の内容、なんだったの?」
「えーと....なんだっけ?忘れちゃったよ。」
わたしはなんだか、キーホルダーのことは、わたしだけの秘密にしようと思った。
「何よー!気になる〜!」
親友の優凛でも、なんだか言えない。
「バイバイ。」
学校の授業が終わり、優凛と別れ、家へ戻った。
今日も、キーホルダーは風に揺られて、だれも拾わなかった。
いったい、つばささんって、どこにいるんだろう?ここで落としたこと、わからないのかな?
あっという間に、1ヶ月が過ぎた。
相変わらずキーホルダーはフェンスにかかったまま。
「ねぇ、小春。アンタ、最近様子おかしいよ?1ヶ月前くらいから。悩みあったら、聞くよ?」
「大丈夫、優凛...あのね、わたし、会いたい人がいるの。だから、わたし、ずっと待ってるの。」
「きゃー!小春の遠距離恋愛!そういうの、わたし好き。だって、小春、恋がわからないって言ってたもん!だから、余計に!」
優凛ははしゃいだ。
「まだ、男の子とは決まってないよ。」
「え?話したことないの?もしかしたら、女の子かもしれないの?あーあ。てっきり、男の子かと思った〜!」
優凛は悔しそうに机を叩いた。
「優凛、落ち着いて。その人とは、会ったこともないし、話したこともないの。はやく一緒に帰ろう。」
「じゃあ、どうしてその子を知ってるの?」
わたしは、その答えを言わなかった。黙って下を向いてうつむいた。

今は放課後。
わたしたちは学校を出た。
「ねぇ、信じられなくない?わたしたち、もう半年も過ごしたんだよ。」
「そうだね、すごい。」
わたしたちは、下校中、おしゃべりしていた。
キーホルダーは変化なし。
半年も取りに来ないなんて...もう、キーホルダーのこと忘れちゃったのかな?つばささん、何歳なんだろう?
「ヤバ〜!成績ヤバ〜!悪くなってる!」
「わたし、今回良かったかも。」
わたしは成績表をめくりながら答えた。
「去年から、5個も二重丸増えた。」
「え〜?マジ?すご!わたしさがったー!」
今日、もう一度キーホルダーを見てみよう。
「わたし、忘れ物した。先行ってて。」
「そうだった。わたしもピアノのレッスンがあるんだった。急がなくちゃ!バイバイ、また月曜日!」
優凛は走りだして行った。
姿が見えなくなると、わたしはキーホルダーに手をのばした。
カチャ
はり金がはずれて、小さな紙が出てきた。
これ、なんなの?
わたしは狭い溝に落ちた紙を拾い上げ、紙に書いてある数字を読む。
電話番号だ...
わたしはとっさにノートを出して、その数字をメモした。
小さな紙はキーホルダーの中にしまい、わたしは家に帰った。
「ただいま〜!あれ?いないのかな?」
机には紙が置いてある。
「ちょっとスーパーに行ってくるね!」
りょうかいです。
電話って、かけてもいいのかな?
ずっと、会いたいと思ってた。
でも、いきなり電話番号が出てきて...会えるかもしれないのに、わたしの胸は迷ってる。電話かけようか、かけないか...
そう迷ってる間に、3ヶ月が過ぎた。
今日こそかけよう!
わたしはお留守番のときを狙って、ついにかけることにした。
電話のキーパッドをおす。
プルルル、プルルル。
「ただいま、電話に出ることができません。しばらく待ってからおかけなおしください。」
電話に出たのは、もう一度かけなおしてくださいのアナウンス。
せっかく勇気をふるいたたせてかけたんだから、電話にでてくれなくちゃ困る!
でも、あまりにもかけすぎもよくないから、あと1回にしておこう。
プルルル、プルルル。
お願い、でて!
「はい、もしもし。どちら様ですか?」
でた!でたのは、女の人の声。
「こんにちは、わたし、◯◯町の、朝立(あさだち)小春です。このたび、キーホルダーの件について、電話をおかけいたしました。」
「キーホルダー?なんのこと?」
忘れてるのかな...?
「ああ、わたしの子供のキーホルダーのこと?」
「きっと、そうです。子どもの名前は、なんといいますか?キーホルダーには、ローマ字で、つばさと書いてあったのですが。」
「ふん。なるほど...」
女の人は黙り込んだ。
「ええ、つばさ。間違いない。でも、あの子は今年、中学生になってからがんにかかってしまった。だから、今は入院してるのよ。」
「そんな...!すみません、変なことを言って。」
「いいえ、あなたのせいではないもの。そのキーホルダー、届けてくれないかしら?あの子、大切にしていたものだから。家族で旅行に行ったとき、キーホルダーも持って行ってた、つばさは。そのとき、誰かにぶつかられて、落としてしまったみたい。何度もさがして、ホテルにも連絡した。でも、どこも、『ありません。』と答えるだけだった。そして結局、諦めることにしたの。そうしたら、がんになってしまって...」
女の人はどんどん声が小さくなっていく。
「では、届けさせていただきます。住所をお教えください。」
「△△町の、✖️✖️駅で待ち合わせしましょう。
わかりますか?」
「えーと。たぶん、大丈夫だと思います。インターネットで調べればわかると思いますし、また電話をかけさせていただければ、きっとわかります。」
内心、分かるかヒヤヒヤしたけど、つばささんが大切にしていたものだし、届けなくちゃ。
「ええ、電話はいつでもかけてちょうだい。では、いつごろがいいかしら?」
「ええと。春休みがあと2ヶ月くらい経ったらきます。ですから、春休みまで待っていただけるでしょうか?」
電話のおくで、つぶやく声が聞こえた。
「命がそれまでもつかしら...」
でも、小春には聞こえなかった。
「じゃあ、春休みがおとずれたらまた電話してください。」
「では、失礼します。」
プープープ
電話がきれた。
わたしはメモした紙に目をやった。
・△△町✖️✖️駅で待ち合わせ。
・春休みがおとずれたら連絡。
とにかく、△△町にある、✖️✖️駅を調べないと。
スマホで検索。
あった!
ここから電車で1時間。
まぁまぁかな。そんなに遠くもないし、近くもない...と、わたしは思う。
まぁ、混んでいたら話は別だけど。
春休み、待ち遠しいなぁ... そわそわしゃうよ。
そうだ、一応、優凛に連絡しよ。
なんだかお母さんには話しにくい。
悪い人かもしれないのに、友達...親友には話せる。
「優凛、春休み初日、あいてる?」
1分も経たないうちに返事がきた。
『あいてるけど。』
え〜。なんて説明しよう?わたしだけの秘密にしたいんだけどな。
「優凛。一緒に、△△町の、✖️✖️駅まで電車に乗って、ガールズトークしない?」
『はあ?』
短い言葉で返信された。
無理もないよね。用もなしに、電車に乗るなんてバカげてる。
『別にいいけど。小春、アンタがそんなこと言うなんて...なにも行くとこ決まってないんでしょ?どうせなら、その、✖️✖️駅の近くのお店でお茶しようよ。』
うーん。そういう意味じゃないんだよなぁ。
つまり、つばささんのお母さんに会いに、一緒に来てほしいってこと。
まぁ、自分から誘ったんだし、オッケーしないとね。
「いいね!朝8時に電車に乗ろ!」
返信がこない。
『えー!そう言って小春、起きないじゃん!また、わたしが、「起きろ〜!」っていうはめになる。』
「絶対起きるから〜!お願い!」
『午前中だけね。わたし、午後からピアノの発表会なんだから。』
え!ピアノの発表会の前に、わたしとお茶するの?大変じゃない?
「大丈夫?疲れるよ?」
『確かに。小春といると疲れる。』
「ちょっと〜!なによ、その言い方!」
またはじまった。
わたしと優凛のメールの半分くらいはこの言い争いみたいなやりとり。
『言い方じゃありませーん。送り方でしたー!』
「ウザ!優凛だって言い方ってさっき送ってきたじゃん!」
『意味わかんな。言い方と送ってきたって、超まぎらわしいんだけど。』
今日のメールはそこでおしまい。
お母さんが帰ってきたから。
「ただいま〜!すっかり遅くなっちゃった。」
「おかえり。わたし、料理して、お風呂入ったから。お母さんのは、それね。おやすみ。」
「ええ、おやすみ。」
お母さんは動揺しながら、買ってきた食べ物を、冷蔵庫に詰め込んだ。
そして、わたしたちの学校は、冬休みはないから、ようやく春休みがやってきた。
その日だけは、早起きをして、朝食をゆっくり、時間に追われることもなく食べて、着替えて、口紅をぬる。
さらに、カチューシャもつけて、1番お気に入りのバッグを持って、お財布を入れて、昨日予約した花屋さんに向かう。
「はい、まいどあり。」
「ありがとうございます!」
花束を受け取り、バッグにしまう。
その後、スキップで優凛の家へ向かう。ちょうど、午前8時。
ガチャ
「...っ!小春!なんで?早起きしたの?」
「できるって言ったからね。」
「そうだったね、ごめんなさいね。」
2人で電車に乗り、近くのお店でお茶した。
「てか、小春。わたしたち、おそろいの服欲しくない?」
優凛がニヤリと笑う。
「そうだね。よし、ご馳走様!」
その後、お買い物。
最高に楽しい!
「これ良くない?どう?」
「うーん。このデザインの方が好きかな、わたしは。」
話し合って、やっとお互いが気にいる服をみつけた。
「小春。会いたい人がいるって言ってたよね?」
「う、うん。」
「会えたの?」
優凛がわたしの顔をのぞきこむ。
「えっと、まだだけど...会う約束はしてる。緊張するよ。」
確かに、嘘じゃない。
まだ会ったことないっていうのも、会う約束はしてるっていうのも、嘘ではない。
「小春、何緊張してるの?アンタなら大丈夫!
自信持って!」
優凛が、「頑張って!」と、こぶしをにぎる。
「うん、ありがとう!」
ありがとう、優凛。本当に元気がでた。
「あ、ヤバ〜!わたし、ピアノの発表会あるんだった。絶対遅刻したらヤバいよ、発表会だから。じゃあ、バイバイ!」
「うん、バイバイ。」
ふう〜
大丈夫、わたしなら、大丈夫!
ついに約束の時間。
プルルル、プルルル。
「もしもし。わたしは、今着きました!今、どこにいらっしゃいます?」
本当は、午前中からいたけどね。
「わたしも着いた!わたしは駅にいる〜!」
「わたしも駅にいます。ああ、いました!こんにちは!」
電話をきり、おじぎする。
「小春さん、こんにちは。」
「こんにちは。えっと、これです。」
わたしはキーホルダーを差し出す。
「ありがとう!つばさが喜ぶと思うわ!なにかお礼をさせて。」
「あの、つばささんに会ってみたいです。」
ずっと、約1年前から、会ってみたいと思ってた。
「あら、そんなことでいいの?」
「わたし、つばささんに会いたいって、ずっと思ってたんです!」
「まぁまぁ!そんな嬉しいこと言われたら、もちろん会わせてあげますよ。さあ、こちらの電車に乗りましょう。」
「は、はい。」
知らない人と、一緒に電車に乗るのは気がひける。けど、今は一緒に乗っている。
大丈夫、だよね?
こころなしか、少しつばささんのお母さんから距離をとっている気がする。
「さあ、着いた。」
「ありがとうございます。」
わたしたちは目の前にある、立派な建物に目をやった。
「ここよ、101ごうしつ。」
つばささんのお母さんは、鍵をあけ、ドアノブに手をのばした。
「お邪魔します。」
「どうぞ。つばさ、ほら、キーホルダー。」
つばささんのお母さんの目線の先にいたのは、ベッドに座り、布団をかけ、透明のガラスのコップに注がれた、水を飲んでいる女の子だった。
「ありがとう!その方が拾ってくださったの?」
お腹あたりまでの黒髪が、風にふかれてふわりと揺れた。
つばささん...つばさちゃん?(の呼び方でいいのかな?)は、茶色の目を輝かせ、わたしを見つめる。
「えっと、そうです。」
「わたし、
 ずっと大切にしていた物なんだぁ。」
つばさちゃんさん?は、キーホルダーに目をやる。
「ねぇ、わたし、あなたのこと、つばさちゃんって呼びたい。いい?同じ年齢ってことは、あなたのお母さんから聞いたの。わたしは小春。」
「え、ええ。どうぞ。わ、わたしは小春ちゃんって呼ぶね。」
少し、つばさちゃんは動揺した。
こんなに美しい、同じ年齢の女の子が、がんだなんて...かわいそうで仕方ない。
「このキーホルダー、」
つばさちゃんが口を開く。
「わたしの彼氏からもらったものなの。はじめて、彼氏と遊びに行った日、四葉のクローバーを見つけた。四葉のクローバーは、幸せになれるっていわれてるらしいの。だから、おし花みたいにしたの。それで、ローマ字で、つばさって彼氏に書いてもらった。ずっと、一緒にいるよって。」
つばさちゃんの目頭は、涙が浮かんでいた。
「でも、わたしががんにかかって!この、最悪な病気のせいで、わたしたちは別れることになったの。ううん、わたしからもう別れようって言ったの。がんのわたしと付き合ってたら、ずっと病院に彼氏は通わないといけなくなっちゃう。だから、別れようって。しばらく彼氏は諦めなかったけど、わたしはつめたいことばで、彼氏は驚いて別れた...」
なんて切ない話なんだ...
「つばさちゃん。これ、あなたに。」
わたしは朝買ってきた花束をプレゼントした。すべてはつばさちゃんのために、早起きしたとも言える。
「ちょっとくしゃっとなっちゃったけど。よかったら。」
「ありがとう!わたし、花、大好きなの。さっきの四葉のクローバーのおし花みたいにしたのは、もう一つ理由があるの。わたしが幸せになれるってことだけじゃなくて、わたしが葉っぱが好きだったからっていうのもあるの。」
「でも...」
と、言葉を続ける。
「四葉のクローバーなんて、どこが幸せなの⁉︎わたしはがんになって、彼氏には迷惑かけちゃうし!」
つばさちゃんはとうとう涙をこぼした。
「大丈夫だよ、きっとがんは治るし、また幸せになれる。わたし、思ったんだ。つばさちゃんって、大空につばさをひろげて、自由に生きていくんだって、名前にそんな意味が込められているんじゃないかな。鳥を見ると、そう思わない?今、窓の外で、鳥が横切ったの。」
「小春ちゃん...」
涙が頬をつたった。
わたしはとっさにハンカチをとりだした。
「なんにも使ってないから、ふいていいよ。」
「ごめんね、ありがとう。変なところ見せて。」
つばさちゃんは、目頭をハンカチでふいた。
「長居してしまってすみません。わたしはそろそろ帰ります。」
わたしは、ぺこりと頭をさげて、ドアノブに手をかけたとき、
「あのっ!今日は、ありがとう。あなたが、中学生になって、はじめてのお友達。あと、ハンカチありがとう。」
「ううん。まだ持ってていいよ。気持ちが落ち着くまで。あの、つばさちゃんのお母さんにお願いです!わたし、春休み中に、ずっとここに通わせていただきたいです。」
つばさちゃんのお母さんは、少し驚いた顔をした。
「ねぇ、その気持ちはありがたいけど、あなたもお友達がいるでしょう?つばさみたいに、不幸になってほしくないの。」
「お、お母さん...わたし、わたし、不幸は確かにそうだけど...」
つばさちゃんは、少し悲しそうに言う。
「小春ちゃん、来ないでとは言わないけど、他のお友達とも遊んできた方がいいよ。せっかくの春休みなんだし。」
「でも、来ないでとは言わないんですよね?だから、行かせてください!」
「でも...」
わたしが話をさえぎる。
「お願いします!わたし、つばさちゃんと友達になれて、嬉しかったんです。だから、だから!友達と会いたいんです、つばさちゃんという友達に!」
「・・・」
つばさちゃんのお母さんは言葉を失う。
「ありがとう、小春ちゃん。あなたみたいな人には、はじめて会った。どうぞ、これが鍵。いつでもいらっしゃい。」
「ありがとうございます!」
わたしは笑顔になれた。毎日会える〜!つばさちゃんに!
「小春ちゃん。」
わたしは、つばさちゃんに近づいた。
つばさちゃんは、にっこりして、耳打ちした。
「オッケー!」


わたしは、不思議に思う。
どうして、ここまでわたしのことで必死になれるんだろう。
今、小春ちゃんは、喜びに満ちた顔をしている。
ガチャ
小春ちゃんが、出ていった。
毎日会いにきてくれるんだ、小春ちゃんが。
だれにも言わなかったけど、ずっと1人で寂しかったんだ。
しかも、ハンカチを、気持ちが落ち着くまで持ってていいよって...
「つばさ、小春ちゃんという、あなたのたった1人の友達を、大切にしなさい。」
お母さんの言葉には、いつも気にしてしまう。
さっきもわたしのことを不幸だとか、今は、たった1人の友達だとか...
「はい。」


わたしは、少し盗み聞きしてた。
つばさちゃんのお母さん、つばさちゃんに、ちょっと厳しいんだな。
すぐに、ゴホゴホと咳き込む音がした。
咳が止まらなくなり、つばさちゃんの、101ごうしつに看護師さんが次々と駆け込む。
「優凛、ピアノの発表会どうだった?」
病院の外に出て、優凛に連絡する。
わたしは電車に乗った。
つばさちゃん、という友達。
今日話したときは、前から会っていたみたいに感じた。
さっきつばさちゃんのお母さんから盗み聞きした、言葉。
『たった1人の友達』
つばさちゃん、わたしにできることは何?わたしにできることなら、なんでもするよ。
メールの着信音がした。
『小春〜!ピアノの発表会のこと、気にしてくれてたんだね!大成功だったよ〜!』
メールからでも、優凛がニコニコしてるのが想像つく。
「◯◯町、◯◯町。おりる方、ご準備をしてください。」
あ、わたしの町に着いたんだ。
忘れ物は...ない!
チャリン
小春は、気がつかなかった。
小春は覚えていなかったと思うが、昔の、小春の大切な、物を落としたことを。
「おはよう、小春。」
昨日、帰ってから、つばさちゃんのことを考えてて、ほとんど記憶がなくて、気がついたら、朝がおとずれていた。
「おはよう、お母さん。」
そのあと、準備されていた朝ごはんを食べて、おしゃれして、「行ってきます!」と告げる。
「いってらっしゃい!...ってどこに?まぁ、5時半までには帰ってきてね。」
「はーい!」
わたしは鍵をつかみ、玄関を飛び出す。
電車に乗り、まだかなぁ、と思いながらじっと待つ。
「△△町、△△町。降りられる方は、ご準備をしてください。」
ああ、いよいよだ...!
ガチャ
病院に入り、101ごうしつの鍵をあける。
「つばさちゃん!」
「小春ちゃん?会いに来てくれたの?ありがとう!そうだ、これ、昨日のハンカチ。洗濯はしたみたいだから、一応は綺麗だと思う。」
すっかり心を開いてくれたな、つばさちゃん。
「今日はお母さん、いないんだね。つばさちゃん、いきなりどけど、あなたの漢字はどうやって書くの?」
「うん、お母さん、仕事。いつも仕事してるから、疲れないのかな...わたしにできることがなくて、お母さん、大変だよね、絶対。紙、ある?そうしたら書けるよ。」
あ!ちょうどノートとペン、持ってきてたんだ。
「はい。」
つばさちゃんは、ノートに綺麗な字で、『翼葉咲』と書く。
「こういう字なんだ...」
「うん。」
「翼葉咲ちゃんが花を好きってこと、葉と、咲の字が合ってるね。...って、わたし、言葉になってる?」
翼葉咲ちゃんは笑いだす。
「あはははっ!わかんない〜!言葉になってるんじゃない〜?」
わたしもつられて笑いだす。
でも、すぐに咳に変わる。
「ゴホっ!ゴホゴホ!」
「だ、大丈夫?」
翼葉咲ちゃんは水を飲む。
「ごめん、大丈夫だよ。そうだ、これ、昨日小春ちゃんが持ってきてくれた花。さっそく花びんに生けたんだ〜!ありがとう!...ゴホっ!」
「本当に大丈夫?わたし、今日は帰るよ。」
咳をしながらも、翼葉咲ちゃんはうなずく。
次の日。
「おっはよう〜、翼葉咲ちゃん!今日もお母さんいないんだね。」
「おはよう、小春ちゃん。今日も元気だね。」
「あははは。そうかなぁ?」
「そうだよ。」というように、翼葉咲ちゃんはうなずく。
翼葉咲ちゃんは、わたしが見るなかで初めて、ベッドから起き上がり、近くの大きな窓の前に立つ。
窓から目をはなさないで、翼葉咲ちゃんは言う。
「わたし、この景色、大好きなんだ。建物が建っていて、海があって、おくには山が見えて、ときには山と山をつなぐように、大きな虹がかかる。いつ見ても飽きないよ。」
「ねぇ、翼葉咲ちゃん。わたしがいない間、何をしてるの?」
「うーん。少ししかないよ。景色を見ているか、水を飲んでいるか、寝ているか。どれかだよ。」
絶対、暇だよ。
「暇じゃないの?」
「もちろん、タイクツ!暇〜!」
わたしは、いいことをおもいついた。
「翼葉咲ちゃん、本は好き?小説なんだけど。」
「わたし、大好き!だけど、なんで?」
「家から本を持ってこようと思うの。どう?」
翼葉咲ちゃんは目を輝かせた。
「いいの?ありがとう!お願い〜!...ゴホ、ゴホゴホっ!」
翼葉咲ちゃんは、苦しそうに顔をゆがめ、手を心臓にあてる。
すぐに水を飲み、看護師さんが、前のようにドカドカと入ってくる。
翼葉咲ちゃんは、酸素マスクをつけられ、苦しそうにベッドに戻って、目を閉じた。
わたしは、ドアノブに手をかける。
「い、行かないで...、小春、ちゃん...」
翼葉咲ちゃんは、わたしを呼び止める。
「ご、ごめん。急用ができちゃって。また、明日。」
翼葉咲ちゃんは、たぶんうなずいたと思う。でも、振り返ることができない。それの理由は、自分でもわからない。
なんとなく、友達が苦しむ姿は見たくないし、居心地悪くなる。だから、急用ができたと嘘をついた。
帰りの電車で、駅をおりたときだった。
「小春〜!久しぶりだな。意外と大きくなったな。」
なに、この人。ちょー失礼なんだけど。なんで、名前知ってるの?
わたしは男の人をまじまじと見た。
ブラウンの髪型に、ジャージを着ていて、バッグをかかげている。それに、背が高くて、わたしの頭の大きさ一個分ある。
わたし、一目惚れしたかも。この人、好き。悪そうな人じゃなさそうだし。
まあ、とりあえず話、合わせとこう。
「久しぶり〜!意外と大きくなったでしょ?で、何の用?」
「あ、そうそう。これ、お前のでしょ?っていうか、おれのこと忘れてね?」
わたしは、黙り込む。
誰なの?でも、親しかったのかな?いつの友達?
「おいおい、黙るなって。小春の悪いとこ、変わってねえな。」
そういうなり、頭に、ぽんと手を乗せられる。
「おれは、経理(けいり)、お前の彼氏だってば。1年前のこと、覚えてないのか?」
1年前...記憶がない。
「これ、お前、落としてるぞ。おれが書いてやった、お前の大切なやつだろ?」
わたしの目の前に、キーホルダーをブラブラさせる。
ど、どうして...わたしが、これを持ってるの?
つ、翼葉咲ちゃんと、同じ、キーホルダー。四葉のクローバー。でも、名前のところが、「Koharu」と書いてある。
しかも、経理の、彼女なの?わたし。
「あ、ありがとう。経理、わたし、あなたの彼女なの?そうだよね?」
「そうに決まってんだろ!とぼけるな、この、可愛い野郎め!」
「ちょっと、それ褒めてるの?」
わたしは、なんとなく、前から仲が良かったと思ってたんだ。
「褒めて...る!」
「褒めてないって言おうとしたでしょ!」
「そんなことないって!じゃないとキーホルダー、返さないぞ〜!」
経理は高く手を上げて、わたしにとらせないようにした。
「ちょっと、返して!返さないと、返さないと...」
「ほら、思いつかない。昔っからそうだよな、小春って。」
わたしはふくれっ面をした。
「その顔、可愛い。」
「か、可愛いって!」
「嬉しいんだろ?」
経理はニヤリとする。
わたしは、そのことにはノーコメントして、わたしは真剣な表情で言う。
「経理、今から、時間ある?一緒にご飯行こ。ちょうどお昼だし。わたし、去年のこと、記憶がないの。」
彼氏なら、きっと、教えてくれる。キーホルダーのことも、翼葉咲ちゃんのことも。
「はっ?お前っ、記憶がないだと?」
経理が口をあんぐりとあける。
「そう、だから、お茶しながら去年のこと、教えてほしいの。経理の彼女でしょ、わたし。だから、ご飯って悪くないよね?」
「う、うん。どこ?オススメの店でもあんの?」
「あるに決まってるでしょ。」

「美味しい〜!」
「うま!」
わたしはパンケーキをナイフとフォークで切り、ほおばる。
「お前さ、ご飯とか言って、パンケーキじゃないかよ。」
「美味しいからいいの。じゃあ、ちょっと分けてよ。」
「お、お前に...⁉︎」
経理はびっくりした様子を見せる。
「いいじゃーん!」
「これ、使ってないスプーン。ほら、はやく食べろよ。」
経理はわたしにお皿をよせる。
「ありがとう!」
「もう、いいだろ?おれの分、なくなる。」
「じゃ、わたしの食べる?」
わたしも経理にお皿をよせる。
「いただきます...」
経理もチラッとわたしを見て、結構食べる。
「ねぇねぇ、今度はわたしのがなくなる〜!」
「で、小春、お前さ、去年のこと...」
「聞く!」
わたしは身を乗り出して答えた。
「えっと...あんま、いい思い出じゃないと思う、小春には。それでも、いいのか?」
「うん。」
経理は、ゆっくりと話し出した。
「おれと小春、それに、翼葉咲ってやつと、零途(れいと)ってやつと一緒に、遊びに行ったんだ、海に。」
「ダブルデート?」
翼葉咲ちゃんって、あの翼葉咲ちゃんだ、きっと。翼葉咲ちゃんの彼氏が、零途くんだ。
「そう、ダブルデート。」
経理はほおを赤く染めて言った。
「海の近くに、公園があったんだ。その公園で、お前は、お前は...頭をうって、病院に搬送された。」
「えっ?わたしにそんなことが?なんで、なんで?」
「ったく、ほんとに覚えてねぇのかよ」
経理は呆れながらも、心配してくれている様子が伝わってくる。
経理は語り出した。
「小春、公園で、高いところから落ちそうな子どもを見つけてさ。『行かなきゃ!』って、言い張ってさ。で、小春がちょっと低いところから、両手を広げて、『おりて来て!』と、叫んだんだ。でも、泣いたままで、おりてこないんだ。だから仕方なく、高いところに行って、小春はその子の手をつかんだんだ。そしたら、その子がうわっと泣き出して、小春に抱きついたんだ。もちろん、小春は地面に立ってたわけじゃないし、高いところから落下した。そのときの小春は、真っ青な顔をしてたけど、その子どもをぎゅっと抱きしめたんだ。おれたち3人は、小春のもとに走ったけど、間に合うはずも無く、小春は地面に叩きつけられてたんだ。幸い、子どもにはすり傷しかなかったけど、小春が重傷だったんだ。すぐに零途が救急車を呼び、子どものお母さんも病院へ行ったんだ。小春は生死をさまよい、神様が味方してくれたんだ。まだ、お前は生きれるとな。助けた子どものお母さんは、何度も頭をさげて、『ありがとうございます』と、『ごめんなさい』を繰り返してた。それから、記憶喪失になったんだと思う。」
わたしは言葉を失う。
ど、ど、どうして、こんな大変な日のことを覚えてなかったの?わたし、どうかしてる。
「小春、自分が死ぬかもしれないのに、助けたんだ。相変わらず優しいやつだよ、お前は。」
「う、うん。ありがと!ご、ご馳走様でした!」
わたしはパンケーキを平らげ、手のひらをあわせた。
「おれがおごってやる。もっと食え。」
「ありがとう!でも、お腹いっぱい!」
「食えと言ってるんだ!」
わたしはすかさず答える。
「無理!お腹いっぱいだってば!」
「無理やり食え!」
「無〜理!」
そんな会話をして、経理が払ってくれた。結局、パンケーキ以外は食べなかった。
「経理、今日はありがとう。本当はもっと経理と遊びたいけど、気持ちを整理するために帰るね。」
「わかった。」
「今度は、翼葉咲ちゃんと、零途くんのことを教えてほしいの。」
そう言って、スマホのラインの〔友だち〕になる。
「お互い、都合のいい日にまた会おうね。それじゃあ、バイバイ!」
わたしは手を降り、明るく振る舞った...と思う。
わたし、生死をさまよってたなんて...
その日の夜は、長く感じた。なかなか寝ることができない。
ひとりで、ベッドの中で、ぐすん、と泣く。
今になって、怖くなった。
プルルル、プルルル。
電話の着信音が鳴った。
電話をかけた主は、経理。
なんだろう...?
「も、もしもし?経理?」
「そう。こんな時間に電話してごめんな。気持ちを整理できた?」
わたしは拳を震わせた。
怖い、怖すぎる。
「ううん。全然。怖いよ。」
この日の夜は、普段よりも、もっと暗く、寒く感じた。わたしの心を表しているような夜。わたしのためにあるような夜。
「だよな。ごめん、話さなかったほうが良かった...?かも?」
「そ、そんなことない!わたしが聞かせてって言ったから。」
電話の向こうで、フッと、苦笑する声が聞こえる。
「でも、怖がってんじゃん。」
「わたし、もう寝る。おやすみ」
「わかった...。おやすみ。」
そこで会話は途切れる。

「うわー!ヤバいな〜!」
わたしは私服に着替え、オススメの本を10冊、カバンにつめる。寝坊した。
それから、もうひとつ困っていることが。
『小春〜!今度、遊ぼ?春休み中にね。いつあいてる?会いたいんだよね、最後に。』
優凛からのメール。
「あははは〜‼︎」
わたしは声に出して笑ってしまった。
中2になる前に、最後に会おうってことだよね?
「え〜、いつあいてるかなあ。翼葉咲ちゃんとは、午前中だけだし、午後ならいつでもあいてるかな。」
わたしはポソリとつぶやくと、
「午後ならいつでもいいよ!」
と、返事をした。
『オケ。ありがとう。じゃあ、3月の4日でいい?』
「いいよー」
3月の4日。
カレンダーにメモした。
わたしは、ふと気がつく。
ん?翼葉咲ちゃんのところ行くのって、急がなくてもいいよね?だって、今日の、1日中のどこかで行けばいいんだから。
「お母さん、おはよう。」
「小春、おはよう。」
わたしは、朝食を食べながら、昨日聞いたことをお母さんに言う。
「わたし、記憶喪失だったんだ...ね?」
「...っ!な、なんでそのことを小春が?」
お母さんはびっくりする。
「か、隠してたの?」
「思い出させたくなかったの。怖い思いを、ね。」
なんで、なんで?教えてくれなかったの?
「いいもん。怖い思いは、もうしたから。それなら、後じゃなくて、先に言ってくれれば良かったのに。」
わたしはふくれた。
「でも、ね...お母さんは、小春のことを思った決断なの。」
半分、イラついている。
「昨日、経理に会ったの。経理は、わたしの彼氏。」
「そうでしょ?」と言うのはやめた。
また怒られるのは、ヤダ。だから、言葉をつなげ、早口で言う。
「全部、聞いたよ、経理に。わたしは、ダブルデートしてたんだね。それから、翼葉咲ちゃん、零途くんと。そのとき、わたしは頭から落ちて...」
「もう、いい加減にしなさい!」
お母さんは、玄関の扉をバンっ!と開ける。
「はやく、はやく行きなさいっ!友達と約束があると言ってなかった?」
「言ってたかもね。じゃあ、行ってきまーす!」
お母さんが、怒ったときに、よく、「友達と遊ぶ約束があるんじゃないの?」と、聞く。
わたしを見ると、さらにイラついてしまうから、はやくこの場を去ってほしいんだ。
うーん。
電車にゆられ、わたしは、経理とラインする。
「いきなりだけど、今日の午後、会いてる?まだいっぱい聞きたいことがあって...」
「オッケ〜!じゃあ、昨日会ったところの駅で待ち合わせね。午後、11時に来て。お昼は、一緒に食べよう。」
わたしは既読スルーした。
だって、着いたんだもん、翼葉咲ちゃんの、病院に。
「翼、葉、咲、ちゃん!」
「お、おはよう、小春ちゃん。今日はいつもに増して元気だね。」
翼葉咲ちゃんは、にっこりと笑いかける。
わたしも笑顔で言う。
「本を持ってきたよ。わたし、張り切って、10冊も持ってきちゃったんだ。でも、読むのは、ゆっくりでいいからね?」
「うん。ありがとう。今さっきね、小春ちゃんが来る前、海からイルカがジャンプしてたの。」
そして、表情を豊かにする。
「わたし、新しい発見は、大好きなんだ。」
「分かる。なんだか、いつもと違うとワクワクするよね。」
わたしも話を合わせる。
だって、事実だからね。
翼葉咲ちゃんは、ずっとベッドにいないといけないから、わたし以上にワクワクして、楽しいと思う。
「小春ちゃん、本、ありがとう。わたし、実は、ずっと楽しみにしてたんだ。」
「持ってきて、良かった!わたし、翼葉咲ちゃんの笑顔が大好きだから。」
翼葉咲ちゃんは、頬をバラ色に染める。
「もう、小春ちゃんったら...1年経っても変わらない、優しい性格なんだね。」
「1年前?もしかして、ううん、やっぱり、わたしとダブルデートした、あの翼葉咲ちゃん?そうだ!絶対にそうだ!」
わたしは、なるほど!と、ひとりでうなずく。
一方、翼葉咲ちゃんは、顔を真っ青にしている。
「つ、翼葉咲ちゃん!どうしたの?具合が悪くなった?」
翼葉咲ちゃんは、首を横にふる。
「言っちゃった...言っちゃった...」
翼葉咲ちゃんは、ブルっと体を震わせた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!い、今のことは忘れて...」
寒い日のように、歯がガチガチとなっている。
「どういうこと?翼葉咲ちゃん、教えてくれる?」
そうわたしが言った直後、扉が開く。
「お母さん...」
翼葉咲ちゃんの、お母さんだった。
「あら、久しぶりね、小春ちゃん。」
「お久しぶりです。お母さんは、仕事が大変なんだと聞いております。今日もお仕事行ってきたのですよね?お疲れ様です。」
「ありがとう。」
にっこり、翼葉咲ちゃんのお母さんは笑う。
「ごめん、それはできない...」
反対に、翼葉咲ちゃんは、小さな声で元気が無さそうにわたしのさっきの質問に答えた。
翼葉咲ちゃんは、言葉を続ける。
「わたし、とっても嬉しいんだよ、嬉しいんだけど、今日は、帰ってもらってもいい?」
また小さな声で言った。
なにか、お母さんに秘密のことがあるのかな...
「...、わかった。また明日。」
わたしは101ごうしつの扉をしめる。
わたしは、少し盗み聞きをしたいと思った。盗み聞きは悪いことだけど、いったい、なぜ、翼葉咲ちゃんが怖がっていたのかを、知りたい。きっと、翼葉咲ちゃんのお母さんと、翼葉咲ちゃんは、わたしがいなくなって、2人だけの話をすると思う。
「翼葉咲、なんでそんなにおびえてるの?」
翼葉咲ちゃんのお母さんの声がする。
「な、なんでもない。」
「なんでもないわけないでしょう!」
翼葉咲ちゃんのお母さんが、怒鳴っている。
うちのお母さんと一緒だ。すぐ怒る。
「わかった。『あのこと』を、言ったんでしょう?」
「そうなの...でも、」
翼葉咲ちゃんの話を遮る。
「言ったことに変わりはないでしょう!」
完全に、翼葉咲ちゃんのお母さんは、激怒モードになってる。
「そう、そう...なんだけど...ごめんなさい。」
翼葉咲ちゃんは、たぶん、泣くのをこらえていると思う。声が消え入りそうだから。
「ごめんなさいで済むと思うの?」
「思わない。けど、」
「口答えしないで!ねぇ、なんでそんなことを言ったの?」
わたしは扉の隙間から、中の様子をうかがった。
翼葉咲ちゃんのお母さんは翼葉咲ちゃんに詰め寄る。
「...あのね、」
「あのね、じゃないよ!お母さんはね、翼葉咲に会いにきたわけじゃないの。翼葉咲なんてどうでもいいこと。そのうち一生が終わる。なんにもお母さんの役に立てずに死ぬなんて...お母さんに感謝の気持ちを持ちなさい。がんは、簡単に治らない。わかる?『あのこと』を言わないか、見に来たの。最近、翼葉咲と、小春ちゃんが、仲良くなっていると思ったから、口をすべらせて言いそうだと思ったの。そうしたら、やっぱり!」
翼葉咲ちゃんは、ポロポロと涙をこぼす。


お母さん...
泣いたら、もっと怒られるよね?お母さんは、わたしががんになったときから激怒していた。心配もしてくれずに...まだ、死ぬかどうかはわからない。お母さんの言う通り、命の終わりが近いのかもしれない...けど、まだ生きれる。もし、がんが治ったら、必ずお母さんの役に立つから...責めないで。
「ううっ。ううっ。」
わたしは涙がこらえきれない。
わたしがいつも楽しみなのは、小春ちゃんが来てくれること。
今日だって、本を持ってきてくれた。
わたしが暇をしないように。
優しいなぁ、優しいなぁ。
バタン
こ、小春ちゃん...?なんで?帰ったはずじゃ...というか、わたしが追い出してしまったんだけど...



「翼葉咲ちゃんのお母さん!そのうち一生が終わるなんてこと、言わないでください!彼女は、翼葉咲ちゃんは、あなた方の娘として、精一杯生きています!それに、翼葉咲ちゃんは、お母さん思いです。前に、『お母さん、いつも仕事して疲れないのかな...わたしにてきることがなくて、大変だよね、絶対。』と言っていました。翼葉咲ちゃんは、優しい、わたしの憧れの方です!」
「ああ、小春ちゃん...どうしてそのことを知ってるの?」
翼葉咲ちゃんのお母さんは、笑顔だけど、少し、イラついた表情が混じっていた...気がした。
わたしは、怯むことなく、事実を伝えた。
「はい、盗み聞きしてました。」
「盗み聞きが、悪いことは知っている?」
顔は笑っているけど、目が笑っていない。
怖っ...!
「はい。悪いということは、わかっています。ですが、翼葉咲ちゃんに対する接し方は、良くはないとわたしは存じます。盗み聞きも、それくらい悪いこともわかっています。」
わたしは、冷静になって答えるふりをした。
でも、本当は、少し怖い。だって、初めて会ったときは、とても良い人だと思っていたから。
どんなに、自分の子どもだとしても、死ぬことを悲しまない親は、わたしが許せない。親子の間に入ることも、悪いことだって知っている。
「そうだよ、盗み聞きは、そのくらい、悪いってこと、わかってもらわないと。」
翼葉咲ちゃんのお母さんは、わたしがその後に言った言葉は聞いてないふりをして、言った。
「そうですよね。すみません。」
でも、そんなことで怒る人なんている?
たった少しで、「もう次からやめましょう。」ってことだけで済むことなんじゃないの?
わたし、ひらきなおってる?
「盗み聞きもそうですが、翼葉咲ちゃんに対する接し方の件についてもおかしいと思います。」
わたしは、強い口調で、はっきりと言った。
「そう。では、鍵をちょうだい。いいね?」
「はい。どうぞ。わたしたちは、どんなに遠く離れてても、繋がっています。」
わたしは、翼葉咲ちゃんに、右手で手を降り、左手をバッグのスマホをにぎった。
「バイバイ〜!」
「うん、またね。」
わたしたちはにこりと笑う。
だって、これがあるんだもん。
スマホのラインには、友だちの、『Tubasa』という文字が表示されている。
初めて会ったとき、耳打ちされたのは、ラインを繋げようとのことだった。
そのとき、ラインの番号をこっそり渡されて、わたしが登録して、『友だち』に、なった。
スマホのホーム画面には、3月3日と、表示されていた。
明日だ、優凛との約束。
プルルル、プルルル。
電話をかけたのは、経理。
『もしもし?今、どこ?』
「えーと。今、駅に向かってて...着いた!経理はどこにいる?」
『おれ、駅。』
すぐに経理を見つけた。
また、同じお店でランチする。
「経理。これ、わたしのなんだよね?」
わたしは、四葉のクローバーのキーホルダーを見せる。
「そうだけど。」
経理は、分厚いステーキを頬張る。
「同じ、四葉のクローバーのキーホルダーを持った友達を知ってるの。そのしたには、ローマ字で、名前が書いてある。その子が、翼葉咲ちゃんって子。その子は、1年前の、翼葉咲ちゃん?」
わたしは、今度は経理と同じ、ステーキにした。
「間違いないな。四葉のクローバーをおし花のように作ったキーホルダー。それに、ローマ字で書いてあるというなら、その子に間違いない。お前、最近、翼葉咲と会ってるの?」
「うん、毎日ね。」
経理は、身を乗り出す。
「おれは、零途と会ってる。よく遊ぶんだ。まあ、塾が一緒ってのもあるけど。前は、翼葉咲にふられたんだって?悲しそうにしてたけど、今でも翼葉咲に対する想いは変わらない、素敵な親友野郎だ。」
「す、すごい...!」
ふられても、想いは変わらないなんて...
零途くんに、翼葉咲ちゃんに会わせてあげたい...!
そう思った直後、翼葉咲ちゃんからのラインがくる。
「翼葉咲から?」
「うん。ちょっとやりとりするから」
翼葉咲ちゃんのメッセージを見ると…
『ごめん。小春ちゃん。しばらく、わたしの病院来ない方がいいかも。お母さんが、小春ちゃんが来たら追い出すって...ごめんね。』
ガーン!そんなぁ。
「オッケー。じゃあ、電話とかしていい?」
『もちろん!』
翼葉咲ちゃんと、零途くんを会わせれないのは残念だけど、零途くんは、どんな人で、どんな顔なのかも知らない。だから、まずは、このわたしが零途くんに会いたい。
「ねぇ、経理!零途くんに会わせて!」
「いい...けど。ちょっとラインしてみるわ。」
経理はスマホをいじくる。
わたしはステーキを頬張ったけど、ほとんど味がしない...気がする。
零途くんと会ったら、なんとなく、人生がいっきに変わる気がする。
返事が、待ち遠しい。
1分1秒が、永遠に感じられている。
「いいって!今から行こう!」
経理が顔をあげる。
「やった〜!」
これでようやく、美味しいステーキの味を楽しめる。
「おごってやるから、いっぱい食えよ。」
「その気持ちはありがたいけど、いっつもそればっかり。食べきれなくなるから大丈夫だってば。」
今回もおかわりはせずに、経理がおごってくれた。
「ねぇ、どこに行くの?」
「時間がねぇ。あいつを待たせることになる。急ぐぞ!」
「わっ!」
わたしは手をひかれ、走り出す。
「着いた。✖️✖️駅で待ち合わせしたんだ。」
わたしは顔が赤くなる。
今も、手を繋いだまま。経理の手は大きくて、あたたかい。
「いた。おーい!」
経理が手をふる。
「お、ラブラブカップルだな。」
風がふくたびになびく、パーマがかった、茶色髪に、大きなパッチリとした、二重のはちみつ色の目。
半袖の黒色の服には、大きく真ん中に白い文字で英語がかかれている。
さらに、ジーンズズボンの短パン。
「カ、カップルっちゃそうだけど...その言い方ないだろ?」
経理とは、とても親しい関係のよう。
からかえる仲だもんね、どっちかが女だったら、2人がラブラブカップルだよ。
わたしは心の中で思った。
「そうか?まぁ、お前は顔も性格もブスだけど、あの子は可愛いな。懐かしいよ。」
零途くんは、わたしを見て言った。
「こ、こんにちは!こ、小春です。零途くんのことは聞いてて...」
零途くんは、わたしの話をさえぎるように言った。
「おれのことは聞いてて...って言われても、おれたち、1年前まで、会ってたんだぜ?記憶がないみたいに、言うなよ。」
経理はわたしを気遣うように、チラリと見てから、零途くんに、
「本当に、記憶がないんだってさ、小春。あのときの、頭をぶつけたときのことが原因らしくて。」
と説明した。
「ま、まさか!大丈夫か?ごめんな、小春。」
「零途くんのせいじゃないから...それに、知らなかったもんね。」
わたしは、うつむく零途くんに向かって明るく言った。
「ごめんな。ああ、こんな悲しい気持ちになったのは、あのとき以来だ。」
零途くんは、人の悲しみを一緒に悲しんで、笑うときは笑うという、素敵な人なんだな。
「あのとき?いつのこと?」
経理は悪気なくたずねる。
おいおい、経理。それって、聞いていい内容なの?
「うん。あのときとは、」
意外にも、零途くんは話し出す。
「翼葉咲に振られたときだよ。でも、ふった翼葉咲も、辛そうに見えた。それは、おれの勘違いかもしれないけど。というか、願望かもしれないけど...」
わたしたち3人の間には、気まずい雰囲気が流れる。
「えっと。経理から聞いたんだけど、零途くん、塾習ってるんだよね?」
わたしが、沈黙を破る。
経理もわたしの言葉に続ける。
「そうそう、こいつ、頭良くてさ。この間の英検、1級受けて、合格したんだ。頭良すぎだろ。」
「ええ〜!ヤバ!あったまいい〜!」
ようやく、零途くんは、にこりとする。
きっと、翼葉咲ちゃんがふった理由は、零途くんの言う通り、合ってるよ。
ふられたときの傷は、心の奥深くにあって、傷は深いんだ。悲しい話だぁ...
がんになってしまったから、ふったって言ってたもん。
零途くんは、翼葉咲ちゃんががんってこと、知ってるのかなぁ?
「零途。小春、翼葉咲と会ってるらしいよ。」
少し、零途くんの顔がやわらぐ。
「おれも、最後の一回でもいいから、会いたいな。小春、会わせてくれる?」
なんて悪いタイミングなんだ...
今日、翼葉咲ちゃんのお母さんと、言い合いになったところなんだよね...
「ごめんね、翼葉咲ちゃんのお母さんと今日、言い合いになっちゃって...」
わたしは自然と声が小さくなる。
「わかるよ。翼葉咲はいいけど、お母さんは、おれもあんまり好きじゃないかな。あの人、気まぐれで、おれも言い合いになったことがあってさ、でも、次の日には優しくなってたんだ。」
零途くんは、わたしを励ましてくれるけど、少し残念そうに言った。
「ごめんね、零途くん。会わせられなくて。でも、翼葉咲ちゃんのお母さん、わたしを許す気はないみたい。」
「いつかは許してくれるよ、きっと。」
零途くんは笑みを浮かべた。
「ライン、交換しよ?ほら、翼葉咲ちゃんに会えるときがきたら...」
「オケ。ありがとう。」
零途くんは、わたしのてをにぎった。
わたしの頭一個ぶんくらいの背の高さから、見下ろされると、ちょっと心臓がドキドキしちゃう。
「ラブラブカップルは、その2人じゃねーかよ。」
経理のつぶやく声がわたしと零途くんは聞いて、肩をビクリと震わせる。
「じゃあ、またね。わ、わたしっ、急いで帰らなくちゃいけなくて...」
「う、うん。お、おれもさ、これから、習い事あって...バイバイ!」
わたしたちは、とっさに会話を交わし、手を降り、別れる。
「ということで、経理、わたしたち、帰るね。経理も帰ったほうがいいよ、わたしにランチとか、付き合ってくれてたから。疲れたよね?ありがとう、今日は、楽しかったよ。またね。」
「う、うん。おれ、送っていく。電車、もう来るぞ?」
経理は顔をそむけた。
耳が赤くなっている。恥ずかしいのかな。でも、こういうところ、可愛いよね。
「そうだね。電車、あと5分で来るみたい。経理、大丈夫だよ。経理は反対でしょ?前会ったとき、反対方向の電車から出てきたよね?だから、本当に大丈夫。ありがとう。」
「おれが送ってくって言ってんだ。遠慮するな。ほら、来た。」
わたしの手をひき、電車に座り込む。
わたしは、うとうとしてきた。
「ふぁ〜。」
小さくあくびをして、経理の肩にもたれかかって、寝てしまった。
「小春。おい、小春!着いたぞ!」
うん?声がする...?
「小春!起きろ!よだれたらしてんじゃねーぞ。」
え?よだれ?そんな恥ずかしいこと...
「どこについてる?ついてないような...気がする。」
「あははは。うそ、うそ。全然起きないからさ、ちょっと恥ずかしくなる、冗談言ってみた。」
わたしはバッグをかかげて、電車のホームに出る。
「ちょっと〜!困る〜!恥ずかしい!わたし、本当だと思ってた!」
ふっ、と笑って、
「だよな。」
と、笑顔になる。
「じゃあ、本当にありがとう。またね。」
「おう!またな。」
電車のドアがしまる。
電車は一瞬にしてわたしの眼中から消えた。
いつの間に寝ちゃったんだろう。
「ただいま。」
「おかえり。」
お母さんは、すっかり機嫌をなおしたようで、キッチンで鼻歌を歌っている。
「どうだった〜?楽しかった〜?」
「まぁね。」
わたしは自分の部屋へと、階段を駆け上がった。
その日は、ご飯も食べずに、次の日をむかえた。
「おはよう、お母さん。今日は優凛と約束があるんだ」
わたしはウキウキして、早起きした。
楽しみな日は、なぜか早起きが苦手なわたしだけど、早起きできる。
「おはよう、小春。昨日は部屋に鍵がかかってて、なにかあったのかと心配だったの。大丈夫だった?」
「うん、心配ありがとう。でも、わたしは大丈夫。昨日は疲れすぎて、寝ちゃったみたい。帰りの電車でも寝ちゃったんだよ。」
お母さんは顔をしかめる。
「電車?いったい、どこに行ったの?怒ってしまったとはいえ、そんなに遠くに行ったの?」
「ふふ。ひ・み・つ。さぁ、時間だ。行ってくるね!」
わたしは、玄関を飛び出す。
わたしの背中の方から、「気をつけて!」と言う声がとんでくる。
わかってるってば。
ピンポーン
「はーい!あ、小春!おはよう!今行く!」
すぐに優凛が出てきた。
「おっはよう。朝から、疲れたぁ。」
「お疲れ様〜!さ、もうすぐ電車が来るよ!いそがなきゃ!」
正直、なにが疲れたのかわからない。
優凛、たまに変なこと言うよね。
「うわぁ〜!すっごい!大きなジェットコースター!」
電車で1時間半。
ようやく、遊園地に着いて、優凛の目はハートになっちゃいそうなくらい輝いている。
「優凛、わたし、ジェットコースター無理だよ。怖いもん。」
優凛はわたしの手をにぎった。
「今日こそ怖いもの克服するとき!がんばれ!」
今はジェットコースターのマシンに乗っていて、もうすぐ出発しますよ、の、アナウンスがながれた。
「怖いってば!怖いものは怖い!」
ああ!心臓がっ、心臓がぁ!どっくんどっくんして、もう、やばい!
ゴトン、と、マシンが動き出す。
もうすぐ、このジェットコースターで1番の高さに着く。
「ぎゃー‼︎」
「きゃー❤︎」
わたしは、悲鳴をあげて、優凛は幸せの雄叫びをあげる。
こんな乗り物の、どこが楽しいの⁇
「ぎゃー‼︎‼︎怖い!」
わたしは、怖すぎて、目をつぶって、終わるのを待っていた。
はやくしてよ!
うわっ!
また、高いところから、ジェットコースターは滑り降りて行く。
優凛ってば、わたしがジェットコースターを1回までにしようって言ったら、この遊園地で1番怖いジェットコースターを選ぶんだもん。怖いなんてレベルじゃない。恐怖を上回っている。
「あーあ。もう終わっちゃったのか。たったの10分だもん。短すぎ!」
優凛は独り言を呟く。
「10分も?だからいつもに増して怖かったんだねぇ。」
「10分なんて、短いよ!次は、小春の番!なに乗りたい?なんでもいいよ。」
そう言ったものの、優凛は、わたしが選んだ乗り物に文句をずっと言っている。
わたしが選んだ乗り物は、ゴンドラがまわり、頂上で告白すると、その2人は幸せになれるといわれている、乗り物。
「ねぇ、ちょっと。怖い乗り物じゃなくていいよとは言ったけど、さすがにこれは...‼︎」
わたしは、小窓から、下を見下ろした。
「いいながめじゃん。それに、さっきのジェットコースター、怖すぎたもん。」
わたしは、ゆっくりとまわる乗り物が大好き。
その名も...
「観覧車なんて!つまんないよ〜!」
「ああ、もうすぐ頂上。」
優凛はふざけて、跪いた。
「小春ちゃん、あなたを愛しています。だから、永遠に一緒にいてください!」
「あははは!喜んで!」
あっという間に、観覧車は終わってしまった。
「何分だった?長かったね。」
優凛は、わたしがもらった、パンフレットをのぞきこむ。
「10分だったって。同じ10分でも、長すぎるよ。ジェットコースター。」
「そんなことない!観覧車のほうが長かったって!」
そのあと、優凛は、アスレチックだとか、わたしがゆずったら、この遊園地で、1番難しい謎解き迷宮だとか、本当にもう、疲れちゃうってば。
「今までの乗り物の名前と、数は...」
謎解き迷宮をなんとかクリアして、わたしたちはベンチに座った。
優凛は、パンフレットを読んでいる。
「1番最初、『恐怖という恐怖を上回る!10分間の、最長時間!』だって。どこが最長時間なんだろ?」
「さぁ?」
わたしは疲れきって、ベンチに横たわった。
優凛、それ、名前じゃなくてアトラクションの解説じゃないの?
心の中で優凛につっこみを入れながら、空を見上げる。
太陽の光が輝き、雲がながれる。
優凛は続きを読む。
「『良いながめ!ゆっくりまわり、素晴らしい景色が、あなたを待っている!』...ふうん。なになに、『のぼって、くだって、ときにはジャンプ!この遊園地1番の、最高アスレチック!』今さっき挑戦したばかりの、『遊園地1番!90%の人が、諦めた、激ムズ謎解き迷宮!』本当に、難しかったよね。1時間半もかかっちゃった。でも、それを解いた、わたしたちは天才!さぁ、次はなにに乗る?」
優凛ははずんだ声を出し、わたしを起き上がらせる。
「優凛、遊園地1番が好きだね。なら、これなんか、どう?」
「うーん。お化け屋敷ねぇ。まっ、いいよ!」
わたしは、お化け屋敷が大好き!ジェットコースターは本当の本当に苦手だけど、お化け屋敷は別!
「えーと。『大人も子供も楽しめる!リアルお化けに、夢にでてきそうな怖〜いお化けが大集合!』」
優凛はブルっと震える。
わたしとは違って、優凛はお化け屋敷が苦手。
「ふう〜、楽しかった〜!」
ジェットコースターとは反対で、わたしが楽しみ、優凛は悲鳴をあげまくっていた。
気がつけば、もうお昼をまわっていた。
「ど〜こが〜い〜いか〜な?」
「このお店、どう?」
「いいね!ここにしよう。」
わたしは、お腹がパンパン。
2人で大盛りのカレーを食べて、優凛はゴホゴホと咳をした。
「あー、お腹いっぱい。ちょっと散歩しよ。遊園地内に、川沿いにそって植えられた、桜の木が生えてるんだって。そこを散歩しよう。」
「いいね。」
桜は今の時期が満開で、桜吹雪のなかを、膨らんだお腹をかかえて、歩いた。
とにかく、美しい。
美しい、綺麗。それだけしか言えない。
それから、午後も遊園地を楽しんで、(メリーゴーランドも乗ったよ!優凛は文句ばっかりだったけど。)夕ご飯も、お風呂も(温泉でね)済ませて帰った。
わたしは、ベッドに横たわって、自分がひどく疲れていることに気がついた。
全部楽しかったけど、シンプルに、桜の木の下を歩くのが、幸せな気持ちになれた。
満開の桜は、わたしの心の色、つまり、幸せを表しているようだった。
「眠っ。」
わたしはその一言だけこぼして、寝た。
『おはよう、小春ちゃん。お母さんの機嫌はおさまったみたいだけど、わたし、悪化しているって、言われちゃったんだ。だから、来てほしいけど、なにも話せない状態だから、こなくていいからね。小春ちゃん、ありがとう。本、面白かったよ。いつか返すね、ごめん。もしかしたら、もう、生きて返せないのかもしれないけど...』
わたしはこのメッセージを、お昼に読んだ。それまで、ずっと寝ていた。
翼葉咲ちゃんからのメッセージは、午前8時に送られている。
翼葉咲ちゃん、大丈夫?ああ、どうすればいいの。今すぐに、駆けつけたい!
あの、翼葉咲ちゃんの笑顔が、もう一度見たい!
もう、会えないなんてヤダ!
神様、お願いします!本当に本当に、お願いします!
翼葉咲ちゃんがいってしまうとは決まってないよね?
落ち着いて、小春。
わたしは自分に言い聞かせた。...けど、胸はザワザワしている。
本当に、願うだけでいいの?本当に、それは正しい?
わたしは、居ても立っても居られなくて、玄関を飛び出した。
翼葉咲ちゃんがいってしまう前に、必ず零途くんと会ってほしい!
いつもの電車が、ずっと長く感じた。
バタン!
鍵はかけてなかったらしい。それに、ごめんなさいと、翼葉咲ちゃんのお母さんからの紙をそえて、鍵が置いてある。
翼葉咲ちゃんのお母さんは、わざと開けてくれていたみたい。
翼葉咲ちゃんは目を丸くした。
「こ、は、る、ちゃん...」
翼葉咲ちゃんは、息をするのも、やっとのことだった。
「翼葉咲ちゃん!翼葉咲ちゃん!」
わたしはベッドに横たわる翼葉咲ちゃんの冷たい手をにぎった。
前に握った、温かい手とは違った。
「ご、め、んね...あ、ありがとう。本、そこ。」
わたしは、翼葉咲ちゃんを抱きしめた。
わたしの大切だった、本なんていらない。だから、お願い、翼葉咲ちゃんのがんをなおして。
わたしは、ベッドの上で泣きじゃくった。
「お、お母さん、反省、してくれた...小春ちゃんの、おかげ...嬉しい...ありがとう...」
わたしは帰ってから、本を燃やした。
代わりに、翼葉咲ちゃんのがんを治してください。そう思って。
あれから、1週間が過ぎた。
あと、2週間で、わたしは、中学2年生。優凛と一緒のクラス、なれるかな?
翼葉咲ちゃんも、あれから連絡ないし...心配だな。
ラインの着信音がした。
今は、まだ起きたばかり。なにか約束したっけ?
『小春ちゃん、おはよう!少し良くなったみたいだけど、まだ、完全じゃないみたい。小春ちゃんのおかげだよ。いつも小春ちゃんに助けてもらってるよね。本当に、ありがとう。これからも、よろしくね♪』
良かった。少しは良くなったみたい。翼葉咲ちゃんは、誤解してるみたいだけど、わたしはなんにもしてないよ?
「おはよう!
良かった!少しは良くなったんだね!まぁ、まだ完全じゃないのは、ちょっと心配だけどね。でも、今は前向きに考えなくちゃね!そうだ!翼葉咲ちゃんが、がんが治ったら、行きたいところはどこ?」
『小春ちゃんが、応援してくれたから、ちょっと良くなったんだよ。がんが治ったら、行きたいところは、いっぱいあるけど、1番行きたいのは、あそこだな。小春ちゃん、今から来てくれる?』
うわぁ!とっても気になる!
「行く!今すぐに!」
わたしは私服に着替えて、いそいで靴を履き、朝ご飯を食べないで電車に乗った。
話の続きが気になる...!
はやく、はやく!
タダダダダッ
電車を飛び降りて、病院へとダッシュで向かう。
「つ、翼葉咲ちゃん!」
前に会ったときよりも、顔色が良い。
「良かった。本当に、良かった!」
「小春ちゃん。久しぶり。ありがとう、全部小春ちゃんのおかげ。」
「わたし、何にもしてないよ。」
わたしはそう言いながら、笑顔で答える。
「あのさぁ?がんが治ったら行きたい場所って?」
「あのね、わたし、色々なところ行きたいんだけど、ある場所にある、遊園地に、川沿いに桜の木が生えてるの。そこを、彼氏と歩いてたの。で、そのとき倒れて、がんってことが発覚したらしいんだけど。意識を失う前に、最後に見た景色がそこらしいの。だから、もう一度、見てみたいなぁって。でも、できれば、彼氏にあやまって、もう一度、2人で見てみたい。」
言う?わたし、零途くんに会ったよ?言おうかな?
わたしは、無言でバッグから、翼葉咲ちゃんとおそろいのキーホルダーを出した。
「!!ま、まさか!な、なんでそれを…?」
「お母さんから、わたしが記憶喪失になって、今までのこと、言わないでって言われてたんだよね?でも、本人が聴かせて欲しいって言ってるんだから、聴かせて。もし、怒られちゃったら、わたしのせいだって言うから。全部、経理に聴いたんだ。この間、偶然合ってさ。記憶喪失のことも、わかったの。」
続きを、言う?
零途くんに会ったよって、言う?
言え、言え!
「・・・。」
はやく、言って!
「つ、翼葉咲ちゃん。零途くんの想いは、まだある?」
「零途...って!なんで知ってるの?あ、そうか。経理くんに聴いたのか。…うん、まだ、零途への想いは変わらないよ、零途のことが好き。」
わたし、会ったよ、零途くんに。
「あのね、わたし、零途くんに会ったんだけどね…、零途くん、翼葉咲ちゃんに会いたがってた。だから、連れてきてもいい?」
「お願い、会いたい。連れてきて、ぜひ。」
「じゃあね、また明日。」
わたしは病院を出た。
どんな反応をするんだろう、2人とも?
「こんにちは。」
ラインをうつ手が震える。
「知ってるかもしれないけど…翼葉咲ちゃんはがんなの。だから、病院に来てほしいって。明日、✖️✖️駅に来てくれる?それから、病院に案内するから。」
『翼葉咲が、がん⁉︎知らなかった‼︎オッケー、朝、8時に集合で!』
次の日の、約束の時間、午前、8時。
「おはよう、零途くん!」
「おはよう、小春。さあ、病院に案内してくれ。」
零途くんはソワソワしている。
「うん、こっちの駅に乗るの。ついてきて。」
零途くんは言われた通りにした。
そして、病院に着く。
「ねぇ、零途くん。何年ぶりの再会なの?」
「約1年かな。たった1年でも、とても長く感じたし、もう会えないのかなって思ったときも少なくはなかった。」
冷たいドアノブに、零途くんとわたしは、手を乗せる。
ガチャ
「小春ちゃんに、零途…!」
「つ、つ、翼葉咲!」
零途くんの大きな手は、翼葉咲ちゃんの頭をなでる。
「零途ぉ〜!会いたかったよぉ!ごめんね、わたし、本当は、ずっと、あなたのことが好きでした〜!」
翼葉咲ちゃんは涙を流す。
「ごめん、がんって、この間知ったよ。もっとはやく気がついてあげればよかった。」
零途くんは、目を涙をためている。
「わたしのこと、許してくれる?わたし、もう一度、桜吹雪が舞い散る、あそこに行きたい。」
「もちろん、許すよ。でも、この2人のおかげだよな、本当に。おれたちが会えたのも。」
窓から吹く風は、どこか懐かしい香りがした。
「経理!いつの間に?」
「ごめん、小春。経理も呼んだんだ。」
零途くんは答える。
「おれが来ないほうが良かった?」
経理は冗談で言った。
「そうかもね。」
「おいおい、ひどいな。」
「自分で言ったことだよね〜?」
4人そろった病室では、笑い声がひびいた。
帰ってから、衝撃の事実が発覚した。
優凛が、引っ越して、転校してしまうというのだ。
だから、優凛は、最後に遊ぼうって言ったんだ。
バイバイも言うのもつらくて、優凛とハグをして、手を振って見送った。
今までの優凛の家は、妙に暖かく、新しい家が建とうとしていた。
「いつか、会えるよね。」
わたしが言うと、
「いつかね!」
といって、ハイタッチした。
それから、あっという間に、約1ヶ月が過ぎて、度々、わたしたち4人は病室で待ち合わせて、おしゃべりした。
そして、今日、こんなにも嬉しいラインが届くなんて、思いもしなかった。
すぐに、わたしは家を出て、病院の前で待っていた。
「小春ちゃん〜!」
翼葉咲ちゃんは、こちらに走ってくる。
そう、翼葉咲ちゃんは、がんが治ったの!
で、今日は、翼葉咲ちゃんが行きたい遊園地に行くの!
「翼葉咲ちゃん!」
わたしと翼葉咲ちゃんはハグをした。
「楽しみだねっ、小春ちゃん。ああ、遊園地でなに乗ろう?小春ちゃんは、なにが好き?」
「ええ〜、なんだろうなぁ。」
わたしが考えている間に、男子組が到着。
「遅い〜!」
翼葉咲ちゃんが文句を言う。
「おれたちは、ずっと治るを楽しみにしてたんだぞ。で、遊ぶっていうのもな。」
零途くんは、はちみつ色の目を輝かせて頭の上に、手を乗せた。
「ちょ、ちょっと…!」
翼葉咲ちゃんは顔を赤らめる。
「相変わらず、そんな様子を見てる小春も可愛いな。」
経理はニヤリとした。
「もう〜!」
「あははは、可愛い、可愛い。」
「あのさ、みんな、忘れてるみたいだけど…」
零途くんが口を開く。
「電車がもうすぐ来るよ…、走ろう!」
そう言うと、零途くんは走り出す。
あまりのスピードに、見つめてしまう。
イケメンで、運動神経も良くて、優しくて、もう、悪いところないじゃん!
でも、零途くんには悪いけど、経理には勝てないけどね。
「おれたちも、走ろう!」
経理はわたしの手をひいて、走り出す。
さらに、わたしはもう片方の手を、翼葉咲ちゃんの手を握った。
「ふう、ふう。」
わたしと翼葉咲ちゃんは息を切らす。
「ああ、疲れた。もう、1年も運動しないと体力なくなるね。」
翼葉咲ちゃんは額の汗をふく。
「しょうがないよ、そのうち、また慣れると思う。」
「そうだね、ありがとう。」
わたしたち2人(わたしと経理)は電車に揺られ、ウトウトする。
遊園地は、翼葉咲ちゃんと零途くんが案内してくれるらしい。
わたしは、優凛と最後に行った、思い出の場所なんじゃないかなって思ってるんだ。
着いたら、やっぱり!
あの、怖ーい、怖ーいジェットコースターを乗った、あの遊園地だったんだ。
「まず、桜を見る前に、アトラクションを楽しもう。」
零途くんが言う。
「あのね…ほら、あそこにある、この遊園地、最大のジェットコースターに乗ってほしいなあ。」
え?翼葉咲ちゃん、ジェットコースターに乗る気なの?
「それで、零途と小春ちゃんが乗ってほしいな。」
「な、なんで?経理と翼葉咲ちゃんは?乗らないの?」
「うん、お願い、2人とも。」
わたしと零途くんは、目線をチラチラと合わせる。だけど、なぜか、零途くんはわざとらしい。
お互い、どうする?って、目で訴えた。
「まぁ、いいけど...」
とうとう、零途くんがOKをだしてしまった。
ヤダって、言えばよかった…
「2人は?なにするの?ジェットコースター、10分もあるんだよ?」
わたしがたずねると、2人は、怖いくらいに笑顔で、「大丈夫。」と言う。
なにか、たくらんでる…?
「おれ、トイレ行ってくる。小春、ジェットコースターのところ、向かっててくれる?」
「わかった…。」
うう、また、最悪の10分間が始まってしまう…
わたしは重い足取りでジェットコースターへ向かった。
「おい、そこの、中学生。」
わたしは、背後から声をかけられて、振り向く。
振り向いた先には、ガラの悪い高校生らしき男の人が3人。
「可愛いね、一緒にアトラクション乗ろうよ。」
「え、遠慮しておきます…」
これって、ヤバいんじゃない?
「可愛いってさ、褒めてあげてるんだよ、それで『遠慮しておきます』はないだろ。なぁ?」
後ろの2人に声をかける。
2人とも、うんうんとうなずく。
「じゃあ、連絡先教えて。」
その男の人は、スマホをトントンと人差し指で触る。
「なぁ、いいだろ?はやく、教えろ。」
次第に口調は強まっていく。
「わ、わたしっ、大丈夫、大丈夫ですっ。」
わたしは顔をそむけた。
「教えろ!なあ!名前は?それとも、おとなしくアトラクションにおれたちと乗る?」
ついに、大ピンチ。
どうすればいいの?
バンっ
ドカッ
男の人たちが倒れる。
「うっ。」
男の人たちはうめき声をあげて、苦しそうに心臓をおさえる。
と、思うと、男の人たちは去っていく。
「ごめん、大丈夫だった?」
零途くんは、拳をにぎる。
きっと、男の人たちを、パンチで倒したんだ。 
「ごめんな、怖い思いさせて。」
「ううん、大丈夫。それに、零途くんのせいじゃないから。」
「さぁ、ジェットコースターに乗ろう。」
うっ、ジェットコースター。
やだなぁ。
「零途くん...」
わたしは普段は緊張して握れない、零途くんの手を震えながら握った。
「小春...⁉︎もしかして、ジェットコースター...」
零途くんは言いかけたところで、ガタンとマシンが動き出した。
零途くんは、「大丈夫だよ」と今にも言いそうな笑顔で、わたしの手を握り返してくれた。
「ぐっ。」
わたしは、叫びそうな声を、必死にこらえた。
だって、零途くんにこんな恥ずかしい声、聴かれたくないもん。
「うおっ!ぎゃー‼︎」
零途くんは叫ぶ。
零途くんの意外な一面。
わたしも、我慢しないで、叫んだ。
「ぎゃー‼︎‼︎‼︎」
零途くんと、笑い合う。
そのときだけ、そのときだけだよ?ちょっと、怖くなかった気がする。
「ふっ、ふぁあ。」
わたしは、ジェットコースターが終わった安心感と、今までの怖かったから、変な声を出しててしまった。
「あははは、怖かったな。」
零途くんは冷静。
もう、なんでそんなに冷静でいられるの⁉︎
「次〜、観覧車とかどう?」
経理、翼葉咲ちゃんと合流して、気遣うように、零途くんが言う。
前に、優凛と来たときと、乗る順番が一緒だ。
「いいね、でも、2人乗りみたい。だれとだれにする?」
翼葉咲ちゃんは、その後、
「零途と小春ちゃんはどうかな?」
と、提案する。
「よし、これで決まり!」
経理も、ガッツポーズをする。
なんでわたしたちだけにするの?なにか、たくらんでるよね、絶対。
零途くんは、「ちょっと待って。」と言うと、走り出す。
1分くらいで帰ってくると、観覧車に乗り込む。わたしと零途くんが先に乗って、2台目に乗る。
零途くんは、さっき、スポーツドリンクを買ってきてくれたらしく、わたしに差し出してくれた。
「小春がジェットコースター苦手だってこと、知らなかった。ごめんな。」
「平気だよ、気にしないで。」
本当は平気じゃなかったけどね。
でも、今は本当に平気。
観覧車から降りて、桜の木のところに行こうと、経理が言った。
それにみんなは賛成して、今は桜の川沿いにいる。
「うわぁ。これが、何度も夢見た瞬間だぁ〜!素敵!」
翼葉咲ちゃんは、ウィンクする。
すると、3人は、大きな紙袋をわたしに差し出す。
「えっ?なに?どういうこと?」
わたしは動揺した。
「あのね、わたし、今までずっと小春ちゃんにお世話になってた。わたしは、小春ちゃんに感謝してたの。がんが無事に治って、そのことを経理くんに言ったの。そうしたら、経理くんが3人で集まろうって提案してくれてさ。小春ちゃんが帰った午後に3人で集まったんだ。小春ちゃんのことなら、彼氏の経理くんが詳しいんじゃないかって思ったから、最初に経理くんに相談したんだ。でね、遊園地で、小春ちゃんにプレゼントすることになって。だから、わたしたちは、近くのショッピングモールでプレゼントを買うから、ジェットコースターに乗らなかったんだ…零途が順調かって小春ちゃんにトイレと言って聴きに来たの。これで、すべてがわかったでしょ?」
「うん、ありがとう!」
わたしは紙袋を受け取った。
「まさか、ジェットコースターが苦手だったなんて、知らなかったけど。」
経理が苦笑する。
「ありがとう、本当にありがとう!」
わたしたちのまわりを、桜吹雪がちらちらと舞い散る。
このとき、少し春がおとずれたときだった。冬の余韻がまだ少しはあるけれども、小さな、春がおとずれたときだった。