第1章

「みんな!本当に本当にありがとう!」
私がそういうと観客席から大きな声が聞こえる。
「私は今日が終わりだと思ってません!いや、本当にそう言うと今日で私の出番は終わりです。だけど!」
私はみんなの顔を見つめて言う。
「私はもう1度、ここに立って歌います。これだけは。これだけは約束させてください」
みんなが笑う。
でも、泣いてる人もいた。
「今の形じゃなくても、私は舞台で歌う!その時はみんなも一緒に歌ってほしいな!」
私はふと、涙が出て来るのを感じた。
必死に堪えて息を吸う。
「今まで、応援してくれた方、お手紙を書いてくれた方。あ、住所載せてくれたらお返事返すよ」
そう言うと、大きな声でいっぱいになる。
「でもちょっと遅くなるかもしれない!ってそんな話をしてるんじゃなくて!今ここにいる子も、配信で見てる子も。私はこんなにいっぱいの人に愛してもらって世界一の幸せ者です!」
私はランウェイのように舞台を歩く。
すると、私はあるものを見つける。
男子2人組がそこに居た。
1人はペンライトを振っているが1人は無表情。
なんでここにいるんだ。
隣の人気づいてないのか。
まあそんなことはいい。
私はマイクを口元から外して、大きく息を吸って言う。
「大好きだよ〜っ!」
私は一回礼をして走って舞台裏へ。


後日、ネットニュースでは、
『大人気ユニット・Kiss metのコハク、卒業ワンマンライブ大成功』
と言う見出しでいっぱいになった。

なんて言う私もまだ高校生。
って言うか、つい先日高校に入学したばかりだ。
幼さを出さないように頑張ってきたつもりだ。
けどまあ、あれはあれで良かったと思おう。
本名は文月琥珀。
今年の春、青藍学園に入学した。
青藍学園は、芸能科と普通科がある。
芸能科には多くのアイドルが集まり、一緒に学校生活を送る。
私もそこに入る予定だったんだけど、辞めてしまったから急遽普通科へ。
普通科は普通に倍率が高いため、周りの子は頭がいい。
って言うか、元々偏差値も高いため頭がいい子しかいない。
正直、ついていける気がしない。
まあ、青藍学園が唯一理解してくれる学校だし。
そこにしか居場所はないからなぁ。
頑張って行くか…。

そして普通の平日。
私は舞台ではメイクをしてたといえど、もちろんそのままで行くわけにはいかない。
外から見ると目元が少しぼやけるメガネに髪は伸ばして顔は見えないように。
そっと後ろから教室に入る。
もうみんな友達ができてる。
自分から話しかけに行くの怖いけど…、どうしよう。
私は机をじっと見て考え込む。
この先の学校生活安泰のためには…、
「あのっ!」
前に人かげが現れた。
「話しかけても、いいですかっ!」
「…いや、もう話しかけてると…」
「あっ、ほんとだ」
前には黒いメガネをかけた茶色いボブの女の子がいた。
「その、友達が欲しいなと思って話しかけた…んだよ!」
何この子、可愛い。
「あ、文月です」
「あっ、中野咲希です。…下の名前は…」
どうしよう、ちょっと躊躇っちゃう。
もういいや、言っちゃえ!
「琥珀」
「琥珀ちゃん!可愛い〜!」
目をキラキラさせて言う女の子。
「あの、もう呼んでるけど琥珀ちゃんでいいですかっ」
「じゃあ私も咲希ちゃんで」
「ありがとうございますっ」
うん、なんでこんなに可愛い。
天然でこの可愛さはずるいよ。
「あのね、突然なんだけど、琥珀ちゃんハマってるものってある?」
「ハマってるもの?」
「アニメとか、スポーツとか、いわゆる推しとか!」
あー、考えたことないかも。
「今はないかなぁ」
「えー、じゃあ琥珀ちゃんって何が好きなの?」
そう言われると…、歌うの、かな。
でもそんなこと言ったらバレちゃうしな。
「本読むのが好きだよ」
「へぇ!私も本が好きですって言いたいけど文字読むのあんま好きじゃないからなぁ」
「咲希ちゃんは逆に何が好きなの?」
「…聞いちゃいます?」
あ、これは…、
少し勘づいたかもしれない。
「Altairってアイドルグループ知ってる?」
「うん、名前は」
「Altairの楽くんが好きなんだ!」
Altair、とは私と同世代の2人組男性アイドルグループだ。
青色担当・朝吹波音と黄色担当・鳴海楽。
この2人がどうも顔が良く、少女たちのハートをどんどん掴んでいったらしい。
Kiss metと並んでたんだけど、解散したからAltairがダントツで人気ってわけ。
…ちょっと悔しい気持ちもある。
「黄色と青がいるんだけど、2人とも歌が上手くて面白くてとにかくイケメン!」
「いや結局顔かい!」
「それはそうでしょ〜。世の中結局顔だよ?あと愛嬌か」
「急に現実突きつけてくるね」
「ふふっ、琥珀ちゃん面白いね!」
面白いのは咲希ちゃんでしょうが。
「っと、もうSHR始まっちゃう。戻るね!」
そして咲希ちゃんは席に戻った。

昼休み。
「琥珀ちゃーん!今日お弁当?」
「うん、そうだよ」
「一緒に同行してもよろしい?」
「どうぞどうぞ」
椅子を持ってきて私の机にお弁当を置く。
「そういえばさ、朝、Altairの話したじゃん?」
「うん」
私はおにぎりを頬張りながら咲希ちゃんの話を聞く。
「この学校に芸能科があるの知ってるでしょ?」
「うん」
「Altair、芸能科の2年生にいるよ」
「…ん!?」
私はお弁当箱の中におにぎりを落としてしまう。
「うわぁっ、大丈夫?」
私のおにぎりを心配してくれるAltair。
「え、Altairってこの学校にいるの?」
「うん!だから私はこの学校に入学したんだよ」
…いやマジかマジかマジか。
そんなの、バレるに決まってるじゃないか。
何回共演したと思ってるんだ。
そして朝吹波音は勘が鋭い。
うん、終わったよ。
もう一生関わらない。
「他にも、ドーナツパフェとか、」
「ん?」
「プリンスズとか!」
「んん!?」
同年代のグループばっかり。
「す、すごいね」
「でしょ〜、もうみんな幸福ものだよ〜!」
「でもそんなアイドルなんて入学して見てないよ?入学式とかもいなかったくない?」
「分かってないなぁ〜、芸能科の人たちには別の校舎があるんだよ」
…え?
別の校舎!?
「あの入学式の会場は、普通科の生徒の講堂。芸能科の人たちには別のもっと豪華な講堂があるの」
どれだけお金持ちなんだ、青藍学園…
「芸能科の生徒も普通科の生徒もお互いの校舎に行くのは禁止だし、交流も禁止」
「え、じゃなんで咲希ちゃんはこの学校に来たの?」

「決まってるじゃん!推しと同じ空気を吸うため!」 

その言葉でクラスがシーンとした。
「あ、すみません〜」
こう言うの、咲希ちゃんは気にしないんだ。
すごいな。
私だったらもう黒歴史決定なのに。
「別に私は楽くんに会おうと思って来てるわけじゃない。あ、まあお目にかけることはできるよ?」
「え?」
「8月の夏休みの登校日にね、夏フェスってのがあるんだけど」
夏フェス?
「テレビとかにも配信されるんだけど。青藍学園の芸能科の生徒が一夜盛り上げるの」
「へぇ」
「それに、普通科の生徒は前の席で見れるってわけ!」
つまりライブの特等席を特別にもらえるってことか。
「すごいねぇ」
「もう体感するがいいよ!Altairのライブを!」
Altairのことになるといきいきする咲希ちゃん。
私もそういうものが欲しいな。
「楽しみだなぁ」
校長先生、入学の説明会そんなこと言ってなかった気がするんだけど…
「どうやって仕入れたの?その情報」
「私がテレビで夏フェスの中継を見たんだよ。楽くんが映ってて、そこから青藍学園を目指すようになったんだ」
恐るべし、推しの威力…
Altairって思ってた何十倍もすごいのかもしれない。

放課後。
咲希ちゃんは先に帰った。
今日は塾が早い時間からあるそうで。
やっぱりみんな塾とかに行ってるんだろうな。
私は学校で賄って行くしかない。
校長先生に呼び出されて普通科のことをちょっと話してもらった。
「あ、教室にスマホ忘れた」
私はそう思って教室に帰る。
もうみんな誰もいない…、と思った。
「波音〜、流石に怒られるって!」
「忙しくて来る暇ねーよ」
「そんなことないって!」
声がしてそっと覗いてみる。
そこには顔の整った男子生徒2人が。
教室を間違えたのかと思って2、3回教室の表札をみる。
いや、普通科の私のクラスなんですけど…
「あれなんか人いるね」
しまった。
同様でバレてしまった。
「っ、あー、すみません。スマホだけ撮らせてもらってもいいですか?」
私は顔を見ないようにそっと教室に入っていく。
そう、Altairの2人に。
ネクタイの色が普通科とは違うけど同じ制服を着てることに違和感を覚える。
「何も言わないんで安心してください」
私は机に入ったスマホを取って去ろうとする。
「待って」
私は腕を掴まれた。
「な、なんですかっ!」
私は流石に焦った。
だから勘が鋭いんだって!
「楽」
「はいはい、察するよ。別に怖くないからね、波音は。大丈夫だよ」
鳴海楽がそう言い残し、去ろうとする。
『鳴海楽くん。すぐに校長室に来てください』
同時に放送が鳴る。
「うわっ、なんかタイミングよ!?んじゃ、行ってくるね」
そう言って去っていった。
「ご用件は?」
俯いてそう言った朝吹波音。
「別に何をしようとも考えてない」
なんだ。
何をするのかと思ったじゃん。

「お前が普通の生徒、だったら」

私は腕を引かれ、掃除道具入れに押し付けられる。
っ、ヤバい。
やっぱり勘が鋭い。
「失礼」
私はメガネをスパッと取られ、長い髪を耳にかけられる。
そして顎をグイッと上に上げられる。
「コハク」
そういった朝吹波音と目が合う。
以上に綺麗な顔をしている。
でも、いつもの笑顔ではない。
私を咎めるような、威圧的な目をしていた。
「…はぁ」
私はびっくりしながらも朝吹波音の顔を見てため息をつく。
「あ?」
「関わらないって思って思った4時間後にこれですか」
「はぁ?」
なんでこんなに怒ってるんだ。
「まあコハクですよ。文月琥珀です」
「何言ってんだよ」
「もうあなたみたいな表の人間じゃないんですよ。一般人に戻ったんです。なんで、干渉しないでいただけると嬉しいんですが」
私は朝吹波音が持っているメガネを取ろうとする。
するとそれをヒョイっと避けられた。
「返していただけます?」
「ふざけるんじゃない」
掃除道具入れがガンっと大きな音が鳴る。
「あのな。このメガネとその長い髪で隠れると思ってるんじゃなかろうな?」
「思ってますが」
「お前がどんだけ世間の人に知り渡ってるか分かってるか?」
朝吹波音は怒っていた。
私の防備力の問題だろう。
「この程度じゃお前の個人情報は全部流出、」
「だからここの学校に急遽普通科として入学したの!いいじゃん、別に!あんたに関係なくない!?」
私はカッとなってしまった。
「私の前職がバレようと、この学校なら問題ないの!あんたも心配する必要なんかな、…っ!?」
急に朝吹波音の顔が近づいてきた。
今まで良く動いていた口が塞がる。
一瞬触れ合うと朝吹波音はハッとした。
私は驚きで体が動かない。
「…マジで俺何やってんだろ…」
その声はさっきまでの人とは別人だ。
「もう普通に俺のことゴミだと思ってくれていいから。…ごめん、本当に」
そう言ってメガネを置いて去っていった朝吹波音。
今のは、なんだったんだ。
理解ができずしゃがみ込んでしまう。
朝吹波音は恋愛ドラマのオファーを取っていない。
どの監督にも注目されているが出ているのは見たことがない。
朝吹波音に恋人がいない限り、さっきのは…
…いや裏で遊んでる可能性もある。
って言うか、アイドルをゴミと思うなんて、何人の人に怒られるか…
私はスマホを取ってさっさと家に帰った。

【side波音】

「なぁ、楽…」
「何?」
俺は芸能科のクラスの席に座って隣の楽に話しかける。
けど楽は俺の方を向くわけでもなく、ただひたすらに課題を解いている。
「…なんでもない」
「あのさあ!それ何回目!?軽く10回ぐらいしてるよね!?そのやりとり」
楽が俺の方を向いてカッと鳴る。
「聞いて欲しいけど聞いて欲しくないんだもん」
俺は机に突っ伏す。
なんでこんなに悩んでんのか。
「なんだそれ」
ため息をつく。
そういえば、アイツも楽みたいにため息ついてたな。
俺相当変なことしてるんじゃん。
「別に波音が話したくないんだったらそれでいい。話したいんだったら話しな」
「…あのさ」
「うん」
「衝動的になることって楽にある?」
「…え、何。衝動買いとかそう言うの?大きい買い物でもしてお金に困ってんの?」
楽が呆れたように俺をみる。
なんだその目。
「違う違う。急に…」
「急に?」
「何にも考えずキスすることってある?」
「…ゴホッ、ん…、っは!?今何つった!?」
珍しく楽が焦っている。
いつものんびりしてるのに。
「おま、マッ、昨日の子!?」
「あのな、声がでかいわ」
「ああ、ごめん」
クラスの奴ら…、そこそこ有名な奴、見たこともない奴もいるクラスでこんな話したら終わるだろ。
いろんな意味で。
「だって普通科の子でしょ?結構派手な感じじゃなかったし」
「普通科の奴。でもアイツは普通じゃない」
「は〜?そこは教えてくれないんだ。いいよ別に」
「拗ねたふりしても今回は口割らないから」
「なんだよ」
楽が少し黙り込んでしまう。
「それは衝動だったってわけ?」
「なんでかは分からない。…いや分からないわけじゃないのかもしれないけどそこまで考えたくない」
「一応言っておくけど、僕ら一応トップだからね?やめろよ、そう言うの」
「…まだ決まったわけじゃない。それに、普通じゃないんだからアイツ」
「その普通じゃないってのが分からないんだよっ!さっさと言えよ〜っ」
『トップアイドル』。
楽のその言葉にハッとする。
そうか。
俺は俺の些細な私的な問題で悩んでる場合じゃない。
「でも絶対漏らすなよ」
「それは俺のセリフだろーが」

【side琥珀】

家に帰って考えた。
学校に来て考えた。
授業中に考えた。
…うーん。
あれは単なる夢か妄想じゃないのか。
現実味なさすぎてもうごちゃごちゃになる。
「おはよう!琥珀ちゃん」
「あ、咲希ちゃん。おはよ」
「なんか、元気ない?」
元気が…ない!?
そんなことないけど…
「悩み事?」
「うーん、まあそう言うところかな。って言っても重いのじゃないから大丈夫だよ」
「なんかあったら遠慮なく言ってね!」
「ありがと」
ここから数日過ごしたけど、咲希ちゃんは気が利く。
些細なことにも気がつくし、周りを良く見えてる。
『優しい人』の模範人間だ。
「琥珀ちゃーん!聞いて聞いて!」
朝、登校するなり咲希ちゃんが話しかけてきてくれた。
「琥珀ちゃんに言っても、だから何ってことなんだけど言わせて!」
「う、うん」
「Altairの波音くん…、青色の人が、アオイコレクションに出るらしい!」
「えっ!?」
アオイコレクション、とはある芸能人が作った、1番大きな衣装展覧会だ。
大人気モデルやアイドル、俳優がモデルとして出る。
私はあともうちょっとのところだったんだけど。
アオイコレクションに出る、とはこれからテレビで引っ張りだこ、雑誌にも載ると言うことだ。
正直悔しい。
アイツが…!
「琥珀ちゃん?」
「んっ?」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「もしかして波音くんの沼に…」
「ははっ、そこまでじゃないかも」
私もアオイコレクションに出たい。
けど…、決心した以上、中途半端にはできない。
いいじゃない、この生活も。
普通の学校生活を望んだんだから変に嫉妬してちゃいられない。
あの人たちは私の世界とは違う人。
すると、放送スピーカーから声が聞こえた。
『1年Aクラス、文月琥珀さん。至急校長室に来てください』
校長先生の声だ。
「あ、琥珀ちゃん呼ばれてる。言っておいで」
「うん」
もしかして…、Altairが普通科に来たのがバレた、とか!?
一緒に怒られるのかな。
なんて思いながら早足で校長室へ向かった。
「失礼します」
私が校長室に入って1番に見えたのは…
…はぁ。
だろうと思った。
Altairがいる。
Altairと校長先生と1人の女性がいた。
先生じゃ…、なさそう。
「文月さん、ごめんね。急に呼び出してしまって」
「いえ…」
「で、これも本当に急なことなんだけど聞いてほしい」
そこに座って、とソファに座らせてもらう。
近くに朝吹波音がいるのが気に入らない。
「そこにいるのがAltairの2人。そしてこちらがAltairのマネージャーさん」
「田中早由(さより)です」
そうお辞儀してくれたの田中さんは整った顔をしていた。
凛音や結衣菜に負けないくらい。
「文月です」
私も軽く会釈をする。
「田中さんがこれから産休を取られるそうでね」
あ、なんか嫌な予感がする。
「事務所の方も最近人手不足で、すぐにマネージャーさんが見つかるわけでもないんだ」
「はぁ…」
「そこで適役が文月さんってわけ」
「ちょっ、普通科の生徒ですよ!?」
鳴海楽が焦る。
そりゃそうだ。
普通科と芸能科の生徒の交流は禁じられているんだから。
「そんな普通の、ってあれ?もしかして前の…」
あ、今気づいたんだ。
「あれ、3人は交流があるのかい?でも、交流する場なんて…」
「あ、すみません人違いです」
「そうかい。と言うか鳴海くん、気づかない?」
「…え?」
「これは自分で言ったほうがいい。すまないがマネージャーの件は決定事項なんだ」
なんで勝手に決まってるの!
そう思ったが校長に楯突くようなことしたらこの先の生活が脅かされる。
「今は何も付けてないのでだいぶ顔が薄いですが…、」
私は仕方なくメガネを取った。

「元Kiss metのコハクです」

「…は?ん、え?」
鳴海楽、田中さんはひどく驚いていた。
「おっと、これから来客が…、Altairの2人ももうすぐ撮影があると思うけど」
「あ、そうだった」
「話は放課後にでもするといい」
2人は支度をして出て行く。
朝吹波音は最後に私の方を見てきた。
「文月さんも授業に行ってらっしゃい。…それと本当にすまない」
「いえ…、」
「文月さんがもしコハクと言うことが分かってもAltairのマネージャーという役割を持っていれば少しでもダメージは少ないんじゃないかと思ってね」
…確かに一理あるかもしれない。
普通科の、普通の生徒の中に紛れ込んでいたらもうそこに居場所はない。
マネージャーになれば芸能科に居場所ができる。
そんなことまで考えてくれてたのか。
「ありがとうございます」
「期間限定のものだから安心して取り組んでほしい。仕事内容は田中さんから聞いてね」
「あ、じゃあ放課後話し合った後でも。隣の相談室で」
「ありがとうございます」
私は教室に戻った。
でもなぜか、最後、私を見つめてきた朝吹波音の表情が頭から離れなかった。

教室に帰るともう1時間目が始まっていた。
まあ呼び出されたのSHRの直前だったもんな。
1時間目が終わるなり咲希ちゃんがこっちに来た。
「次理科だから移動しなきゃ」
「あ、そうだった」
咲希ちゃんは呼び出されたことを聞かない。
これだからこの子の隣は居心地がいいんだ。
「って言うか!私課題途中までしか終わってないんだった!え、今日提出だよね?」
「そうだと思うけど…、早く行こ!」
そして咲希ちゃんはギリギリ提出できたらしい。

そして放課後。
田中さんに言われた通り相談室に来てみた。
校長室と職員室と…、その他諸々の教室は普通科と芸能科の校舎の真ん中にある。
よく考えて作られたものだ。
「失礼しまー…す」
先にAltairがいた。
なんでだよっ、と思ったけど。
そうか、最初に4人で話すのか。
「あっ、来た!」
前に座ってるAltairに対して最も遠いであろう席の少し前に座る。
我ながら場所取りは完璧。
と思った。
「よいしょっと。なんでそんな遠くに座るんだよ〜」
鳴海楽がなぜか私の前の席に移動してくるという悲劇。
思わず泣きそうになる。
なんでそんなに近くに来る!
「楽ー、困ってるんじゃないの?」
「ああ、ごめん。じゃあ一個隣に座ろうか」
なんか気を遣ってくれたらしい。
「で、本当の本当に、コハクちゃん?」
「あ、はい」
そう言うと鳴海楽の目が輝いた。
「嬉しい」
…なんでだよ。
朝吹波音はと言うとスマホを見ている。
なんか話さないといけないんじゃなかったっけな?
「なるほどね。『普通科の子でも普通じゃない』ってこう言うこと。さすが、勘が鋭いよ。波音は」
「分かるもんだろ」
「いーや?結構オーラとかも消してあるような感じだしね」
「オーラって消せるものなんですか?」
「無理だろ」
私の質問をバッサリと切り捨てる朝吹波音。
なんだよ、前はめっちゃ反省してたのに。
「ってことで、とりあえずマネージャーよろしくお願いできます?」
「…です」
「え?」
「無理です。私は学生でしかも一応性別は女ですから!炎上なんかたまったもんじゃないですよ!」
「え?そこは喜んで引き受けるところではなく?」
「他を当たってください。考えてみると、新人マネージャーなんかいっぱいいます」
私は席を立ち、ドアに手をかける。
「文月」
そう低い声で呼ばれるもんでびっくりする。
朝吹波音、流石の演技派だ。
「どうされましたか?」
私は動揺を隠す。
少し振り向いてみる。
「普通にマネージャー雇えばいい話って言ったけど」
言ったけど?
朝吹波音は私の座った席に座り直す。
…なんで近づいてくるんだ。
「信用性のない奴に任せてみろ。全部個人情報ばら撒かれるわ」
私は何も言えなかった。
「そこらのものに任せれるわけじゃねーんだよ」
「それじゃあ私も同じですよね?」
精一杯言い返してみる。
「私だってばら撒きますよ?だってここの普通の生徒なんですから。寝顔写真とか!」
「お前にはプライドがある」
朝吹波音は席を立ってジリジリ近寄ってくる。
何がしたいんだ。
って、もう密着しますが!?
「せっかく普通の生活に戻ったのにまた戻らないといけないのは嫌だって分かる。なんのために辞めたのかってな」
朝吹波音は人の心を掴むのが上手い。
予想される反論を汲み取ってるんだから。

「他の誰かじゃなくてお前じゃないといけないんだよ」

「…」
私はため息をついた。
「誤解の生むようなことは言わないでください」
「何が誤解だよ」
「これ私以外の女子だったらどうされたつもりですか?失神ですよ、失神」
「…それ褒めてんの?」
「褒めてますよ。私が嫉妬した人物なだけある」
「…は?」
「あの〜、僕いるんですけど〜。そこでイチャコラしないでもらって」
鳴海楽が仲介してきた。
「してない」
「ってことで、決定!これからよろしく!」
「まだやるって言ってないんですけど」
「…まだ?」
朝吹波音が突っ込んでくる。
「…はぁ。何ヶ月ですか?」
もう私は諦めた。
この人たち、どんな手を使ってでも言い寄ってきそうだから。
身バレの危険も考慮したら折れるしかない。
「うーん。半年ぐらい?」
「半年!?馬鹿げてます!?」
「誰が馬鹿だ」
「…私は全くの素人ですし、それなりの知識はありますが応用して行動できるような有能な人間じゃありません」
「いいよ、教えるから」
椅子をしまって答える朝吹波音。
「え、経験あるんですか?」
「あ、田中が」
なんだよ。
びっくりするじゃんか。
「ごめんなさい〜、遅くなりました」
そして田中さんが教室に入ってきた。
それから2人は帰り、田中さんにスケジュールや注意点を教えてもらった。

家に帰る。
私の帰ったアパートには誰もいない。
いわゆる一人暮らしだ。
両親は…、交通事故で死んだ。
留守番していた当時9歳私にとって衝撃な事実だったのは覚えてる。
私は荷物を下ろして夕飯の支度を済ませておく。
お湯を沸かしてる間にカバンの中を整理。
お弁当箱を洗いに出して、水筒も…
…あ、これ今日田中さんにもらったスケジュール帳だ。
話し合った後、Altairのスケジュール帳を引き継ぐことになった。
やるからには徹底にやってやるよ。
いざ、スケジュール帳の月間ページを開いてみるとそれはびっしり文字が書いてあるではないか。
待って!?こんなに忙しいものなの!?
私でもこんなんじゃなかった!
それからこれからの予定が書き出されたものを書き写す。
するとお湯が沸騰して溢れる音がした。
「ヤバッ!」
なんて私の日常はいたって平凡だ。

なのに。
「これから文月さんは芸能科に属してもらうよ」
「…はい!?え、なっ、え!?」
「普通科だったらいつも授業が入ってるからマネージャーはできないからね」
…と言うことで、えー、これから芸能科に入ります。
「文月さんは、とある事情で芸能科に入ります」
クラスで紹介された時には顔から火が出ると思った。
ってことは、咲希ちゃんとも離れるわけで。
でもその日なぜか咲希ちゃんと話せる機会がなくて何も言わず移籍してしまった。
「…ってことでお2人は11時からバラエティ番組入ります」
「りょーかい!って、結構馴染んでるね」
私たち3人は車に乗って現地へ向かう。
長い髪はまとめ、メガネとマスクをした。
バレることはない。
「そして朝吹さんは15時からflowerの写真撮影です。おおよそ2時間かかるかと」
「ん」
私は後ろに座っている朝吹さんを鏡越しに見る。
興味なさそう。
こんなのでもカメラが回ったら激変するんだよな。
私は何か分からない感情を持ちながら朝吹さんを見つめていた。

「朝吹波音、到着しました」
私は会場に向かってこう言った。
「朝吹波音です。今日はお願いします」
「お願いしまーす!波音くん、こちらへ」
撮影現場に着いた。
臨場感が違う。
「あ、新しいマネージャーさんですか」
そう声をかけてきたのはカメラマンさんだ。
私も以前撮ってもらったことがあるが気付いてないらしい。
いや、気づかれたら大変だ。息を潜めておくことにしよう。
「はい。文月と申します」
「文月さん。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そして朝吹さんの撮影が始まった。
今回のテーマは『瑠璃』。
深い青と同時に鮮やかさ・きらやかさを出しているらしい。
私は外から朝吹さんを見ていた。
青いスーツをはだけて着ている。
うーん、これは目に悪い。
「自由に動いてねー」
カメラに向かってアクションを取る朝吹さん。
でも、その中に別の世界が生まれた気がして。
朝吹さんだから持ち合わせている魅力が一気に引き出された。
すごい。
こんなに引き込まれるものなのか。
これはファンがつかないわけがない。
私の中に尊敬と同時にまた嫉妬心が生まれる。
Kiss metが解散した今、同じ年代でトップにいるのは間違いなくAltairだ。
以前は並んでいたがもう同じ実力じゃない。
間違いなく抜かされている。
「はい、ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
私は車を呼ぶ。
そして着替えてきた朝吹さんの前を歩く。
別に何を話すわけでもない。
近くに来てくれた車のドアを開けて、
「どうぞ」
と言う。
「いや先入れよ」
「あ、田中さんはそうやって…」
「違うけど」
じゃあなんで?
朝吹さんは私の持っているドアを掴む。
「入って」
私はその視線に負け、渋々入る。
「最初はアイドルから入るものじゃないですか?」
隣に座った朝吹さんにこう言う。
「いいんだよ、別に」
理不尽…
「はいこれ、ちょっと冷やした水です。遅くなってすみません」
私はペットボトルを車に置いてきてしまっていたのだ。
「ちょっと冷やした?」
「あ、わざとですよ。冷えすぎは体に良くないので」
朝吹さんは蓋を開けて水を飲む。
「うん、ちょっと冷えてる」
少し笑った朝吹さん。
私は少しドキッとしてしまう。
なんか、舞台の上の顔とは違うような気がして。
…って何を考えてるんだ。
この人、急に迫ってきた人だから!
「何百面相してるんだよ」
「誰のせいだと」
「は?」
「なんでもないです」
私は窓を見る。
これ、マジックミラーなんだよな。
内側からは外が見えるのに外からは中が見えない。
こんなもの、よく作ったなぁ。
なんて考えていると私はいつの間にか眠ってしまったらしい。
昨日徹夜でスケジュール帳の整理をしてたからだ。

【side波音】
車の中。
文月にもらった、「ちょっと冷えた水」を持って考え事をしていた。
今日の撮影は自分のできることをできたのか。
魅せ方はこれであっているのか。
反省点もいくつかある。
「うわっ」
急に隣に座っていた文月がこっちに倒れてきた。
寝てる。
右肩に文月の頭を乗せると手に持っている物に目がついた。
これ見たことある。
田中の手帳だ。
罪悪感もありながら開いてみた。
予定がびっしり書かれている。
用意するもの、注意点…
絶対これ昨日作ってただろ。
最初はあんなに拒否してたのにな。
俺は文月のかけているメガネを取る。
綺麗な顔に掛かっている長い髪を分ける。
この髪も綺麗にしてあるな。
本当、良くこれで気づかれなかったな。
俺なんか会った瞬間分かったよ。
文月に化粧をしたって、顔の良さが惹き立つだけだ。
何もしていなくても十分顔がいいのに。
すると、また文月が俺の方に倒れ込む。
仕方ない。
変な格好で寝るよりはいいだろう。
俺は文月のシートベルトを外し、頭を膝の上に乗せる。
「琥珀…」
そっとその名前を呼んでみる。
無意識に手が文月の頬を触った。
こんなに無防備で…、俺か楽じゃなかったらどうすんだよ。
いや、楽でも危ないかもしれない。
…いやっ、俺の方が危ないわ。普通に。
それから数分経つと学校に着いた。
別にこのまま運んでもいいけどそれは社会的に危ない。
仕方なく文月を起こすことにした。
「おーい、着いたよ」
肩を叩くも起きる様子はない。
寝顔はひどく綺麗だ。
吸い込まれる。
俺はそっと顔を近づけた。
文月の体の下に手を敷いて少し持ち上げる。
頬にそっと口をつけた。
…っ、俺は何をしてるんだ。
胸のざわざわが濃くなる。
なんでこんなに苦しい?
名前は知っている。
でもそれは他人のことだ。
俺が知っちゃいけない。
なのに、なのに。
もっと文月のことが知りたい。
今まで『コハク』としての文月しか知らなかった。
けど、感情的になる時は人間らしさが出る。
『コハク』ではなく『琥珀』に興味を持った。
「…んん…」
あ、起きた。
「ああ、すみません…、ん!?」
文月は今の状況を理解したらしい。
「ちょっ、まっ、えっ、ん!?」
文月の言うことが面白くて笑ってしまう。
「なっ、なんでこんなのになってるんですか!」
「文月が倒れてきたんだろ」
そう言うと口をぱくぱくし始めた。
可愛い。
なんのプライドもなく、そう思ってしまった。
「なっ、すみません。とんだご迷惑を…」
「別に?」
「って言うかメガネ!」
「ああ、はい」
俺が素直に渡すと文月は少し戸惑った。
前は避けたからか。
「はい、降りるよ」
文月を起こし、自分も車から降りる。
文月が少し赤くなっている。
なんかちょっと嬉しい。
でも自分も十分顔が赤い。
俺は必死に隠すように顔を背けた。

俺はアオイコレクションに出場が決まっている。
楽の反応は意外と薄かった。
「え、マジ!?頑張って」
出るのは俺一人だけだ。
何か言われると思った。
…いや、俺を気遣って言ってないのかもしれない。
俺だって楽だけの仕事がきたら嫌だ。
2人でAltairなのに。
でもこれを体験してるのは楽だ。
だから最近なんか変な壁がある。
「朝吹さーん」
そう呼ぶのは文月だ。
って言うか、なんでさん付けなんだよ。
そこは先輩とか、あるんじゃない?
それを文月に聞いてみる。
答えは思っていたものと少し違った。
「え…、仕事上の呼び名ですし。先輩も先輩で校外では使えないじゃないですか」
「そっか」
「って言うか、元々そんなに気に留めてもなかったので」
…俺の存在を?
それはそれで悲しくなる。
「あ、そうそう話したいことがあるんだった。アオイコレクションの話なんですけど」
「なぁ、一個いい?」
「なんですか?」
俺は勇気を出していってみた。
自分から意見を言うって、結構大変だ。
「そのコレクション終わったら、なんか1個言うこと聞いて」
なんとわがままな。
自分でもそう思った。
「なんか、ってなんですか」
「別に今は決まってない」
文月がなんだよ、と言わんばかりの顔をする。
文月の感情変化は面白い。
カメラが回ってる時はアイドルスマイルを崩さないのに。
これが素ってわけか。
「私にできることならしますけど…」
「無理なことはしないから」
そういうと文月は安心したような顔をする。
「変なこともしないでくださいよっ」
「誰がするか」
俺の要求はもう決まっていた。

【side琥珀】

アオイコレクション当日。
朝吹さんと私とその他スタッフで会場にやってきた。
まさか車で3時間の距離だとは思っていなかった。
朝吹さんの出番は前から9番目。
私は関係者席で見ていた。
隣のスタッフさんは手が震えていた。
それはそうだ。
こんな大きな会場で高校生が披露されるのだから。
プロジェクターに『朝吹波音/Altair』の文字が映され、青いライトが会場を駆け巡る。
そして出てきたのは黄色のスーツを纏った朝吹さんが出てきた。
いつもと雰囲気が違う。
髪もオールバックだ。
イヤリングもいつもより何倍も大きい。
でも、雑誌の撮影の時も今も、朝吹波音が魅力的であることには違いない。
私も見惚れていた。
約10分間のダンスの後、颯爽と去っていた。
大成功だ。
そしてその後何人ものモデルがランウェイを歩いた。
けど、一番キラキラして見えたのは朝吹さんだった。

私は舞台裏に行く。
椅子に座って休んでいた朝吹さん。
一応、モデルに何かあってはいけないためコレクションが終わってからじゃないと舞台裏には入れない。
「朝吹さん!」
私は近寄る。
「お疲れ様でした」
「文月」
間近でみるとより綺麗に見える朝吹さん。
ドキッとしてしまった。
「お水は…、もらってますね」
一応準備はしてきたがやっぱりもらえるらしい。
…普通か。
「どーだった?」
「さすがとしか言いようがないですね。とても魅力的でした」
「なーんか表面的だなぁ」
「もうすごかった!かっこよかった!…って言えばいいんですか」
私がそう言うと朝吹さんが笑う。
「ほんと面白いんな」
どこがだよ。
すると後ろで声が聞こえた。
「コハクちゃん…?」
後ろを振り向くとモデルさんがいた。
すらっとしていて綺麗な女性だ。
「あ、あの…」
「やっぱりKiss metのコハクちゃんだよね!?」
手をガシッと掴まれた。
うわぁ、綺麗な人…
背も高すぎる。
じゃなくて!
「あ、リオンって言います!あのっ、本当に大ファンで!」
リオン、と名乗った女性は私のことを語ってくれた。
「今回本当にコハクちゃんに出てもらいたかったんだけど!そうにもいかなくて…」
「出てもらいたかったんだけど…?」
え、モデルさんじゃない?
「ああ、名刺出すわね。はい、どうぞ」
山﨑莉音、アオイコレクション取締役…
「っ、お偉いさん!?」
「言っても葵さんを継いだだけよ。あ、葵さんってのはアオイコレクションを作った人のことね」
まさかの社長だった…
どうりでこんなファッションセンスがいいわけだ。
「で、後ろの朝吹波音くん。今日、一番輝いてたわ」
「あ、ありがとうございます」
「ってことで!後1時間で閉めるけど、それまでここの会場自由に使ってもらっていいわよ!」
…なんかすごいこと言われた。
「あ、私すぐそこいるから声かけてね!」
「じゃあいいですか?」
後ろから朝吹さんがこう言った。
「この会場でコハクの演技をさせてください」
「はい!?」
「っ、あなたいいこと思いつくじゃない!メイクも衣装もまだいるだろうし!お願いしてくるわ!」
リオンさんは飛び跳ねて行った。
「な、何してくれてるんですか!」
「もう1回、歌って。俺のために」
朝吹さんのまっすぐな目。
「私にできることならなんでも、って言ったよな?」
「くっ、でもダンスも何ヶ月もしてないですし、歌だって…」
「できるだろ。あんだけ歌ってたんだ」
変なことになった!
「コハクちゃん!こっちおいで!」
私はメイクをされ衣装を着替えさせられ…
「うわぁ、やっぱりコハクさんて美人さんですね」
メイクさんにそう言われ、恥ずかしくなる。
「私も朝吹くんも観客席にいるからね。ファンサもよろしく!」
お願いだから何にも言わないで…

いざ舞台に出てみる。
すると、席には朝吹さんしかいなかった。
「あれ、リオンさんは?」
「関係者席で見てる」
最前列にいる朝吹さんが教えてくれた。
音楽が流れ始める。
もう気にせずに頑張ろう。
あの時のライブみたいに、精一杯!
一応、朝吹さんのために。

意外と振り付けや歌詞って覚えてるものだった。
音楽が終わった。
「ありがとうございました!」
マイクを通してこう言う。
楽しい。
すごく楽しい。
「…これでいいですか?」
少し気分を落ち着かせてこういう。
「ん、十分」
朝吹さんの笑顔はひどく綺麗なものだった。
すると、ドタドタ階段を降りてくる音がする。
「もう可愛かったよ!コハクちゃん!さすが我が最推し!」
莉音さんだ。
なぜか両手にうちわとペンライトを持っている。
「ありがとう!」
そう言われると嬉しい。
「じゃあ、着替えてきますね」
「いーや、もう一本!次は朝吹くんみたいにランウェイ歩いてみてよ!」
衣装を変えられまたランウェイを歩く。
朝吹さんみたいに上手くできない。
少し練習してみるも、思い通りにならない。
「朝吹さんどうやってるんですか…」
私はランウェイの先で朝吹さんに聞く。
「…何が?」
「魅せ方ですよ」
少し考えた後にこう言った。
「さあ…、思い込むことかな。テーマに沿って」
「たとえば?」
「今日のパフォーマンスはちょっといつもとは違ったじゃん。だから今日は『違う自分』を存分に見せつけるようにして歩いた」
さすがだ。
もう何にも言えない。
「その服だと、系統はクール系じゃん」
「確かに」
「だからさっきの可愛さとは別にかっこよさを出す。自分は世界1かっこいいって思い込む」
その通りに歩いてみようと戻る。
すると前にカメラを構えた朝吹さんがいた。
そんなのに怯えない。
カメラのレンズにギャップを落とし込んだ。

「どーよ!」
朝吹さんの元に駆け寄ってみる。
舞台に寄りかかって写真を見ている朝吹さん。
私は舞台に座ってカメラの画面を覗き込む。
「最高傑作では?」
私がいつもとは違うように写っていた。
「これで朝吹さんのちょっと下のポジションぐらいには辿り着けましたね!」
「なんでだよ。並んでるだろ」
そう言われるとさらに嬉しくなる。
「それにしても、『ちょっと冷えた水』を俺に持ってくるのがこの人だとは思わねぇよなぁ」
「あれはマネージャーの文月です。一応今はコハクですから」
「切り替えがすごいわ」
髪をくしゃっと撫でられる。
「うおぅ」
「なんだそれ」
なんか、ちょっと距離が縮まった気がする。
嬉しかった。
「やっぱ楽しいですねぇ」
「じゃあなんで辞めたの?」
そう聞いた朝吹さん。
私は戸惑うことなく答えた。
「このままじゃ後悔するって思ったんです」
「後悔?」
「普通の女子高生としての生活を憧れてたんですよ。今は真逆のことしてますけど」
「…それは…、ごめん」
「それに、もうスランプから抜け出せなかったですし」
「…ここで終わりだなって思ったんだ?」
「そう。舞台裏もいいけどやっぱり目立ちたい!」
私がそう言うとまたもや朝吹さんは笑った。

「やっぱお前にはそっちの方が似合ってるよ」

…心臓が一瞬止まったように感じた。
なんだこれ、やめてよ。
そんな、勘違いするような表情しないで。
「どうした?顔がか赤いけど」
「そ、そりゃあランウェイ歩きましたからね。その前に歌って踊ってますし」
ふーん、と言う目で見てくる朝吹さん。
「ドキドキしたんだ?」
「してないっ」
朝吹さんは相変わらず笑う。
「そろそろ帰ろ」
「リオンさんに挨拶しないとですね」
そして車を呼んで学校へ帰った。

数週間後。
「…来月、ライブなんですね」
「…普通に忘れてた」
「ごめんなさい」
私は芸能科の教室で2人に向かい合って問い詰める。
「あの!ライブって、ファンの子はどれだけ楽しみにしているか分かります!?」
「田中が言わなかったのが悪い」
「朝吹さんっ」
Altairは来月23日、ライブを控えている。
なのに今、この時まで忘れていたと。
当然私は何も知らされていない。
田中さんからもそんなことは何も言われなかった。
「ダンスのレッスンとかは?」
「…そんな話聞いてないけど」
うん、終わった。
こんなのもう、手遅れじゃない?
普通2、3ヶ月前からダンスの練習が入るはずなのに。
「…スゥーっ…」
2人は私の方を見ている。
どうにかして、という目線だ。
「分かりました。やってやりましょう」
「…プランは?」
「これから考えます。でもめっちゃ忙しいですよ?」
「ライブ当日までに間に合えばもうそれでいいよ」
「じゃあ、これから思いこんでください。自分は日本1かっこいいアイドルなんだと」
「お前、それ…」
「そう。朝吹さんの思考をお借りしました。ですが、そんなもんじゃありません」
「そんなもんじゃって…」
「本気で思いこんでください。…いや、これからなるって思うんです。まあ、4分の3事実なんでいけますよね?」
鳴海さんが目を見開く。
「え、もしかして今褒めた!?」
「褒めたも何も、私別にAltairを貶してなんかいないんですけど」
「珍しいなぁ!」
鳴海さんが嬉しそうだ。
「これから地獄の始まりです。私ももちろん栄養面、休息面などは面倒見てあげますが、ご自身でもお気をつけください」
「見てあげます、ねぇ」
「貶してるじゃん」
「Altairの表は尊敬していますが、裏はそうでもないですねぇ」
「何、裏まで愛嬌ふれって?」
「そこまで言ってませんが…、うーん。まあ幻想なんですかね」
「何が?」
「何でもないですよ」
「なんでよ!教えて」
鳴海さんが上目遣いをしてくる。
流石の私でもドキッとしてしまった。
「それ、自覚してます?」
「もちろん」
「じゃあ頑張ってください」
少し腹が立ってしまう。
自分で聞いたことなのに。
「で、俺らは何すればいいってよ〜」
「これから私は徹夜で予定を立てますので。お2人は今日明日は体調を整えてください」
「…俺の明日の収録は?」
「っ、おいおいマジかよ」
思わず言葉が緩んでしまう。
「あ、すみません」
「意外だなぁ。コハクでもそんなこと言うんだ?」
「…鳴海さん。コハクは『幻覚』です。私の作り物です」
「…」
「それに、今はマネージャーの文月です。後ろから精一杯応援させてもらいますので」
私は教室を出て行った。
「俺、マズイこと言った?」
「ちょっとダメだったかも」
「うわー、あとで謝っとこ」
「そうしな」

私は家に帰った。
すぐに手帳を開き、シャーペンも出す。
今使っているシャーペンは以前、私が出したグッズだ。
だけど、売ったのとは色が違う。
みんなの手元にあるのは、水色、黄色、ピンク。
私の持っているものはオレンジだ。
『琥珀』と言う名前から事務所が特別にオレンジを作ってくれた。
世界で一つの、身近で一番大切なものだ。
やることを書き出して、それは一生懸命組手立てていく。
あ、電話で確認取らなきゃ。
なんてしてると。
まあ、朝でした。
オールってこんなにキツいものなの?
すごい眠い。
でも、予定を組むのにもうちょっと…
「おはようございます…」
「ちょっ、文月ちゃん大丈夫!?」
Altairの教室に入るなり、鳴海さんが声をかけてきた。
「大丈夫です。…一応予定は大体埋まりました。すみませんが、ほぼ毎日ダンス練習です」
私は机に手帳を出してこう言う。
すると朝吹さんがこう言った。
「…俺らは大丈夫だけどさ。文月が大丈夫じゃないだろ、絶対」
「大丈夫ですよ。私が現役時代、どれだけ鍛えたと…」
そこでフラッとしてしまう。
咄嗟に足が出たもので幸い何事もなし。
「オールしたな?」
朝吹さんは私の手を掴み、教室を出ていく。
「楽、手伝って」
「はいはい」
私は2人に支えられながら保健室へ。
「文月琥珀、寝不足なんで寝かしてください」
「どうぞ」
先生は何も言わない。
私は楽さんに少し持ち上げられ、ベッドの上へ。
「文月、何が終わってない?」
「会場との連絡です。何時入りでメイクさんはどうするかとか」
「了解。俺は文月の仕事の残りをしてくるから楽はそこで待機」
「分かった」
「ごめんなさい。迷惑かけて…」
私は無意識に朝吹さんに手を伸ばしていた。
「元々は俺らが悪いんだし。何とも思う必要はない」
「…本当に」
「なんだよ」
朝吹さんは笑いながら私の手に自分の手を合わせる。
「んじゃ、行ってきます」
朝吹さんはドアに手をかける。
すると、急に振り向いてこう言った。
「楽、間違っても手は出すんじゃないよ」
「出すか!」
そして朝吹さんは出て行った。
「文月ちゃん、波音とどういう関係?」
「え?普通のアイドルとマネージャーですけど」
「…うっそぉ」
心底信じられないと言う顔をする鳴海さん。
「え、波音に何もされてない?」
「少々は」
私は恥ずかしくなってしまい、目元まで布団を被る。
「少々って何だよ!変なことされてないよね!?」
「そんなことされてませんよ。勝手に私が反応してるだけです」
「っ、何その含んだ言い方!」
また顔を顰める鳴海さん。
面白くて笑ってしまう。
「鳴海さん、せっかくの綺麗なお顔が台無しですよ」
私がそういうと鳴海さんは急に赤くなった。
「…どうされたんですか」
「何でもない」
私に顔を見せないように顔を背ける。
「かっこいいかわいいなんて、言われ慣れてるでしょうに」
「…っ」
ますます赤くなる。
「今なら朝吹さんの気持ちが分かります」
これは面白い。
すると、鳴海さんは私の口を手で閉じてきた。
びっくりして鳴海さんの方を見る。
鳴海さんはなぜか傷ついたような顔をしていた。
「どう、なさったんですか」
「初めて波音の気持ちが分かった」
「…お二人とも不仲だったんですか?」
「いやそんなんじゃない。文月ちゃんの思ってることじゃないよ」
諦めたような表情だ。
「でも、これからだろうな。嫌われるの」
「…何を言ってるんですか。朝吹さんが一番好きで一番頼りにしていて一番隣にいるのは鳴海さんじゃないですか」
「うん、知ってる。だけど、ずっと隣にいるから分かるんだよ」
鳴海さんにそんな悲しそうな顔をしてほしくない。
そう思うと私は急に涙が出てくる。
「ど、どうしたんだよ!?」
「鳴海さんがそんな悲しそうな顔をするから…!代わりに私の目から涙が出てきちゃったんです」
「…どういうこと?」
私は笑ってしまう。
鳴海さんは私の頬に流れる涙を手で掬った。
「もう寝な」
私は思ったよりすぐ寝てしまったらしい。

「…ごめんな、文月ちゃん。波音。これだけは許して」
鳴海はそっと額に唇を落とした。

「…ん…、」
は!?もう午後!?
目の前にあった時計を見て声も出ずに驚いてしまう。
「起きた」
隣にいたのは鳴海さんじゃなかった。
「朝吹さん」
私の頭を撫でている。
…ん?撫でている?
「ちょっ、何してるんですか!他にやることがあるでしょう!」
「これも大切な俺の役目」
「…課題のレポートやりたくないだけなくせに」
「バレた?」
少し笑ってこう言う。
だけど、その手が心地いい。
いけないって分かってる。
だけど止められない。
「…っ、寝起きの女の顔をそうまじまじと見るんじゃないですよ」
「いつもと変わんねーよ」
「変わるんですー、ってそれもそれでひどくないですか?」
「別に不細工なんて言ってないじゃん。可愛い顔してる」
「…うーん、棒読みですねぇ?」
「ちゃんと寝れた?」
「あ、話逸らした。おかげさまで」
「会場の方も大丈夫だって。全部手帳に書いてあるから」
朝吹さんが手帳を差し出した。
「ありがとうございます」
「無理するんじゃないよ」
「すみません…」
朝吹さんは私の頭を撫でるのを止めない。
「私、犬じゃないんですけど…」
「うん、知ってる」
そう言う朝吹さんの顔は優しかった。
「何、撫でられるの好きなの?」
「何でそんな彼氏面なんですか」
「彼氏面?そんなもんしてないけど。…ふっ、顔赤っ!」
「変なこと言うからじゃないですか!見ないでください」
「大丈夫大丈夫、可愛いから」
そうサラッと言われ、また赤くなる。
「文月ってだいぶ違うよな。表と裏で」
「表裏あったら悪いですか」

「いや、ステージに立つ文月もいいけど、赤くなる文月の方が好き」

なんだその爆弾発言。
「うわっ、授業始まるわ。まだもうちょっと寝とけ。また帰ってくる」
そう言って朝吹さんは保健室を出て行った。
私は布団に潜る。
顔が赤い。
心臓が早い。
手も少し震えてる。
気づいちゃったよ。
気づいちゃいけないことに気づいちゃったよ。

相手は芸能人。
しかもトップアイドル。
何千人、何万人のファンがいるのにな。

好きに、なっちゃったんだよな。

勝手な思いだ。
捨てるもんなら捨てたい。
いや、捨てるべきだ。
それができたなら何も思い悩むことなんてないのに。
そう考えれば考えるほど思いは湧いてくる。
私は振り切るように保健室を出て行った。

数日後、私は校長室へ呼び出される。
何かと思って足を運んだ。
「文月さん」
校長先生は少し真剣な顔をしていた。
「突然の話なんだけど」
「はい」

「Altairに適任のマネージャーが見つかった」

そう言われた時、私は何を言ってるか分かんなかった。
少なくともあと3ヶ月ぐらいはあると思ってたから。
「予定が早まってしまって申し訳ない」
「いや、私よりもベテランの方の方が2人もやりやすいでしょうから」
「文月さんがよく働いてくれていることは知ってるよ」
「気にしないでください」
そう言いながら少し寂しいと感じていることに驚く。
「文月さんは来月いっぱいまでやってもらいたい。…これをAltairの2人に言うのは文月さんのタイミングで」
「…」
どうしようか。
今すぐに言ったらライブで支障が出るかも。
直前でいいな。
「要件はこれだけだよ」
「ありがとうございました」
私は自分でも分からない感情を持って校長室を出た。

あと、1ヶ月か。
そう思った瞬間、やっぱり寂しくなってしまう。
何でだろう。
私は机に突っ伏して考える。
別にそんなにAltairを好きなわけでもない。
「文月?」
私の異変に気付いたのか、朝吹さんが話しかけてきた。
「どうされました?」
「いや、どうされましたは俺のセリフだけど。体調悪い?」
「…いや?全然大丈夫ですよ?」
私は笑って答える。
「本当に?」
「マジです」
私は親指を立てて答えてみる。
「…本当にって聞かれたら本当ですって答えるんじゃないのかよ」
朝吹さんが笑う。
つられて私も笑う。

なんか、幸せだな。

ふとそう思った。
「何話してんの?」
鳴海さんがやってきた。
「別に何でもねーよ」
「なっ、波音が教えてくれないなんて」
「…え、俺楽に話してないこと結構あるけど?」
「は?嘘だろ…」
そんな会話に元気が出る。
「んで、今日の予定は?」
「えーっと、2時間目の数学が終わり次第、ダンスレッスンです。その後、お二人で今月のflowerの表紙撮影をお願いします」
「うげぇ…、今日も大変だな」
「お前も出ればいいのに」
こう朝吹さんがつぶやいた。
「何にですか?」
「表紙撮影」
「…はい!?私はマネージャーですけど」
「知ってる」
何が言いたいのだろう。
「確かになぁ。Altairとコハクのコラボ…、どっかの世界線で実現しないかなぁ」
「なんでそんなないみたいに言ってるんだよ」
朝吹さんの発する言葉には私との共演が決まっているような含みがある。
…そんなことも、考えてくれるんだろうか。
「あー…、お二人とも1時間目移動教室だと思うんですけど…」
「あれ?文月ちゃんは?…そっか!文月ちゃん1年生か!」
「…なーんか腹立ちますね」
「俺ら2年だもんね!先輩だよ、先輩」
「どーせ私は後輩で陰ながらの存在ですよっ」
「文月、今日の時間割、変更したらしい。国語だって」
朝吹さんまでも私を笑ってくる。
なんかおかしくなって笑ってしまう。
「やっぱ、お前は笑ってる方が似合う」
「…どこの漫画から引っ張ってきたものですか?」
「何だよ、褒めてやったのに」
もうこんな生活も残り少ない。
最後までサポートしてあげよう。

それからの1ヶ月は早かった。
ライブとテレビ出演、CM出演など、大変だったからだろう。
ライブは詰め詰めでやって大成功。
私は芸能科の2年生の教室で言った。
「あの、大事なことなんですけども」
「どした?」
疲れてるのにいつも通りの態度を装う鳴海さん。
気遣いができる。
「知っててもらうだけで大丈夫なんですけど」
「何?」

「今日をもちまして、Altairのマネージャーを辞任させて頂きます」

「「…は!?」」
「これからはベテランの小泉(こずみ)さんと言う方がいらっしゃいますので」
「何言ってるの、文月ちゃん」
鳴海さんが理解できないと言う。
「そちらの方の方が段取りもいいですし、体調を崩すこともないと思います。引き続き頑張ってください」
心の中で泣いていた。
やっぱり別れは寂しいもので。
「…てんだよ」
「どうしました、朝吹さん」

「何勝手なこと言ってくれてんだよ!」

朝吹さんは私に頬を手で挟んだ。
優しくなんかない。
顔も怒っていた。
「なんでそれを先に言わなかった!」
「先に言うと活動に支障が出るでしょう」
それを言うと朝吹さんは何とも言えない顔をしていた。
当然だ。
「私は一般科に戻ります。今までありがとうございました」
「待てよ」
私の腕を掴む朝吹さん。
振り払おうとするがダメだ。
ガッチリ掴まれている。
「何か、言うことは?」
悲しそうにする朝吹さんを見て言いたくなってしまう。
「何もありません」
私は無理やり離れて駆けていった。

そして私は普通科に戻った。
さすがに浮いている。
何か話されてるし。
席替えをしたようで咲希ちゃんと席が遠い。
どうしよう、気まずい。
何をすればいいのかも分からない。
ダメだ。
すべて自分で招いた事態。甘えてちゃいけない。
「ねぇ」
話しかけてきた。
何か事情聴取されるのか。
「これ、早百合(さゆり)のなんだけど」
そうやって私の前に来た2人の女子は私の筆箱からシャーペンを取った。
Kiss metのグッズだ。
早百合、とは隣の女の子だろうか。
「いやっ、それはさすがにちが、」
「人の物を取るのは違うと思うよ?とりあえずこれ、返してもらうね」
そうやって私のシャーペンを取って行った。
呆然とした。
なんでこんなに嫌なことばっかり起こるんだろう。
何かしたかな?変なことしたかな?
そう思って思わず涙目になる。
それから翌日、私の机に写真があった。
朝吹さんと私が車に乗る時の写真だ。
終わった。
私は写真を丁寧にしまい、何事もなかったかのようにする。
ただ、視線は痛かった。

それから。
1日ごとに何かがあった。
いわゆる、いじめ、だろうか。
でもそんなことをされるようなことを私はしている。
何を言うのもできることもない。
ただ、耐えるだけだ。

クラスの雰囲気がしんどくて、外に出てきた。
もうどこにも居場所はない。
何をすればいいのかも分からない。
「おい」
遠くで声が聞こえる。
いいなぁ、友達がいて。
咲希ちゃんと仲直りしたいよ。
「おい、無視するな」
近くで声がした、と思ったらうしろに引き寄せられる。
首に手が回り、がっちりホールド。
すぐ後ろに人がいる。
バックハグされている。
「文月」
突き放したはずなのに。
「怒りたいのはこっちなんだけど」
耳元で言われる。
心臓の動きが早まった。
来ないでよ。
思い出させないで。
「朝吹さん」
「…何」
振り向いてみる。
驚くほど綺麗な顔があって安心する。
「なんでここにいるんですか。バレたら即終了ですよ」
「危険を冒してまで来てるのにお前は無視するんだもんな?」
「だってまさかいると思わないじゃないですか。んで何の要件ですか」
朝吹さんは私から離れる。
「もう文月はマネージャーじゃない」
「そうですけど…」
「だから何をしてもいいってわけ」
何を言ってるんだ。

「今年の夏フェス。文月は最後のトリとして出る」

「は!?」
「一回だけでいい。その夜だけでいい」
「っ、私にもう一度歌えと」
「前、『コハクは作り物』って言ったな?」
「…」
朝吹さんは真剣な目で言う。
「俺はそう思わない。アオイコレクションの時、ランウェイを歩いた時、文月はいつもより生き生きしていた」
「いや、」
「俺は、舞台に立つことが文月の一番輝けるところだと思う!」
その言葉にハッとした。
思ってしまったんだ。
そうかもしれない、と。
「楽もずっと前から言ってた。共演したいって」
「でも…」
「それに最近張り出されてるだろ。見返してやりたいんじゃねーの?」
そう言われたらそうかもしれない。
ずっとあのクラスにいるわけにもいかない。
「でもその夏フェスってあと1ヶ月後じゃ…」
「俺らには1ヶ月あったら楽勝」
そう微笑む朝吹さんに私は納得してしまう。
「…ふっ、そっか」
「どうする?」

「出てやるわ」

「お、なんか火がついたな」
「…いやでも現実的じゃなくないですか?」
「なんで?」
「ダンスとか、ボイトレとか…、普通科の授業を受けながらは難しいと思いませんか?」
「んなもん、校長に言ったら一発」
私は朝吹さんに手首を掴まれた。
そして引っ張られる。
向かうは芸能科だ。
「ちょっ、速いって!」
「いやいや普通だから」
「私の標準速度と朝吹さんの標準速度は違うんです〜!」
「ふっ」
そう笑った朝吹さんは年相応の、爽やかな男子高校生の顔をしていた。
それにまたドキッとしてしまった。

それからと言うもの。
校長先生に言ったらすぐに手続きをしてくれた。
少し久しぶりな芸能科の教室。
「もう1回聞くけど、本当にいいんだな?」
目の前の椅子に座って朝吹さんが聞いてくる。
「決心したことですから」
「…分かった。話を進めよう」
するとドアがガラッと開いた。
「波音〜、っえ、文月ちゃん!?」
鳴海さんだ。
「お、お久しぶりです」
「…は!?なんでここにいるの!?」
「連れ戻したきた」
それからと言うもの。
校長先生に言ったらすぐに手続きをしてくれた。
少し久しぶりな芸能科の教室。
「もう1回聞くけど、本当にいいんだな?」
目の前の椅子に座って朝吹さんが聞いてくる。
「決心したことですから」
「…分かった。話を進めよう」
するとドアがガラッと開いた。
「波音〜、っえ、文月ちゃん!?」
鳴海さんだ。
「お、お久しぶりです」
「…は!?なんでここにいるの!?」
「連れ戻したきた」
「いや、連れ戻してきた、じゃないのよ」
鳴海さんは朝吹さんの隣に座る。
「夏フェス、コハクが出るってよ」
「コハク!?え、また舞台に!?」
鳴海さんははしゃいだ。
「そこで俺は考えた」
朝吹さんは人差し指を立てて言う。
「お、おおぅ、珍しいな。波音がウケをとりに行くなんて」
「行ってないわ」
じろっと鳴海さんを見る朝吹さん。
「楽が言ってたコラボはどうかと」
「…一緒に出るってことですか」
「せっかくの復帰なんだから派手な方がいいだろ」
「それはそうですけど…」
流石にこれから企画するとなると大変…
そう思うと楽さんが立ち上がった。
「マジでいいこと思いついた!聞いて聞いて!」
「何」

「俺が曲を作る。ピアノも弾く。2人で歌って!」

「はい?」
「俺最近作曲をしてるんだけど。書き下ろすから2人で歌ってほしい」
「でも1ヶ月だよ?楽が曲を作って俺らが練習して…、いけるか?」
「プロ2人ならいける!波音は良さそうだから…、文月ちゃんはどう?嫌?」
「いや、そんなことはないですけど。私と朝吹さんでは歌唱力に差がありすぎると言うか。私が足を引っ張っちゃうって言うか…」
朝吹さんははぁ、とため息をついた。
「むしろ嫌味に聞こえるわ。そもそも、歌が下手だったらここまでデビューしてないだろ」
そう、かな。
隣に立っても大丈夫なのかな。
「俺は別に何の反論もない。新しい挑戦ってことでコハクとできるのはデカい」
そう言われ、自信がつく。
「…私ができるところまでやらせてください」
「よしきた!じゃあ早速計画を立てよう。やりたいものとかってある?」
「観衆が舌を巻くようなコハクの登場」
鳴海さんがどう言うこと?と首を傾げる。
「俺のイメージでは舞台で衣装替え」
「いや、流石に女の子だし…」
「下に着ておけばいいんじゃないですか?脱ぐだけです」
「それでいこう」
と、順調に決まっていった。
芸能科の体育館で動きの練習をしたり、出来上がった書き下ろし曲を練習したり…
「いい感じ?」
練習の休憩時間、鳴海さんがやってきた。
私は座って水分補給をしているところだった。
「だいぶ順調です」
「…やっぱり眼鏡外して髪も括ると印象変わるね」
「そんなですか?」
鳴海さんは私の隣に座る。
「うん、オーラが出る」
ニコっと笑う鳴海さん。
「鳴海さんってオンとオフってないんですか?」
「え?」
「いつも変わらないなと思って。私なんか特にある人じゃないですか」
「表裏ねぇ…、いわばこれも表かな」
そう言うことか。
「オフで話しちゃうと波音に引かれるくらいだからね」
どんな状態なのだろうか。
「目に光がなくなる」
「意外です」
「そう?」
「疲れるようだったら気を抜いてもらっても大丈夫ですから。…って私マネージャーじゃないんだった!」
そういうと鳴海さんは笑い出す。
「やっぱり抜けないんだ?」
「数ヶ月そうでしたから」
「マネージャーじゃないんだったら敬語じゃなくてもいいんじゃない?」
「いや、マネージャーじゃなくても先輩ですから」
「敬語もダメか…」
すると、鳴海さんは私の方をじっと見てくる。
「ねぇ、文月ちゃん」
「何ですか?」
「いつか、波音が文月ちゃんに気持ちを伝える時が来ると思う」
急に何の話だろうか。
「もしかしたら何も言われないかもだけど。衝撃的なことを言われた時、その言葉は俺とおんなじ気持ちを指すことを言ってると思って」
話がごちゃごちゃしてて理解が追いつかない。
「…それが保健室で話した、『朝吹さんの気持ちが分かった』ですか?」
「そ。俺のは知っててくれるだけで十分。あとは文月ちゃんの気持ち次第」
私はどんな話が全く予想がつかず、はぁ、と言うしかない。
「あ、ちょっと長居しすぎちゃったかな。練習頑張ってね」
「あ、はい」
「本番は綺麗な衣装用意しておくね」
そう言って鳴海さんは去っていた。

時は流れ、夏フェス本番。
青藍学園で毎年開催される夏フェスは芸能科の生徒のライブだ。
青藍学園の敷地のドームで行われる。
そのため、一般科の生徒は優待券が貰えて前の方の席で見ることができる。
後ろは一般席が抽選で選ばれる。
計3万人が入るドームなわけで緊張しないわけがない。
だんだんと自分の出番が近づいてくる。
そういう私の格好はいつもの制服だ。
すると隣に綺麗な衣装を身に纏ったAltairの2人が来る。
「行ってくるね」
「頑張ってください」
「文月も久しぶりだからってヘマすんなよ」
「しませんから!」
そしてAltairの舞台が始まった。
歓声が半端じゃない。
この後私が出ていくとなると、お腹が痛くなってくる。
そしてあっという間に一曲終わり、私の出番になった。
私は決心して舞台へと出ていった。

制服姿のいつもの私が舞台に出た。
客席は大いにザワザワしている。
それもそうだろう。
見ず知らずの学生が出てきたんだから。
「あれ、芸能科と一般科を行き来してるヤツじゃない?」「何だっけ、文月…」「何で今ここにいるんだよ」
計画通りだ。
そして観客が困惑のまま曲が流れ出した。

『いつの間にか君色に染まっていて
いつの前にか私の心を奪われて
目があっただけでドキドキしちゃう
そんな君の目は 
コハクイロだったんだ』

私のソロ曲、『コハクイロ』。
このイントロを歌い終わった後、私は制服とウィッグを脱いだ。
バサっと音がして、客席の方に制服を脱ぎ捨てる。

「皆さん、お久しぶりです!コハクです!戻ってきました〜!」

そう言うと、歓声が沸いた。
これこそがコハク。
どれだけ高いハードルも飛び越える。

最強で最高なアイドルは私だ。

『夕日に染まる君の横を歩く
歩くスピードを合わせてくれる
何も話せなくて ただ君を見つめるだけ』

私は客席に繋がる舞台を歩きながら歌う。
もちろん、ファンサも欠かせない。

『見つめるだけでよかったんだ
でもやっぱり独り占めしたくて
どうしようもなくなって
君に言った』

『いつの間にか君色に染まっていて
いつの前にか私の心を奪われて
目があっただけでドキドキしちゃう

ふとした瞬間目があって
勝手にドキドキしちゃって
なんだこれ 顔が赤い
勇気を出して君を見る

そんな君の目は コハクイロ』

1番が終わると私は礼をした。
そして顔をあげる。
「改めまして、こんばんは!」
こんばんは〜!と客席から声が聞こえる。
「元Kiss met所属、コハクこと文月琥珀です!」
そう言うと、拍手が聞こえた。
「一般科の方、芸能科と行き来して騒がせてしまい申し訳ございませんでした」
頭を下げる。
「これからは一般科で準備期間を頂き、その後芸能科に移動して本格的に活動を始めようと思います」
ここでAltairがそろーっと出てきた。
「お邪魔します〜」
その鳴海さんの入り方で笑いに包まれるドーム。
「文月ちゃんにはね、っとあ。コハクちゃんの方がいいのか」
「なんか、恥ずかしいですね」
「文字数一緒だからあんまり違和感はないけどね」
確かにそうかもしれない。
「コハクちゃんにはね、Altairの裏の方のお手伝いをしてもらってました」
「急遽マネージャーに。活動の本気が度を超えて流石の俺のびっくりした」
そんな雑談をして、鳴海さんが切り出す。
「はい、じゃあ本題といきますか!デデデデデデ…デン!」
「コハク×Altair、共同楽曲ができました!」
「俺はピアノ弾きます〜、ちょっとお待ちを」
そして後ろでピアノが用意され、伴奏が奏でられる。
私はまたマイクを取った。

『Sirius(シリウス)』

『ある冬の空 
寒い公園に飛び出して
マフラー巻いてるあなたを見つける』

いつもと違うコハクを見せるように綺麗に歌う。

『いつも待ってた
この公園で、いつも
君と一緒に話がしたい』

流石朝吹さんだ。
歌唱力が桁違い。

『たとえあなたが違う人を思っても

もし君が他の人が好きでも

僕(私の)の中で大きな空で一番に輝く星』

ここで向き合うように鳴海さんに言われた。
朝吹さんの目を見て歌う。

『隣にいたいよ
君(あなた)の手の温もりも全部感じたいから
そばを離れないで
早く抱きしめてよ
僕(私)の中での一番 輝いているから』

そして公演は終わった。
かなり派手な復活式だったな。
「琥珀!」
そう奥から女子2人が走ってくる。
誰かと思ったら。
「凛音!結衣菜!何でここにいるの」
「琥珀、久しぶり!元気にしてたんだね!」
「何、私が元気じゃないと思ったの」
「違うよ!」
私は結衣菜に頭をわしゃわしゃされる。
「もうまた可愛くもかっこよくもなっちゃって…」
「何言ってんの、凛音の方がギャップがあるでしょ」
「…また、始めるんだね」
「うん、第2章」
私がピースサインをすると凛音はふっと笑ってこういった。
「そっか」
するとスマホが鳴った。

『第1撮影場に来て』

「あ、朝吹さんからだ。ちょっといってくるね」
「え?ちょっ、朝吹さんって、朝吹波音?」
「そうだけど」
私はキョトンとしてしまう。
「なんちゅう関係や」
「だから!元々マネージャーなんだって!今回のもまたなんかあったんでしょ」
「また話そうね!あ、連絡先!」
そして私は指定された場所へと向かった。

私はそもそも第1撮影場、という場所さえ知らない。
暗い道の中、やっと辿り着いた。
そこはドームとはかけ離れた、屋外の撮影場だった。
河川敷みたいになだらかに坂になっている。
入ってみると、そこに座っている人物を見つけた。
「朝吹さん」
「来た。…何にもなかったよな?」
「だいぶ待たせちゃいました?ちょっと迷っちゃって」
「暗い中1人で歩かせてごめん」
いつもの朝吹さんと違った。
なんか緊張してるというか。
完璧アイドルの裏側、じゃない。
朝吹波音という人間がいる気がする。
「で、どうされたんですか?」
私は朝吹さんの右側に座って転ぶ。
そこには満天の星が見えた。
「うわ、めっちゃ綺麗」
「あれアルタイルじゃない?」
朝吹さんも転んで指を指す。
でもどこか分からない。
「え、どれですか?」
「あそこに夏の大三角形があるじゃん」
「え?」
すると朝吹さんは私の左腕を掴んで三角に動かした。
その時、朝吹さんとの距離が近くなる。
「これ」
近くて心臓がバクバク言ってる。
「確かに、そうかもしれない」
いつも通りの返事ができなかった。
「今から2つお願い聞いてくれる?」
「…私のできることだったらしますよ」
「んじゃあ一つ目、敬語と敬称外して」
「…ん!?」
早速飛び抜けたことを言われ、戸惑ってしまう。
「二つ目、下の名前で呼んでいい?」
「ちょっ、ま、へ?そんなことですか」
「そんなこと、って。いいだろ別に」
「失礼になりますから」
「俺がお願いしてるのに?」
「んー…、はずせば、いいだよ、ね」
かみかみだ。
恥ずかしい。
「よくできました」
頭を撫でられる。
「うわぁ…」
「うわぁって何だよ」
こっちを向いてる朝吹さんと目が合う。
「寒くない?」
目が離せない。
私は必死で首を動かした。
「うん…」
恥ずかしいよ。
何が何でも近すぎるって。
「冷えてる。一応これ着とけ」
朝吹さんは中のジャケットを脱ぐ。
そして、転んでいる私にかけてくれた。
「どれだけ着てるんですか」
「ん?」
「…どれだけ着てるの」
「うん」
少し微笑む朝吹さん。
もし、この人の隣にいれたなら。
それはどんな幸せなことだろう。

「琥珀」

唐突にそう言われる。
「な、なん…」
すると、こっちに近づいてきた。
私の方に手が回ってくる。
「ちょっ、」
抱きしめられた。
朝吹さんの香りに包まれる。

「琥珀、好きだよ」

そう言われ、理解ができなかった。
「何をおっしゃるんですか!あなたは何万人ものファンが、」
「知ってる。知ってる中、1人を見つけたんだよ」
何も言えなかった。
「俺はコハクがきっかけで今ここにいる」
「え?」
「8歳くらいかな。テレビで子役をしてインタビューを受けていた琥珀を見て引き込まれた。会いたくて仕方なくて」
朝吹さんはポツリポツリと話し始める。
「なら俺も隣に立てるような人物になればいいんじゃないかって。歌うのも好きだったし、人前に出るのは…、ちょっと恥ずかしかったけど。コハクに会えると思えばそんなんどうでもよかった」
「それで今…」
「うん。でも今日のライブを見て圧倒された。琥珀は自分が思っているよりもすごいんだよ」
頭を撫でられる。
「ずっとずっと、好きなんだよ。やっとコハクが青藍に入学してくるんじゃないかって思ったら辞めるしさ。なんか変装して一般科にいるし」
「うっ…」
「誰かに取られそうで怖かった。あの時は…、言い方がキツくなってごめん」
「もうとっくの昔ですよ」
「ふっ、そう」
朝吹さんの心臓が速いのが分かる。
「コハクも次のステージに行った。じゃあ俺らもって楽と話した」
「…どうなされるんですか」
「“アイドル”じゃない。“アーティスト”になろうって」
「アーティスト」
「楽は作曲の方の才能が開花してる。俺はまだ楽とは全然歌うし、Altairってのもずっとこのまま。だけどこれからは朝吹波音、っていうアーティストを前面に出していこうと思う」
色々考えてたんだ。
「…ってことでキラキラしてる朝吹波音は開放された。もう我慢の限界」
私が理解しようと頑張っていたところでまたぶっ込まれる。

「琥珀はどう?俺のこと、そういう目で見れない?」

目が合う。
「今の私の顔が物語ってるでしょうに」
「暗くて見えない」

「好きだよ、波音」

そう言うと強く抱きしめられる。
「その言葉、ずっと待ってた。…って、え?今波音って言った?」
「だって敬称外せと…」
「そっか。自分で言ったのか」
朝吹さんは顔を近づけてきた。
それに私も答える。
2回目だ。
「かなりの優越感と幸福感」
「何ですか、それ」
思わず笑ってしまう。
「やっぱり敬語は外れないか」
「…まあ何ヶ月もマネージャーのポジションにいたので」
「もう一回名前呼んでよ」
「一回限りですよ」
「そんなこと言わずにさ」
赤くなりながら答える。
「波音、さん」
「…んー、まあいっか」
それから2人で校舎の方に戻る。
楽さんと会うと一瞬で分かったらしい。
「はっはーん、なるほどね。おめでとう」
楽さんはそう言いながらも寂しそうな顔をしていた。
そういえば、朝吹さんと同じ…
そう言われ楽さんをガン見してしまう。
「俺のことは気にしてくれなくていいよ」
「これからも、活動仲間としてよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」

それから数日後。
一般科に行く。
緊張するなぁ。
どんな目で見られるのか、たまったもんじゃない。
「帰り、迎えにくる」
「芸能科の生徒が一般科の校舎に入ってはいけない。この校則なんで変えちゃったんですか」
「琥珀のためだろ」
「…そうですね、何も言えません」
隣には朝吹さんがいる。
「んじゃ、また帰り」
「ばいばい」
手を振ってみる。
「ん、ばいばい」
朝吹さんが可愛い。
教室に入る。
歓声が上がった。
私はいつも通りに座る。
やっぱりいつも通りでくるんだった。
でも、私にはやることがある。
「さ、咲希ちゃん!」
咲希ちゃんの席に行く。
だいぶ勇気がいった。
「な、なん、」
「あの!何にも言ってなくてごめんなさい」
「え、あ、頭をあげてもらって…、って言うか、私が失礼な態度ばっかり…」
「これからも、前みたいに仲良くしてほしい、です」
言った。
言ったよ、私。
「そんな、第2の推しに言われるなんてっ」
私はキョトンとしてしまう。
「言ってなかったかもしれない…、あの、コハクさんのファンで!グッズ一通りは持ってます!」
咲希ちゃんが顔を赤くしながら言う。
「…んじゃあ、推し兼親友ってことで」
「…え!?何言って、」
「推しの頼みは断れないのでは?」
「うっ…、幸福…」
咲希ちゃんとも仲直りできた。
すると2人が声をかけてきた。
「あの、これ、すみませんでしたっ!」
オレンジのシャーペンを机に置いて速攻逃げていく。
良かった。
帰ってきた。


そしていつもの日常。
いや、ちょっと変わった日常。

「琥珀」
放課後、名前を呼ばれる。
朝吹さんだ。
「え?まだ鐘鳴って1分しか経ってないけど…」
「ちょっ、波音、速いって!」
鳴海さんも合流してたくさんの人たちが観にくる。
私はカバンを持つ。
「あ、咲希ちゃん!また明日!」
「ま、また明日!」
朝吹さんの元へ歩いていく。
「仲直りできたんだ?」
「うん」
「文月ちゃんすごい悩んでたよね」
「もう終わったことだからいいんですー」
すると、誰かに声をかけられる。
「あの、昨日波音くんとコハクちゃんが一緒にいるところを見つけたんだけど、もしかして2人って…」
え、見られてた!?
どう言うべきか…
すると朝吹さんは私の手をとる。
「付き合ってたら何か悪い?」
私の手にそっと口をつける。
黄色い声が聞こえる。
「流石にコハクには勝てない」「でもまあ、推しなのは変わらない」
なんて声が聞こえてくる。
「そのうちテレビに出るよ」
「それってもしかして…」
私は赤くなる。
「なっ」
「俺はそのつもり」
なんて、悪く微笑んだ朝吹さん。

この人と一緒に、さらなるステージへ。

End.