この日、二人は電車を使って会社へ向かった。
初めて翔と通勤する電車は混雑していて、翔は栗花落を守るようにホームドアの前で右手を突き出し、栗花落が群衆に圧し潰されないよう守ってくれる。

そして会社の最寄り駅で下車すると、翔は楽しそうに栗花落に笑いかけた。

「満員電車は嫌いだが、栗花落が隣に居るだけで楽しいものだな」
「楽しい?」

不思議そうに栗花落が首を傾げると、翔は言う。

「栗花落の顔をこんなにも近くで見れる機会なんて、そうないだろう? 栗花落、ずっと俺の顔を見てくれてたし」

「……だって」

いつもは苦しいだけの満員電車のはずが、翔が隣に居るだけで、ストレスではなくドキドキとした感情が芽生えていた。

「また、仕事が終わったら連絡して? 栗花落の顔、帰る前に見たいから」
「……うん」

栗花落は恥ずかしさを覚えつつも、一度頷く。

(なんか、付き合い立てのカップルみたい……。て、その通りか。こんな甘々な生活、人生で初めて過ぎて戸惑っちゃう……)

二人はその後、通勤路を歩いて、会社に到着する。
エントランスホールでカードキーをかざすと、一緒にエレベーターに乗り込み、同じ二十五階で降りた。

「じゃあ、俺はこっちだから。栗花落、仕事頑張ってね」

爽やかな翔の笑顔に、栗花落は照れ臭くなりながらも笑いかける。

「うんっ! 翔さんも、お仕事頑張ってね」

そうして二人は背中を向け、互いのオフィスへと向かって歩き出す。

(あ~、なんかもう、幸せ。失恋なんて、本当にどうでも良くなっちゃうくらい、今が幸せ。翔さんの顔、見てるだけで胸がドキドキしちゃう……!)

――――そんな栗花落を、密かに後ろでずっと見ている女がいた。
それは、勿論…………。


「先輩」