「じゃあ、がんばってね」

「おう!」

私の呼び掛けに背中越しに片手をあげた彼は、まるで何かのヒーローのように見えた。



「陽菜!」

真斗を見送ってすぐ、違う方向から名前を呼ばれたので私はびくっとした。

「あはは、びっくりしてる」

その声は徐々に近づいてきて、やがて正体をあらわした。

「あのさ!!!ねえ!!さっきの!恥ずかしかったんだけど!?」

私はその顔を見るなり詰め寄る。

瀬賀那津は降参だというよう両手を顔の高さまで上げて少し後ずさった。

「ごめんって」

「ジュース奢ってくれたら許す」

「わかりましたよ姫」

パックのジュースを買ってもらい、機嫌を直した私は、目の前にあったベンチに座った。

「ねえ、バスケ、上手いんだね」

私の前で何にしようかうろうろしている瀬賀那津の背中にそう言うと、彼はぱっと振り返った。

「陽菜に言って貰えるの嬉しい」

「バスケ経験者でもないのに?」

「うん」

変なの。

「陽菜の幼なじみ君、上手かった
嫉妬するくらいうまかった
あーこれが県選抜かーって思い知らされた感じ?」

ぴっという軽快な音の後にガコンとお馴染みの音がして振り返った彼は手にスポドリを持っていた。

「あれ」

後ろから見知った声がかかる。

顔を見なくてもわかる。真斗だ。

「母さんのとこに戻ったんじゃなかったの?」

「あーちょっと捕まっちゃって…」

そう言いながら瀬賀那津の方を見やると、彼はどうもすんません、とわざとらしく謝る。

真斗は、瀬賀那津に目を向けることも無く、私の目をじーっとみつめながらきく。

「それはいいんだけどさ、お前こっから帰れないんじゃない?」

私はきょろきょろと辺りを見回して、うっと短く呻く。

「しょうがないなあ…。陽菜こっちおいで。」

真斗が道がみえるところまで誘導してくれる。

「ここの道まっすぐ行って、右に曲がると階段あるから。そこ上がって左ね。じゃあ俺ほんとに行かなきゃだから」

そのまま来た道を引き返そうとする彼を少し不審に思い尋ねる。

「飲み物買いに来たんじゃないの?」

「今財布持ってないんだ。じゃ」

彼は数分前そうしたように背中越しに片手を上げて去っていった。

「必死だなあ」

かるく吹き出したような声がかかり、ああそういえば瀬賀那津もこの場にいたのだ、と思い出す。

言っている意味がわからない。

「誰が?」

私がそう尋ねると、彼は大きく目を見開いた。
それからその双眸がゆっくりと細められる。

「気づいてないのか。あーこりゃ苦労しますねー」

ますます意味がわからず私は同じ言葉を繰り返した。

「誰が?」

「冠城」

「真斗?」

もっっっと意味がわからなくなった。

「ま、そういうことだから俺も頑張んなきゃなーって。ね、陽菜?」

何も分かってない状態で、ね?と言われても…。

困惑していると、すれ違いざまにくしゃりと髪を撫でられ面食らう。

「あ、!頑張って!」

自販機コーナーから瀬賀那津が出ていく寸前、声をかけると

「応援できないって言ってたのにしてくれるんだ」

と嬉しそうな声。

「いや、これは社交辞令みたいなもんで…」

こんなに素直に喜ばれると思わず、なんのガードもしていなかった私の心ががつんと衝撃を受けて、必死に言い訳をする。

するといつの間にか目の前に戻ってきていた瀬賀那津がさっきよりもさらに私の髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。

「ちょ…」

私が牽制する前にぱっとその手は離れた。

「小さい子扱いしないでよ」

小学生の時も中学生の時も高校生の今も、小さいから、という理由で頭を撫でられることが多い。

正直あまり撫でられていい気はしない。
いやもちろん嫌だとも思わないけれども、
小さい子だと思われているようで。

どうせ小さい子みたいな感覚なのだろうと、瀬賀那津の顔を見上げると、


違ったのだ。

上手く言葉に出来ないけれど、いつも無邪気に輝く目が穏やかな光を放っていた。

こちらの心を溶かすような、そんな目をしていた。

ドキリと心臓が跳ねる。

「俺頑張るね」

彼は短くそう言って、自販機コーナーを後にした。

しばらく経ってから私は本当に瀬賀那津がもういないのを確認してから、どかっとベンチに座り込んだ。

まだどきどきしている。

心臓が私を急かすようにどくどくと。