急ブレーキで電車がぐらりと揺れた時、私は自分のおしり辺りに違和感を感じた。

(さわ、られてる…?)

痴漢だ。

どうしよう

その気持ちの悪い物体は私のおしりを撫で上げては撫で下ろし、を繰り返している。

ゾッと背中に寒気が走った。

声を出すことも出来ず、ただただ涙が出そうになるのを堪えていたその時だった。

「あんた」

突然私のおしりを触っていた手がひゅっと引っ込められた。

「今、この人のこと、触ってたよな?」

見ると制服を着た男子高生で、その様子に気づいた周りの大人たちが次の駅に着くなりあれよあれよと犯人を運び出し、駅長室へと突き出した。

当然被害者である私も同行し、いろいろと質問を受けた。

ただ、決定的な証拠がないため、逮捕は出来ないらしい。

「あーあ、足ふむんじゃなくて手でも引っ掻いとけばよかったなー、そしたらDNA鑑定で1発なのに」

ぼーっとしているとどこからか独り言が聞こえてきて、目で追うと、さっきの男子高生がいた。

「あ、あの、ありがとう!私、桜丘高の2年の和流 陽菜(せせらぎひな)って言います。
えっと、あの、助けて貰って今度お礼…」

「あ、さっきの。お礼なんていいよ。
あんな状況出くわしたら誰でも助けるでしょ。じゃ。」

そそくさと歩きだそうとする彼に、私は気がつけば叫んでいた。

「名前!名前教えて!」

「瀬賀 那津(せが なつ)!」

彼はくるりと振り返って叫び返してくれた。

おまけにくしゃっと無邪気な笑顔を見せると、またくるっと方向転換して走っていってしまった。

(瀬賀…那津…)