あなたがいなくなった後

「石橋優香と、息子の陽太です。子供が生まれてすぐ、夫が仕事中に事故死して――」

 優香が自己紹介を始めると、参加者の一部が騒めいた。同情を含んだ嘆きが大半だったが、優香の左隣で未婚の母だと自己紹介していた女が、身を乗り出して問い掛けてくる。

「仕事中ってことは労災下りたんですよね? えー、いいなー。もしかして、家も持ち家だったりする? 旦那さん亡くなって、家のローンも無くなった?」

 あまりの距離感の無い質問に、優香はぎょっとする。慌てた職員が制止に入ってくるが、未婚の母は優香に向かって「いいなー」を繰り返していた。

「子供一人育てるのに、こんなにお金が掛かるなんて思ってなかったんだよねぇ。ここに来たら、補助とかの説明して貰えるって思って来たんだけど」

 何かそういう感じじゃないよね、とブツブツと呟いている。多分、彼女の場合は市役所の子育て支援窓口に行った方がいいんじゃないかと思ったが、優香は黙って目を反らした。優香の立場で口を挟めば、反感を買うのは目に見えている。彼女にとって、優香は夫の死でお金に不自由ない暮らしを手に入れた恵まれた女なのだから。

 大切な人を突然失ってしまった優香は、本当に恵まれているのだろうか。失ったものの存在があまりにも大き過ぎて、よく分からない。

 簡単な自己紹介が終わると、センターの人が中心になって子育ての悩みなどを打ち明け合う会へと変わっていく。子供がイヤイヤ期に入ったとか、食べ物の好き嫌いが多いとか、そういった一般的な育児相談が中心だったけれど、なかにはやっぱりひとり親ならではという話題も上がってくる。

「昼間は両親に見て貰ってるんですけど、親ももう高齢だから子供の体力についていけないって言われてしまうんですよね……」

 参加者の中で唯一の男性が、ぽつりと漏らすように言った。彼は元妻の浮気が原因で離婚したと自己紹介で話していた。いきなり子供と一緒に戻って来た息子に、年老いた両親は困惑したことだろう。それでも受け入れてくれる実家があって、羨ましいなと優香は思わずにいられなかった。

 優香の隣に座っていた未婚の母は、「えー、親が見てくれるんなら、いつでも一人で遊びに出れていいなー」と、また周りが引くような発言を繰り返していた。彼女は「友達と遊ぶ時に子連れだと、露骨に嫌な顔されてしまうんだよねぇ」と言っていて、他の参加者からまた白い目を向けられていた。

 結局、勇気を出して参加したサークルでは自分と同じ境遇の親子に出会うことはできなかった。帰りがけにセンターの人から「毎回、参加する方は変わりますので」と声を掛けられたが、次また参加しようと思うかどうかは分からない。
 でも、境遇は違っていてもどの親子も何かしらの悩みを抱えていて、余裕を持って子育てしている人なんて一人もいなかった。自分だけじゃないと思えたことが、少し心の支えになった気がした。