突如、ダミアンの手を凄まじい衝撃が襲った。
 さらには次の瞬間──ダンッと大きな音を響かせて、彼の身体が仰向けに廊下に転がる。
 イヴからダミアンを引き剥がした手が、彼の胸ぐらを掴んで問答無用で引き倒したのだ。
 受け身も取れないまま固い床に背中を叩きつけられたダミアンは、一瞬息を詰めたものの、すぐさま目を吊り上げて抗議の声を上げようとする。
 ところが……

「ひっ……」

 獰猛そうな金色の目とかち合い──さらには、相手が何者なのかを知って、喉の奥で悲鳴を上げた。

「悪評をばらまくだと? カフェ・フォルコに魅せられた者は多いぞ? この私のようにな? 貴様の戯言に誰が耳を貸すと思っている? 寝言は寝て言え?」
「で、殿下……ウィリアム王子殿下……」

 ダミアンも、知らないわけではなかった。
 何しろ、アンドルフ王国の王宮では有名な話なのだ。
 今をときめく第一王子殿下が『カフェ・フォルコ』贔屓で、それを切り盛りする店長代理の少女を殊更大事にしているということは。
 それを、ダミアンはこの時失念してしまっていた。
 長年付き合った恋人と浮気相手に同時にふられた衝撃から冷静さを欠いたのだろう。自業自得以外のなにものでもない。
 とはいえ、彼が己の過ちに気づいて蒼白となったのも、束の間のことだった。