突然メルさんを呼び止めた壮年の男性は、ヒバート男爵だった。
 そのでっぷりとした体型と狡猾そうな顔つきからは想像できないが、メルさんの実の父親である。
 メルさんの背中越しに彼を眺めて、私とネコはこそこそと言い交わす。

『文官として王宮に出仕しとるものの、さほど重要な地位に就いとるわけじゃないらしいな?』
「うん、娘のメルさんの方がずっと、知名度も好感度も高いんだって。ロメリアさんの護衛として、軍内でも一目置かれているから」

 本来なら、そんな娘の活躍を誇りに思うはずなのだが……

「ふん、相変わらず男みたいな格好をさせられて、実に哀れなものだな」

 ヒバート男爵はメルさんをじろじろと眺めると、鼻で笑ってそう吐き捨てた。
 私とネコ達を隠した柱が死角になるように立ったメルさんの背中が、小さく震える。
 私は胸が苦しくなって、ネコを抱く腕に力を込めた。

「まあ、それもミットーの娘が殿下に嫁ぐまでの辛抱だ。公爵家が王家と繋がれば、その親戚に当たる我がヒバート家も格が上がる。色気の欠片もないお前にも、いくらかましな縁談が舞い込むだろうよ」

 ヒバート男爵が嘲るように続ける。
 もうメルさんの背中が震えることはなかったが、彼女はずっと口を噤んだままだった。
 一方、私の腕の中ではネコが笑う。