心がきゅんする契約結婚~貴方の(君の)元婚約者って、一体どんな人だったんですか?~

 優しくされるたびに、胸が苦しくなる……こんなに素敵な人なのに、結婚式前に花嫁に逃げられてしまうなんて、本当に理解出来ない。

 そして、馬車は劇場へと辿り着き、私は開演前で赤い緞帳が垂れ下がる舞台の前……観客席には誰も座っていない劇場を見てから、呆気に取られて驚いた。

 連れだって一緒に来た夫のジョサイアは、またしても慣れた様子で、白髭を蓄えた劇場の支配人と何か話をしている。

「……ありがとう。僕は葡萄酒を用意してくれ。妻は……レニエラ。飲み物は何が良い?」

 貴族の使用する個室のような桟敷席では飲食が可能で、飲み物をどうするか聞かれた。

「わっ……私も、彼と同じもので!」

 ジョサイアは慣れた様子で私の肩を抱くと客席に導き、私の隣へと腰掛けた。

 ……嘘でしょう。確かに、モーベット侯爵家はこの国でも有数の資産家だけど、劇を観るたびに貸し切りにするの?

 信じられないわ。

「あの……」

「どうかしましたか? レニエラ」

 そういえば今日初めて見るジョサイアの着ている外出用の貴族服は、センスの良い彼らしく色味を抑えた灰色のもので、とてもお洒落だった。