それきり、車内での会話は途切れ、数十分後、わたしたちの乗る車が停まったのは、塀に囲まれた大きなお屋敷の前だった。


リアドアが、開く。


そこから潜り込んだ外の空気は春を殺せるほどには冷たくて、苑に次いで車から降りると、夜がかなり深まっているのを感じた。

あたりには街灯もほとんどなく、ただ分かるのは、知らない地域だいうことだけだ。



「苑さま、芹さま。お帰りなさいませ」

「変わったことはなかったか」

「特には」


門のところにいた男ふたりが、兄弟に礼をする。

会話から、苑と芹がこのお屋敷の主であることを察する。


自分たちが不在のときも門番をつけるくらいだ。

かなり厳重な体制なのだろうと思う。

きっと、わたしがそれなりの組織の、総長の妹で、それなのに攫われたのだと知ったら、どんなセキュリティだ、と呆れて笑われてしまう。



「この女は、客だ。急だが、客間の用意を頼む」

「かしこまりました」


苑は、頭を下げた門番の元には近づかず、塀に沿ってまた歩き出した。

なぜ、と思いながらも、後ろをついていく。


「裏口から入るみたいだよ」

芹が、わたしの隣に並び、そのわけを囁いた。



芹は、会った直後から割と友好的な態度をとってくれている。

かといって、兄である苑が敵意を持って接してくるというわけではなく。ただ彼は一貫して愛想の欠片も振りまこうとはしなかった。


そして今、わたしがなんとなく考えていることは、ただこのままでは危険だから、という理由だけで──つまり、純粋に、わたし第一で彼らが匿ってくれようとしているわけではないということで。


胸のざわつきを押し殺して、月を仰ぎ見る。




「ようこそ、すいちゃん」


裏門にたどりつき、芹が門をひらいてくれたまま、優雅な微笑みをみせた。

その向こうで、苑が振り返り、無表情でこちらを見る。



氷のような瞳にわたしを映して、一体、何を思っているのだろうか。

何も思っていないなら、それが、いちばん、いい。

おどおどしている哀れな女だと見做してくれて、わたしは、かまわない。



「……お邪魔、します」



───かくして、わたしは、美しい兄弟の暮らすお屋敷に足を踏み入れることになったのだった。