目の前の現実を理解するのに、時間を要した。

(ええっとぉ……? 昨日は夜遅くに部屋に訪ねてきた猫チャン社長を招き入れて魔性のコタツの虜一丁上がりで野生を剥ぎ取って……。途中で一回起きて、正体をなくした猫チャンを抱っこしておふとんで寝直したわけですが……)

 猫ではなく度が過ぎたイケメンが、横ですやすやと寝息をたてていた、朝。
 さらっさらで柔らかそうな茶色の髪の毛(三毛猫の名残)。滑らかで毛穴の見当たらない肌。香気と色気の漂う目元に、伏せられているがゆえによくわかる睫毛の長さ。
 全面広告に使用しても鑑賞に耐えうる、それどころかいつまでも見ていられる端正な寝顔が、額がぶつかるほどの至近距離に。
 神々しすぎるその美貌を、龍子は息を止めて見ていた。

(人間の状態でこれだけ美しいんだから、そりゃ猫になったら超弩級の可愛いさなのも頷ける……。人間にしておくのは惜しい、間違いなく)

 もちろん現実逃避の一種である。
 猫だったら良かったのになぁ、という。
 ひとまず、気づかれないようにそーっと息を吐き出し、ほんの少しの振動も伝わらないように気をつけて気をつけて、後退を試みた。
 その努力を無にするように「ん……」と寝返りを打った猫宮が腕を伸ばしてきた。逃げる間もなく、その腕にとらわれてしまう。

「~~~~!!」
「ん……?」

 声に鳴らない悲鳴、寝ぼけたまま起きない猫宮。
 抱き枕よろしくぎゅっとその胸に抱き寄せられて、龍子は腹をくくった。

(枕になろう、枕に。猫になれる人間がいるんだから、私だって気合と気の持ちようで枕にくらいなれるはず。枕に……)

 なれない。
 悲しいまでに、人間のままだった。
 肌触りの良い、上質そうな黒のスウェット。やけに良い匂いのするその布越しに、腕やら胸やらの引き締まって固い感触が伝わってきて、龍子は万事休す、と目を瞑った。

「朝……」

 低い声が耳をかすめて、猫宮が起きる気配。
 そして訪れる沈黙。










「ああ……」

 龍子を抱き寄せていた腕から力が抜けて、深い溜息が吐き出される。