(しっぽ……! しっぽふりふりしてらっしゃる!)

 無意識なのか、長いしっぽが左右に振られている。その仕草の可愛らしさに声を上げないよう、龍子はまたもや苦心惨憺しながら両手で自分の口を厳重にふさいだ。
 その気配を感じたのか「ん?」と猫宮が振り返る。

「……何を考えている」
「いえいえ何も。そうだ、社長、せっかくだからコタツにどうぞ。あったかいですよ~。猫チャンといえばコタツですよ!」
「む」

 三毛猫が、部屋の隅のコタツを見定めて、難しい顔をした。

(猫が……、猫が難しい顔してる! 猫の考えてるときの顔ってどうしてこう可愛いの……! もう無理!!)

 笑いを堪えすぎて、ふー、ふー、と息が荒くなってしまった。それを気取られないように顔を背けながら、龍子はコタツの方へと歩いていった。絨毯に上る前にルームスリッパを脱ぎ、いそいそとコタツに入り込む。
 嫌がるかと思ったか、興味はあったのか猫宮もついてきた。
 そーっと、こたつ布団に手を置き、沈み具合にぴくっとするところなど、堂に入った猫ぶりである。もう猫にしか見えないし、実際に猫であった。

「これは……、いや、見たことはあるんだが、使ったことはなくてだな。中に入るんだよな……?」

 ほれぼれとするほどのイケボで、龍子に確認してくる猫。
 コタツの天板に頭を打ち付けて「可愛い」とのたうちまわりたいのを堪えて、龍子はなんとか平静を保って言った。

「コタツの使い方ですか? それで大丈夫ですよ! 北海道はあんまりコタツの習慣がなくて、私もず~っと憧れで。初めて使ったのはこっちに来てからなんですけど、やばいですよ。どうぞ干からびない程度に入ってみてください。ささっ」

 布団を軽く持ち上げてみると、猫宮はくるりとまわって、お尻の方からそーっとコタツにおさまった。龍子とは角を挟んで違う辺側なので、そうすると向きからして目が合わない。その距離感に、懐かない猫らしさを感じて龍子はにやにやとしてしまった。

「そういえば社長、猫化が始まって以降、私と遭遇する前まではどういうタイミングで猫化が解けていたんですか」
「ランダム」
「わぁ……」

 使い勝手の悪い能力だなぁ、という言葉をかろうじて飲み込む。
 猫宮はさらにもぞもぞとコタツに深く体を埋めながら、呟いた。

「なんだこれは。急に眠くなってきた」

 言うなり、ふわぁぁ、と大あくび。
 それを見ていたら、龍子も急に眠気に襲われて、目を瞑った。

「それがコタツというものですよ。コタツの魔力には誰も逆らえないんです。気がついたら意識を失っているんです……」
「特級呪具……やばい……な」
「やばい……です……」

 迂闊に目を瞑ったせいで、瞼の重みを感じるより先に意識が飲み込まれる。
 眠りに落ちる濃厚な気配を感じながら、龍子はぼんやりと思った。

(社長、結局何しに来たんだろう)

 尋ねてみようと思ったが、もう口を動かすのも億劫で、眠気に身を任せる。
 すうっと自分がたてた寝息を聞いた。
 寝た。
 そう自覚して、どれだけの時間が過ぎたか。座ったままの姿勢だったせいで眠りが浅かったのか、やがて目覚めたが窓の外は暗くまだ夜。
 ふと見ると、猫宮はいつの間にか仰向けにひっくり返り、天下泰平な様子ですやすやと寝ていた。

「可愛い……野生じゃない……」

 呟いて、龍子は立ち上がる。
 起きた以上はベッドで寝なければ。
 ちらっともう一度見てみた猫宮は、当然起きる様子はない。一瞬、そのままにしておこうかと思ったが、龍子はコタツのある環境で猫を飼ったことがないので、猫の体にどういう影響があるのかよくわからない。朝になって干からびていたら困る。

(中身は社長だけど、見た目は猫だし。犬島さんが抱っこしていたくらいだから、重さもさわり心地も猫なんだろうな……)

 猫ならば。

 お互いにさして気にすることもなかろう、と心に決めて龍子はこんこんと寝ている猫宮を抱き上げた。そのままベッドに向かい、抱えたまま寝ることにする。

「おやすみなさい、社長。ふふ……、こうやって猫と一緒に寝るの夢だったんですよ……」

 疲れていたのか、龍子はそこで二度目の眠りに落ちた。
 朝まで。
 まさか目覚めたときに横にいるのが猫ではなく、人間に戻った猫宮だとは夢にも思わず。