ちょこん。
ドアを開けたら、三毛猫が座っていた。
龍子は「社長」と声をかけようとしたが、ふと朝食をとった部屋にいた猫を思い出して、念のため確かめることにした。
「一応確認申し上げますが、あなた様はこの家にお住まいの三毛猫さんではなく、猫宮社長ですよね」
「にゃぁ」
猫そのものの返事。龍子はぱっと相好を崩して、早口で話しかける。
「あっ、猫さん。今朝の猫さんですよね? あのときは親交を深めるに至らず失礼いたしました。わざわざご挨拶に出向いてくださったんですね。ご親切にありがとうございます。どうぞどうぞ部屋の中までお入りください」
さっと身を引いて招き入れる仕草をしてみたところ、三毛猫がげんなりとした顔をしながら見上げてきた。
「お前、猫好きなわりに、猫の顔の区別ができないんだな……。俺だ俺」
「ええええええ、社長何やってんですか。いま『にゃあ』って、言いましたよね。あの『にゃあ』はなんだったんですか。なんで可愛い猫のふりしたんですか? そんなことしなくてもいまの社長はじゅうぶん可愛い猫チャンですよ! 立ち話もなんですから部屋へどうぞ」
「……はぁ」
全力で誘いかけているのに、哀愁あふれる溜息をつかれてしまった。心配になるほど覇気がなくて、龍子は動揺しながら声をかける。
「社長? 大丈夫ですか? ピザが消化できてないんですか?」
「ピザ関係ない。その……、夜遅くに部下の女性の部屋を訪ねるというだけでも非常に悩みどころなのに、そうもあっさり中へと誘われても。どうしたものかと」
声に苦渋が滲み出ている。龍子は目線を合わせるがごとくしゃがみこみ、猫宮ににっこりと笑いかけてみた。
「なんですか社長。まさかそのちまっこい姿で、やましいことでも考えていたんですか。可愛いですね!」
「古河さんもう猫ならなんでもいいんだろ。俺に可愛いって言い過ぎだ」
「可愛いは可愛いですよ。人間のときの社長は言われ慣れてないかもしれませんけど、猫になったら今までの百倍くらい称賛されますよ。なにしろ可愛いので」
「嘘だろ……。まるで人間の俺がダメ人間であったかのような言い方じゃないか」
話しているうちに悲しくなってきたのか、猫宮は目をしょぼしょぼとさせて香箱座りをしてしまった。しっぽをまきつけ、見事にお手々もないないしてしまっている。
「廊下で座り込まなくても。寒いですから部屋の中へどうぞ」
「簡単に言うが、俺が君に不埒なことをしたらどうする」
悲しげに俯いたまま、猫が深刻な声で言う。
(猫が……深刻な声で……! 不埒なってなんですかね!?)
龍子はふきださないように堪えながら、思いのままに言い放った。
「猫チャン社長なら一緒にベッドで寝ても構いませんよ! 私、子どもの頃から猫とか小さな生き物に全然好かれなくてですね。実家で飼っていた猫は、私とは絶対に寝てくれませんでした。『金縛りかと思ったら、猫に乗られて苦しい……幸せ……』みたいなの一度で良いからやってみたかったんですよね」
「知るか」
いまにも威嚇しそうな顔つきで言い捨てて、猫宮はすくっと立ち上がった。四足歩行で、「邪魔するぞ」と言って部屋の中に入ってくる。
おひげがピン。
声を立てないように気をつけながら、腹を抱えて笑いつつ龍子はドアを閉めた。
猫宮は、すらすたと進んで足を止め、ぐるりと部屋を見回した。
ドアを開けたら、三毛猫が座っていた。
龍子は「社長」と声をかけようとしたが、ふと朝食をとった部屋にいた猫を思い出して、念のため確かめることにした。
「一応確認申し上げますが、あなた様はこの家にお住まいの三毛猫さんではなく、猫宮社長ですよね」
「にゃぁ」
猫そのものの返事。龍子はぱっと相好を崩して、早口で話しかける。
「あっ、猫さん。今朝の猫さんですよね? あのときは親交を深めるに至らず失礼いたしました。わざわざご挨拶に出向いてくださったんですね。ご親切にありがとうございます。どうぞどうぞ部屋の中までお入りください」
さっと身を引いて招き入れる仕草をしてみたところ、三毛猫がげんなりとした顔をしながら見上げてきた。
「お前、猫好きなわりに、猫の顔の区別ができないんだな……。俺だ俺」
「ええええええ、社長何やってんですか。いま『にゃあ』って、言いましたよね。あの『にゃあ』はなんだったんですか。なんで可愛い猫のふりしたんですか? そんなことしなくてもいまの社長はじゅうぶん可愛い猫チャンですよ! 立ち話もなんですから部屋へどうぞ」
「……はぁ」
全力で誘いかけているのに、哀愁あふれる溜息をつかれてしまった。心配になるほど覇気がなくて、龍子は動揺しながら声をかける。
「社長? 大丈夫ですか? ピザが消化できてないんですか?」
「ピザ関係ない。その……、夜遅くに部下の女性の部屋を訪ねるというだけでも非常に悩みどころなのに、そうもあっさり中へと誘われても。どうしたものかと」
声に苦渋が滲み出ている。龍子は目線を合わせるがごとくしゃがみこみ、猫宮ににっこりと笑いかけてみた。
「なんですか社長。まさかそのちまっこい姿で、やましいことでも考えていたんですか。可愛いですね!」
「古河さんもう猫ならなんでもいいんだろ。俺に可愛いって言い過ぎだ」
「可愛いは可愛いですよ。人間のときの社長は言われ慣れてないかもしれませんけど、猫になったら今までの百倍くらい称賛されますよ。なにしろ可愛いので」
「嘘だろ……。まるで人間の俺がダメ人間であったかのような言い方じゃないか」
話しているうちに悲しくなってきたのか、猫宮は目をしょぼしょぼとさせて香箱座りをしてしまった。しっぽをまきつけ、見事にお手々もないないしてしまっている。
「廊下で座り込まなくても。寒いですから部屋の中へどうぞ」
「簡単に言うが、俺が君に不埒なことをしたらどうする」
悲しげに俯いたまま、猫が深刻な声で言う。
(猫が……深刻な声で……! 不埒なってなんですかね!?)
龍子はふきださないように堪えながら、思いのままに言い放った。
「猫チャン社長なら一緒にベッドで寝ても構いませんよ! 私、子どもの頃から猫とか小さな生き物に全然好かれなくてですね。実家で飼っていた猫は、私とは絶対に寝てくれませんでした。『金縛りかと思ったら、猫に乗られて苦しい……幸せ……』みたいなの一度で良いからやってみたかったんですよね」
「知るか」
いまにも威嚇しそうな顔つきで言い捨てて、猫宮はすくっと立ち上がった。四足歩行で、「邪魔するぞ」と言って部屋の中に入ってくる。
おひげがピン。
声を立てないように気をつけながら、腹を抱えて笑いつつ龍子はドアを閉めた。
猫宮は、すらすたと進んで足を止め、ぐるりと部屋を見回した。