「は~~~~~~~~~!?」「私は構いませんよ?」

 犬島お前何言ってんの!? とばかりにキレ散らかす猫宮をよそに、龍子は力強く請け合った。猫宮が、どこをとっても嫌そうな顔で目を細めて、龍子を胡散臭そうに見てきた。

「断れよ。安請け合いしていると、減るぞ」
「そりゃあ私だって、人間の猫宮社長相手だったら嫌ですし断りますけど。いま、猫ですからね。万が一発情されても交尾できませんでしょう」
「若い娘がなんてことを言うんだ。俺に対するセクハラじゃないのかそれは」

 三角形の耳をぺたーんと後ろに折りたたみ、おぞましいものを見る目をして猫宮が全力抗議をしてくる。

「そう言う社長はどうなんですか? 私がキスするとしたら同意します? あとから不同意だったと言われても困りますので」
「なんでそんなにやる気なのか知らないが、俺は人間に戻れるなら試せることは試す……ぞ」
「言いましたね」

 ううう……と引き気味の猫宮を捕まえ、龍子は満面の笑みで宣言した。

「いただきまーす!」
「食うなーーーー!」

 にゃあああ! と威嚇顔をした猫宮の鼻先に、龍子の唇が軽く触れた。
 その効果はめざましく。
 ぱっと龍子の手から離れた猫宮は、飛び降りた床でしゅうう、と猫からひとの姿へと変化した。

(ん~。質量保存の法則ガン無視。それとも人間から猫になるときは莫大なエネルギーを消費……やめよう、わからない)

「はぁ~……食われるかと思った」

 あらゆる角度から見て隙のない美青年であるところの猫宮が、ぼやきつつも素早く立ち上がる。朝イチ顔を合わせたときよりも明らかにやつれた様子で、溜息。
 笑顔で寄り添った犬島が、その肩に優しく触れ、悪びれない様子で言った。

「キスの効果絶大ですね。良かったですね、社長。ありがとうございます、古河さん」
「強引に良い話風にまとめようとしていますけど、お力になれたなら何よりです」

 食事を終えていた龍子は、ささっと席から立ち上がった。
 じろっと睨みつけてきた猫宮(人間)が、テーブル越しに龍子の向かいの椅子に手をかけ、「どこへ行く」とドスのきいた声で問いかけてくる。目つきが鋭い。
 ひえっと引き気味になりつつ、龍子は半笑いで言い訳を口にした。

「もうお役御免ということで」
「そんなわけないだろう。キ……の、猫化抑止効果がどれだけ持続するかもわからない。俺がいつ猫になるかもわからない。古河さんには予定通り、今日付で秘書課に移ってもらう。この現象が解決するまで、俺のそばにずっといてもらうからな。公私ともに」
「差し出がましいようですけど社長、デートのときはどうなさるおつもりですか?」