「猫! 宮、社長」
「おう。さすがにこの手でフォークは握れないなぁ……」

 しょぼん、と沈んで肉球の並んだ手を見下ろしている、哀愁たっぷりの三毛猫。
 歩み寄った犬島が、よいしょ、と拾い上げる。
 そして、龍子の方へと目を向けた。

「古河さん。いまこそあなたの力が必要なようです」
「あー、お力になりたいのはやまやまなんですけど、そもそも猫化とか解呪とかなんですかね。私、その、そういった呪法の訓練を積んだ覚えはないんですが」

 日本語的に正しいことを言っているはずだが、龍子はふと不安になってきた。あまりにもこのひとたち普通に猫になったり異次元通路開くけど、変だよな? と。
 その淡い疑問から目をそらせるが如く、犬島が感じよく言う。

「あなたご自身に覚えがなくても、血によって継がれているものがあるのだと、社長も私も考えています。現に、社長の猫化も本人が意識したものではなく、先祖伝来の因縁のようなもので。あ、どうぞ、座ってください。時間を無駄にしないよう、この先の話は食事をしながら」

 示し合わせたわけでもないだろうが、社長の猫宮同様、犬島も効率の観点から食事をしながらの会話をすすめてきた。似た者同士らしい。
 それでも龍子が猫宮を気にする素振りをすると、猫宮がちらりと視線をくれて言った。

「俺のことは気にするな」
「わかりました。頂きます」

 決断は速やかに。
 さっさと椅子をひいて座り、温かなおしぼりで手を清めて、龍子はりんごジュースに手を伸ばす。ぐいっと一口飲んで、目を見開いた。

「美味しい! 健康になりそう! スコーンも好きなんですよ、わぁ。焼き立てなんてはじめて。クロテッドクリームは憧れですね! このマーマレードも自家製なんですか? 一緒にたっぷり塗って……はぁ~、めちゃめちゃ美味しい! すみません、ひとりで堪能して! 美味しいです!」

 美味しいしか言っていない状態になったが、なにしろ龍子は限界社畜根性が染み付いている。体力維持のために、食べられるときに食べておけというのは、鉄の掟であった。
 眼鏡の似合う理知的なナイスガイである犬島は、猫になった社長を手に抱えながら、にこにこと龍子を見つめつつ口を開く。

「では改めて。猫宮家と猫化の因縁について、かいつまんでお話をします。ことの発端は藤原氏の栄華を極めた平安時代」
「んぐっ」

 思った以上の昔話がきて、龍子は喉にスコーンを詰まらせた。
 飲み物をどうぞ、とすすめてから、犬島はその続きを話した。

 * * *