「あ~~~~~~~~! そういうのではないです! 単に、長話に引っかかってるだけです。こう、私の抱えている案件って、家にひとが来たらここぞとばかりに日頃の鬱憤やら世間話やら話そうと手ぐすねひいているおじいさんおばあさんが多くてですね! 私、おじいさんおばあさんに弱くてついつい聞いちゃうんですよ、もう、沼」

 嘘ではない。
 祖父母に可愛がられて育った龍子だけに、お年寄りは大切にしたいという気持ちが強い。必要以上に寄りかかられているとわかっても、なかなか無下に出来ないのだ。
 断じて、いかがわしい接待を要求されているわけではない。
 龍子の返事を聞いて、猫宮はほっと息を吐き出した。ついで、高貴さを漂わせた目元に冷笑を浮かべて、口角を持ち上げた。

「その答えを聞いて安心した。たいした成績も上げていないのに、身を切り売りしてボロボロになっていると言われたら、俺も社長として立つ瀬がない。いまの話を総合するに、だいたいは『身から出たサビ』というやつだな」

「おっしゃる通りですね! 一件あたりの所要時間が増えれば扱える件数も少なくなります、わかっているんですが。それでなくても、顔見知りのお客さんの雑談に付き合っているだけでは、新規案件に繋がっていかないので」

 言葉にすればするほど、自分がいかに営業として無能かが浮き彫りになる。しかし、これほど龍子について調べている猫宮だけに、どう取り繕ってもそこは隠せないと腹をくくった。
 意外なことに、猫宮は「大体わかったから、もういい」とそこであっさり話を打ち切った。優しさではなく、平社員の仕事ぶりに本当に興味がないだけかもしれないが。

「とりあえず、立ち話もなんだ。朝食も届くだろうから、この先は食事をしながら話そう。昨日君に知られた俺の身体的な事情と、君の普段の仕事ぶりから考えて、暫定的に君の配置換えを考えている」

 まるで英国の古城ホテルのラウンジのようなソファ類の間を抜け、猫宮は窓際のダイニングテーブルへと龍子を誘う。
 通りすがりに無言のまま視線だけ向けてくる三毛猫と間合いをはかりつつ、龍子は猫宮に尋ねた。

「配置換えということは、部署移動ですか。引き継ぎは」
「抱えている案件は確認させてもらっている。適宜割り振るから、君は気にしなくて良い。何かあれば、同じ社内なので問い合わせくらいは来るだろう。君は今日から秘書課だ。俺のそばにいてもらうには、それが一番自然だ」
「お猫様係」

 思わず聞き返すと、げんなりした顔で猫宮が振り返った。

「そうだが、それだけじゃない。俺は営業経験のある先輩社員として、君の働きぶりを極めて遺憾に思っている。俺のそばで、少しは勉強するように。お年寄りをあしらえないということだが、そんなものやろうと思えばすぐに身につく。年寄りを敬うのはもちろん大切だが、君の時間だって無限にあるわけじゃない。自分を犠牲にするような仕事の仕方はするな」

 渋い表情で淡々と話す猫宮を見上げ、龍子はぽかんとしてしまった。

「猫社長、社員のことずいぶん考えてらっしゃいますね……!?」
「猫じゃない、猫宮だ」

 窓からの朝陽を浴びて、嫌そうに呟いた猫宮の姿が。
 嘘のようにすうっと萎んで、人間形態から猫様にメタモルフォーゼするのを、龍子は目撃してしまった。

「ゆ、夢じゃなかったんだ……。お猫様」

 龍子の呟きに、エジプト座りをした三毛猫は、落ち込んだようにうなだれた。