「わぁ……、猫宮社長が分裂しちゃった。あっちにもこっちにも」
「大丈夫か古河さん、顔色が蒼白だが。ちなみに分裂はしていない。あれは猫だ」

 にこりともしないで言われた言葉は、どう考えても気遣いより脅しの響き。
 龍子は部屋の中に入り込む形で一歩後退。
 すかさず一歩詰めて来て、猫宮が陰々滅々とした声で言った。

「俺も昨日のやりとりでわかったことがある。古河さんの中では人間より猫の方が上だし、猫であればぶさかわでもいけるくちだ」
「わぁ、見透かされてるぅ……。というか社長それもしかして、人間時より猫時の方がウケが良かったことに動揺してらっしゃいます?」
「君の」

 重々しい口ぶりで、猫宮は龍子の質問を遮った。
 そして、剣呑な様子で目を細めると、咳払いとともにその先を続けた。

「勤怠状況及び生活ぶりを可能な限り調べさせてもらった。昨日は直帰の扱いだったようだが、もしかしてあの時間帯に家に帰り着いているのか? もし仕事で遅くなったら、それは会社が把握しているよりずいぶん余計な仕事をしているようだが、何にそんなに時間を取られて疲労困憊になっている? それと、あんな不便なところに住み続けている理由は? もう少し会社の近くのマシなマンションに引っ越そうとは思わないのか?」

 怒涛のような質問攻め。
 猫の話題をかっ飛ばされたことは若干予想外であったが、龍子は居住まいを正して「それはですね」と答えに専念することにした。

「住居に関しては、家賃が格安で学生時代から住み続けてまして……。ちょうど卒業時にまとまった引っ越し費用がなくて、そのうちにと思っているうちにずるずると時間が過ぎました。うちの会社、交通費全額支給だから、通えるのであれば遠くてもそこは問題なくて」

「それで疲れてしまっているようでは、本末転倒だろう。しかもなんだ、昨日は取引先でずいぶん引き止められたのか? それにしては普段からたいした営業成績も上げてないようだが、効率を考えて仕事をしているか?」

 くっ、と龍子はひそかに奥歯を噛み締めた。
 人間形態の猫宮社長は、さすがにエリートらしく話を詰めてくる。龍子の生活には何か根本的な問題があり、解決可能なはずなのに本人がそれを怠っている、と考えているようだった。

「それにつきましては、何を答えても言い訳になるんですが。私の場合、取引先に行くと長話が始まってしまうというか。それを振り切れなくて。どうしても毎回、帰りが遅くなってしまうんです」

 朝だというのに、今日もどの角度から見ても完璧な二枚目である猫宮は、そこで微かに小首を傾げて龍子をじっと見つめた。

「少し答えにくい質問をする。これはセクシャルハラスメント的な意図はないものとして、仕事上の確認だと認識した上で答えてほしい。君は取引先に、女性として何か無体な要求でもされているのか? 過剰な接待とか」