『ごめんなさい。やっぱりあなたとは結婚できません』

暗いリビングのテーブルの上には、そう短く書かれた手紙と三百万円が置かれていた。それを見て降谷前(ふるやぜん)の手から鞄が滑り落ちる。ゴトッと鞄が床に叩き付けられた音が、静まり返ったリビングに響いた。

「何で……」

数分ほど経った頃、乾いた口を開いて前はそう一言発した。あまりにもショックが大きく、手が小さく震える。どうすればいいのかわからず、前はスーツのポケットから写真を取り出す。幼い頃に撮った前にとって宝物の写真だ。

「どうして?どうしてなんだよ……」

写真にはラフな格好をした前と、純白のドレスを着た可愛らしい少女が写っている。その写真の少女ーーー手鏡花火(てかがみはなび)に前は問いかける。答えは当然帰って来ず、前の言葉だけが消えていく。

前の婚約者が、二人で暮らしている家から姿を消した。



前の家は降谷グループという全国的にも大きな会社を経営しており、前は跡取り息子として生まれた。降谷グループには古くから付き合いのあるもう一つのグループがある。それが、前の婚約者となった花火の手鏡グループだ。